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魯坊人外伝~のじゃ姫のあばれ旅珍道中~  作者: 牛一・冬星明
第一章 お市ちゃんの関東あばれ旅
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第一話.小田原の町(五)

今朝のお市は不機嫌であった。

宿で一番に目を覚まし、布団から飛び起きて「鎌倉に出発じゃ」と元気よく叫んだ。

お市に続いて鳥の音が聞こえると、他の旅人が荷を持って出発してゆく。

そわそわするお市に千雨が朝食の予約を入れてあると言った。

早起きが無駄になった。

朝一番に出発する客がいなくなった頃に宿の朝食がはじまり、素早く食事を終えて旅立ってゆく。

千雨が食事を取りながら今日の予定を述べた。


「まず、ういろう屋を訪ねて関東の道案内を紹介していただきます。向こうの都合がよければ、お昼前に鎌倉に向けて出発する予定としております」

「何故、ういろう屋なのじゃ」

「ういろう屋を営む外郎(ういろう)家は将軍家とも縁が深い家であり、魯坊丸様が道案内を頼まれました。道案内なしとなれば、鹿島行きが中止となります」

「それは駄目なのじゃ」

「では、ういろう屋に行ってから、その後を決めます。宜しいですね」

「わらわは聞いておらん」

「出発前に言いました。ちゃんと聞いておらぬお市様が悪いのです」


難しい話はお栄任せ、準備は千雨任せであった。

出発前から関東の武者を戦うことにワクワクしていたお市は、千雨の話など上の空で聞き流すという失敗をしていた。

宿の客がほとんど出発しても、千雨は「まだ店は開いておりません」と言ってゆっくりとしていた。

早起きが無駄になり、不機嫌なお市は宿の中庭で犬千代相手に掛かり稽古をはじめた。

お市が相手では本気が出せない犬千代である。

一方的な攻撃ばかりが続く。


「犬千代。もっと本気を出すのじゃ」

「これで目一杯でございます」

「お市様。犬千代は力任せに突撃する先駆け武将でございます。戦場にこそ花がございますが、相稽古では生きません」

「相手によって力を出せぬのは未熟な証拠じゃ。わらわに手加減しようとしているのはわかるのじゃが、下手くそなのじゃ。じゃが、それは獲物に振り回されてせいで、手加減を覚えれば獲物が自在に操られるようになり、如何なる相手でも十二分に力を発揮できるのじゃと師匠が言っておったのじゃ」

「その通りでございます。この犬千代。まだまだ未熟でございます。どうか存分に鍛えてくださいませ」

「よう言うたのじゃ。手加減はなしなのじゃ」


犬千代は槍の代わりに持った丈を振り回す。

しかし、それをお市に軽々と避けられ、そのまま懐に入ったお市が細身の菜箸で攻撃を繰り出した。

本当に一方的であった。

お市の獲物が菜箸なのでどんなに強く打っても体中にミミズ腫れができる程度である。

無数の傷が犬千代の体に刻まれた。

軽罰の『百叩きの刑』のように。

千雨も止めない。

運動をして不満が発散されればと、そう考えてしばらく眺めていた。

日が差してきた頃に相稽古が終わる。

一度部屋に戻ると、千雨はお市の汗を拭いて身綺麗に髪も整えてから宿を出た。


「千雨。ういろう屋に行けば、すぐに出発できるのかや」

「それはわかりません。ですが、昨日の内、捨丸を先触れとして出しておきました。お市様が到着するのは知らせてあります」

「先触れじゃと?」

「うりろう屋の主人はお市様の事情を知っております。旅の共も探してくれることになっております」

「うぅぅぃ、わらわは今日中に出発したいのじゃ」

「努力はしますが、期待はしないでください」

「しおしおなのじゃ」


ういろう屋はお市が織田家の姫と知っているという。

そう知ったお市は憂鬱になる。

お市姫を出迎えた屋敷が、すぐに追い出すような接待を受けたことがない。

それならば、昨日の内にういろう屋に顔を出した方がよかったと思い、それを口にすると、「織田家の姫と知れている相手に、先触れを出さずに訪れるのは礼に外れるのでできない」と千雨は答えられた。

正論であって、ぐぅの音もでない。

お市はスネながら「わかっているのじゃ。言ってみただけなのじゃ」という。

お市も礼儀・作法は嫌というほど叩き込まれおり、わかっているから行きたくないこともある。

お市らが取った宿は、町に入った近くだったので、ういろう屋がある大手口前の大通りまで少し歩かねばならなかった。

お市らは小田原城の外堀に沿って続く道を歩いた。

道の両側に店が並んでおり、堀は見えないが『お堀通り』と呼ばれる。

しばらく東に歩くと、城の角にあたる宮前口という入り口が見え、その次の道を左に曲がると、大手門から続く大通りが見えてくる。

大きな十字路の曲がり角にういろう屋の大きな看板が見えた。


「三階建てじゃ。屋敷のような大きな店なのじゃ」

「外郎家は河越に領地をいただいて代官をしておりますので、屋敷で間違いないかもしれません」

「屋敷の軒先に店がある感じなのかや」

「そうかもしれません」


元々、ういろう屋は元朝も官僚であった陳延祐(ちんえんゆう)が倭国に亡命してきたことにはじまる。

陳外郎と名乗り、外郎を唐音で「ういろう」と読ませた。

陳家は元の医療に通じており、陳外郎の子が三代将軍の足利(あしかが)-義満(よしみつ)に誘致されて京に拠点を移した。

外郎家は薬を営み、その口直しに出した菓子が『外郎(ういろう)』のはじまりであった。

時は移り、幕府御用人だった伊勢(いせ)-新九郎(しんくろう)さんこと北条(ほうじょう)-早雲(そううん)が相模を奪うと、相模を発展させる為に薬屋の外郎家を呼んだ。

京は『応仁の乱』で荒れており、外郎家の将来に不安を感じた五代目外郎(ういろう)-藤右衛門(とうえもん)-定治(さだはる)は弟に京の店を譲り、永正元年(1504年)に小田原に移住を決意したと伝わる。

小田原に来てくれた定治を早雲が厚遇したのは当然の流れであり、大手口前の大通りに大きな店が多いのはそのためであった。

その中で一際大きな店がういろう屋である。

その広い大通りを横切ったとき、お市の目が少し横に流れた。

千雨もその先を昨日のチンピラを見て嫌な予感が走る。

懲りずに仕返しを考えているのだろうか?

尾張ならそんな馬鹿はいないのに…………他国は面倒だ。

千雨はそう思わずにいられない。

しかし、お市らは何も気にするでもなく、ういろう屋の暖簾をくぐると、ういろう屋の七代目藤右衛門と一同が出迎えてくれた。

一同が出迎えてくれた。

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