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 陽太が周囲を見渡して言った。


「え、なんだ? 閉じ込められたぞ!」


 この部屋のドアは全て閉まっていて、出られるところがなさそうだった。


「ふぇぇ……た、助しゅけて……」


「落ち着いて姫川さん。これはアトラクションだから」


 冷静を装ってなだめたけど、薄暗い密室に閉じ込められた姫川がパニック寸前だった。


 ――もう私は、気が気じゃない。


 陽太にアイコンタクトを取って、姫川を落ち着かせるように促すと、頷いてくれた。


「そうだよ、冬華の言う通りだ。ここは本物の廃病院じゃないんだから、姫川さん落ち着こうぜ……」


 陽太がなだめると姫川も少し落ち着いたみたいだった。


 ――これならなんとかいける。この隙に、私は必死に周囲を観察する。


 ここはお化け屋敷の最終地点付近。ただ閉じ込められて終わるとは思えない。


 なにかが起こるはず。


 でも、全てが怪しく見えて指摘できるポイントがない。


 その瞬間、部屋の照明がすべて落ちて完全な暗闇になった。


「きゃあああっ!!」


 姫川の悲鳴があがる。


「大丈夫、落ち着いてっ!」


 と言ったものの、次になにが起こるのか予想がつかない。


 すると、暗闇の中で何かが這いずり回る音が聞こえてくる。


 ズリズリズリズリ……


「おい、何かがいるぞ……」


「え……なに? なんなのぉぉぉ……」


 陽太もこの音を聞き取ったみたいだ。


 だけど、音は部屋に設置されたスピーカーから鳴っているらしく、出どころは分からない。


 非常灯の赤い明かりが点滅しはじめ、部屋が様子が見えるようになると、床には医師の格好をしたゾンビが這いずり回っていた。


 これくらいなら大丈夫。きっと姫川は耐えられる。


 このお化け屋敷でゾンビを何回か見ているから、決定的な『抱きつき』まではいかないはず。

 

 だが―― 


「嫌ぁぁぁぁっ!! ムリムリムリっ!!」


 だけど姫川は、もっとヤバいものを見てパニックに陥っていたのだ。


 それは――巨大な虫だった。


 大型犬くらいの大きさがあろうかという……蟻と、蜘蛛、ダンゴムシだった。


 当然、本物じゃなくて作り物なのだが、女子は虫に対して本能的な嫌悪と恐怖がある。

 

 彼女は瞬時にパニックになり、反射的に一番近くにいた陽太へと飛びついた。


「藍沢くんっ、助けてぇぇぇぇ!!」


 姫川は正面から陽太に抱きつき、ギュウっと音が聞こえてきそうなくらい強くしがみついている。

 

 陽太の胸に顔を埋めて震えている。


「うわっ、ひ、姫川さん!?」


 部屋の照明も明るくなるころには、虫とゾンビもいなくなっていた。


 残されたのは、抱き合う2人の姿。


 私よりも大きな胸を陽太に押し付けて、震える姫川。

 

 戸惑いながらも、怖がる姫川を振りほどくことができず、ちょっと照れくさそうに、そして嬉しそう見える陽太。


 陽太は両手を泳がせ、姫川さんの背中に触れていいものか戸惑っているみたいだった。


 これが……主人公補正か。


「…………」

 

 私は――ただ、呆然とその光景を眺めて立ち尽くすことしかできなかった。

 

 小さな恐怖を先回りして潰してきて、正直油断していた。その慢心を、最後に控えていた真打ちにやられたのだ。

 

 結局、どうあがいても姫川と陽太の密着イベントを防ぐことが出来なかった。

 

「……藍沢……くぅん」

 

 か細い声で呟く姫川さんに、陽太は優しく声をかける。

 

「……大丈夫だよ……もう明るくなっただろ? これで終わりだよ」

 

 その話し方は、男子が女子を守ろうとする時みたいな、特有の響きを持っていて……私に向けられたことのないような声だった。


 その声を聞いて確信した。


 もう終わった――私は完全に失敗した……と。

 

 ここまで頑張ったのに、今回も姫川に陽太を持っていかれてしまうんだ……


 陽太との関係は、今までで1番いい感じで……今度こそ上手くいくって思ってたのに。

 

 私……なにやってるんだろう。ほんとバカみたい。


 モブの私なんかが、主人公と正面から勝負したら敵わないのなんて、今までで痛いほど分かっていたはずなのに。

 

 後悔と情けなさと寂しさで、この世から消えてしまいたくなった。

 

 ◆

 

 お化け屋敷を出てからも、私の気持ちは深い海の底に沈んでいた。

 

 姫川は「ごめんね、さっきは取り乱しちゃって……」と照れくさそうに謝っていたけれど、その顔はどこかスッキリしていて、陽太との距離もさっきより近くなっている気がする。

 

 おそらく姫川は陽太ルートに入ったのだろう。陽太だって、主人公である姫川の魅力にやられてしまったに違いない。


 陽太にはもう、私なんて見えていない……

 

 そう思うと……どうでもよくなっていた。


 私は思考が停止したまま、2人の後ろをついて歩くだけのゾンビになっていた。

 

 陽太と姫川が何か話しかけてきた気がするけど、なにも頭に入ってこない。


 とりあえず「うん」とか「そうだね」と、曖昧に返事をするのがやっとだった。

 

 だけど――それが、大きな間違いだった。

 

「じゃあ、次はこれに乗ろうか!」

 

 姫川の明るい声と、ガタガタガタという轟音でハッと我に返る。

 

 目の前には鳥の巣の様に組み上がった鉄骨――ジェットコースターがあった。

 

「え……?」

 

 ――嘘でしょ。

 

 私、絶叫系は本当に無理なんだけど。

 

「上原さんも『そうだね』って言ってたし、ジェットコースターに決定ってことで!」

 

 姫川が嬉しそうに私の背中を押す。


「さあ、並ぼう~!」

 

 さっき適当に返事をしたのは、これに乗るかどうかってことだったの!?


 本当に無理なんだけど……断りたい。止めるって言いたい。

 

 でも、さっき姫川が苦手なお化け屋敷を我慢したのに、私だけジェットコースターが怖いから無理なんて言ったら……陽太はどう思うんだろう?

 

 思考の板挟みに合っている間に、列はどんどん進んでいってしまう。

 

 気がつけば、乗り場まで来てしまっていた。次は私たちの番だ。もう断れない。

 

 係員さんがいうには、ジェットコースターの座席は2人乗りらしい。

 

 私たちみたいな3人グループの場合、2人と1人で分かれるのが普通だ。つまり誰か1人が単独で乗るということ。

 

 でも、もう分かってる……どうせ私が余るんでしょ?

 

 さっきまでの雰囲気なら、陽太と姫川が2人で座るに決まってる。そういう空気だったから。


 私は1人で、この恐怖に耐えるしかないんだね。

 

 震える足で、1人で後ろの席の方へ向かおうとした時だった。


「待てよ、冬華……」

 

 突然、腕を掴まれて振り返ると、陽太が真剣な顔で私を見ていた。

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