第一話 マコ登場
人は死んだらどこへ行くのだろう。幼いころよく考えていた。天国はあるのか、地獄はあるのか、ずっと眠っている感じなのか。考えても、考えても、答えが出るはずなかった。でも今は思う。死んだら灰になるだけ。ただ、それだけだと思う。
なぜだろう。おれは悲しくなかったのだろうか。あいつが急に死んで。たくさんの人が泣き、そしてたくさんの人が悲しんだ。なぜそこまで泣けるのだろう。どうしてそんなに悲しいのだろう。オレにはわからなかった。泣いたり、悲しんだりしてもあいつは喜ばない。オレはそれらを茶番だと感じ、くだらないと思った。しかし心の奥ではみんなとのギャップに苦しんだ。泣けない。人の死は悲しいもの。なのにくだらないと感じてしまっている自分。そんな自分に苛立ち、戸惑っていた。
人は死んだら灰になるだけ。ただ、それだけ。そう灰になるだけだ。悲しむことはない。そう自分に言い聞かす。しかし胸の奥の引っかかりは取れない。人の死なんてくだらない。いや、そんなはずはない。頭の中でグルグルと螺旋階段の様に回る。そして深い闇の中へ沈んでいった・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・。
“ドン”「うっ・・・」
「おいセト、いつまであたしのベッドで寝ているつもり!」
腹に強い衝撃をくらうと共に重みを感じる。恐る恐る目を開けてみるとオレの腹の上にマコが乗っかっていた。
「ひょっとしてあたしと一緒に寝たくてベッドで待っていたの?」
甘えた声で顔を近づけてきた。ショートカットでさらさらの金髪、あどけなさのある童顔で大きな瞳がオレを見ていた。
「そ、そんなはずないだろ、早くどいてくれよ」
オレはマコの顔があまりにも近かったので、恥ずかしくて目を逸らしながら言った。
「えーつまんないの」
マコは少し寂しそうにオレの腹からどいた。
「ってか、もう終電の時間だよ。今日は帰るの?」
「うーんどうしようかなぁ」
正直帰るのが面倒くさいので泊まっていくつもりだったが素直に言わなかった。
「じゃあ迷っているなら泊まってきなよ。今日はお酒があるんだよねぇ。ニヒヒ」
お酒の弱いオレと飲むってことは大抵何か愚痴りたい時だ。どうせ男にでも振られたのだろう。
「仕方ねぇな」
ベッドから起き上がると、マコは嬉しそうにお酒を取りにいった。
(こうしてマコを客観的に見るとめちゃくちゃかわいいんだけどなぁ・・・)
「はぁー」
オレは深いため息をついた。
「ハイ、あんたはお酒弱いからこれね」とマコが缶チューハイを渡してきた。
「おっサンキュー」
「ニヒヒ」
マコは嬉しそうに缶ビールを握っていた。(相変わらずお酒が好きなんだな)
「よし、乾杯しようぜ。えーっと、なんだろ・・・・じゃあ秋学期が始まったから秋学期に乾杯!」
「なんだそりゃ」
そう言いながらオレ達は乾杯した。乾杯と同時に、マコはビールを勢い良くゴクゴクと飲んでいた。
「今日はまたどうしたんだ?何かあったんだろ」
なんとなく分かっていたが聞いてみた。
「うるせーセト」
と言いながら今度は茎わかめを一生懸命食べている。小動物みたいでかわいい。
「まぁいつものことなんだけどね。はぁー・・・」
気づいたらマコはもう二本目の缶ビールに手を出していた。(今日も荒れてるなぁ)
「かなり好みだったんだよねぇ、あのたくましい背中の肉付きとかさー」
悲しそうな顔をしながら遠くを見つめている。やはり男に振られた様だ。
「ホテルに行くところまでうまくいってたのになぁ」
「ま、まじかよ・・・」(男に同情するぜ)
「あたしが脱いだと同時に逃げやがって。あの野郎・・・」
「まぁ許してやれよ。仕方ないって」
「なんだよぉ。こっちは初めてで怖いなか、かなり覚悟してホテル行ったんだよ!なのに・・・なのに!身体はオトコでも心はオトメなんだよ!」
そう。マコは男なのだ。けど男性ホルモンが少ないからか、声が高く、全身の毛もかなり薄く、髭もあまりっていうかまったく生えないみたいだ。だから本人が言わないとほとんど男とはわからない。
「わかったわかった。とりあえず今日は飛ばしすぎだから少し抑えろ」
マコはすでに三本目に入っていた。
「ほら、茎わかめ食って落ち着け」
差し出した茎わかめをおいしそうに口にくわえた。
「おいしぃ」
マコは食い物に弱い。茎わかめを食べているうち少し落ち着いたみたいだ。
「そう言えばセトは何もないよねぇ。この夏休みとか何もなかったの?」
「うーん何もなかった。残念なぐらい。」
「セトはヘタレだかんなぁ。まぁ仕方ないかぁ」
「う、うるせー。好きな人がいないだけだ」
「ふーん。よく言うよ」
本当にこれといって好きな人はいない。だけどいいなぁと思う人はいないわけではない。あと少し気になる子もいる。今日出会った子だ。暗くて冷たい空気を持った女の子。何だったんだろう。今思い出しても寒気がする。そしてあの講義は人気がなかったのか、たまたま休んだ人が多かったのか、受講者がオレと彼女の二人だけだった。今日一日は彼女のことが頭から離れなかった。
「なに想いに耽てんの?さてはなんかあるなぁ。うーん、話の流れからみるとこれは好きな子がいるな。好きな子のこと、あれこれ考えちゃったわけだ。二ヒヒ」
(少し外れているがスルドイ・・・)
マコはニヤニヤしながらこっちを見ている。
「ちげーよ。かってに勘違いすんな」
「ムキになっちゃって。二ヒヒ」(うぜぇー・・・)
勘違いされたままも厄介なので今日あったことを話した。
「へー、いいじゃない。久しぶりにセトにも恋の予感がするねぇ」
「だーかーらー、そんなんじゃないって。」
「よし!まずは仲良くなろう、セト君!ってことでまずは話しかけてからのアドレスゲットでしょ」
マコはまったく人の話を聞いていない。
「話しかけもしないしアドレスもゲットしません」
「あーあ。やっぱセトはへタレだね。その上チキンだし根性なし。あーやだやだ。こんな男絶対彼女なんてできないね」
マコは挑発してきた。さすがにオレもここまで言われたら黙っていられない。
「言ってくれるじゃんか、じゃあ明日すぐにでもアドレスぐらい手に入れてやるよ」
酔って気持ちが大きくなっている所為か、つい出来もしないことを口にしてしまった。
「おっさすがセト!男前だねぇ。ニヒヒ」
少し言ったことに後悔したが、まぁ今日のマコかなり飲んでいるし明日になったらこのことは忘れているだろうと思うことにした。
それからオレ達は他愛無い話をした。結局マコは缶ビール合計五本飲んだ。飲みすぎた所為か急に横になり、「うぅ~もう限界。おやすみぃ~」と言い、すぐ寝てしまった。
「ったく、仕方ねぇな」
オレはマコを抱きかかえ、ベッドまで運んだ。
「飲み過ぎだっての」
マコの寝顔を見ながら言った。幸せそうな顔で眠っている。
「さて、オレも寝ますか」
電気を消し、いつも通りソファーに横になった。
(マコとの付き合いも長いよなぁ)
そんなことを考えながらオレは目を閉じた。
マコの家に泊まるのはいつものことだった。口うるさい親がいる自分の家があまり好きでないのと大学から遠い為、近くにあるマコの住んでいるアパートによく泊まっていた。マコは泊まりに来ると口では嫌そうなことを言っているが、実際に行くと嬉しそうだった。多分一人が寂しいのだろう。マコは母子家庭で母親に厄介がられて育ち、その上小さい頃、よくいじめられたそうだ。昔お酒を飲んでいる時に話してくれた。そんな過去がある為、根っからの寂しがり屋なのだろう。だからといってマコと一緒にいる訳ではない。気が合う友達として一緒にいるのだ。そう、多分これからもずっと・・・。