表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

相対時間

 時間の向きに、意味なんてないと思うの。



 彼女は突然そう言った。


 僕は思わず興味を覚え、どういう意味だい? と問う。


 ゆっくりと振り向く彼女の長い髪が、夕日を反射して茜色に燃える。



 みんな、時間は過去から未来に向かって流れてると思ってるけれど、宇宙ってそんな単純なものじゃないんじゃないかな。



 彼女のその言葉に、僕は、うなずく。微笑みを浮かべる。彼女の髪と同じ色に燃える夕焼けを瞳の奥に招き入れる。



 それは、とても素晴らしい洞察だと思うよ。


 過去、時間とは何か、科学者たちはずっと問い続けてきた。



 イングランド生まれの偉人は、絶対空間と絶対時間というものを考え付いた。


 どちらも、生まれながらに一方向の目盛りを持って、淡々と歩む存在。


 彼の、とてもシンプルな方程式は、時間と空間の出生届となった。



 第三帝国生まれの偉人は、お互いがお互いに必要不可欠であることを。


 時間の長さが不気味に変わることをしめし、空間はものさしとしてさえ機能しないことが分かった。


 二者は、二人でひとつだった。二人で一つの、未来に向かう目盛りを共有していた。


 彼の、少し複雑な方程式は、時間と空間の婚姻届となった。



 でも。


 すぐに、たくさん偉人達が、時間を逆行する粒子というものを考え付いた。


 マイナスの符号を持つ粒子は、時間の向きに意味がないと二人の目盛りの中で叫んだ。


 二人は別の道を歩むべきだと。


 それを示した標準模型は、時間と空間の離婚届。



 だから、そうだね、時間がどちらに向かって流れているか、なんて、何の意味もないことだと思うよ。


 僕らの過去と、僕らの未来は、今の僕らと、同じ距離にあるんだ。



 僕が長い説明を終えると、相変わらず、彼女は仄かな笑みを浮かべている。


 長い睫にも茜の花が咲く。


 そうなんだね。


 やっぱり、そうなんだね。


 ふと視線を落とした彼女の頬を、東から吹いてきた紺色の風が撫でていく。


 だからね、私は、時間は、きっと別のものが決めてるんだと思う。



 僕は、再びうなずく。



 そうとも。


 いろんな説がある。その中の一つでは、時間の流れは、主観でしか決まらない、人間の心理だけが時間を生み出してる、そんなことさえ言われてる。



 ええ、それはきっと正しいと思うわ。



 彼女は目を伏せる。



 時間をさかのぼっていく粒子があるのなら、時間をさかのぼっていく人も、いるかもしれないわね。



 そう、もちろんそうだと思う。主観が逆転してたり、時間の終焉から歩いてきた人だったり……。



 もしかすると、私はそうなのかも。


 ふたたび、そより、と風が、二人の間を吹き抜けていく。



 ――君が?



 ええ。


 あなたはきっと過去から未来に向けて歩いている。あなたの時間の中をまっすぐに。


 でも、私の主観は逆に見ているかもしれない。


 もし、そうだったら、素敵だな、って。



 そうかい? 君は、僕と違う時間を歩んでいることが素敵だと思うの?



 もし、もしね。私が、時間をさかのぼっているなら。


 色褪せた想いだって、ただ過ごしていれば、きっとこれからどんどん鮮やかになるってことなの。


 ある日、もう会えなくなってしまった人に会って、さよならを告げて、またそこから、美しい日々を暮らしていけるの。その人がある日、初めまして、って言いながら突然いなくなってしまうその時まで。


 最後にはいなくなるって分かってるの。でも、いなくなってしまうその時が、一番、想いが強いその時だもの。


 一番大切だと思える思い出が一番鮮やかに残るんだもの。



 面白いことを言うものだな、と思ったけれど、僕はそれに何も相槌を打たなかった。



 今、あなたに会えてよかったわ。あなたがいなくなるその日まで、よろしくね。



 彼女が言ったとき、その瞳に最後まで残っていた茜の花が、ふっと枯れてしまった。



 それが別れの言葉だと気づくのにかかった時間を測る目盛りは、もう彼女の目盛りとは別の位置を指していた。



※蛇足

イングランドの偉人=ニュートン

第三帝国の偉人=アインシュタイン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
淡々と進んでいくやりとりと、時間というものへの考察が上手くマッチして読み心地が良かったです。 時間という捉えにくいものに思いを馳せる。そのひとときが心地よかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ