番外編 雷雨の夜(後編)
「大丈夫だけど、またふくらはぎが」
「膝を曲げられますか?」
「うん……」
シャロンが膝を曲げると、クライヴがふくらはぎに手を置いて優しく解してくれた。
心地よいが、クライヴの上に乗っかってしまっている状態で、体温が混じり合うほど密着している。
ライオネルともこれほどくっついたことはない。隙間もないくらい、ぴったりと合わさっていて彼の逞しい身体つきがよくわかる。シャロンは焦って身を起こそうとするが、クライヴがそれを止めた。
「足が攣ったのです。しばらくこのままでいたほうがよろしいですよ」
「でも……」
もう痛みはない。
シャロンは至近距離のクライヴの顔を見つめ、気になっていたことを訊いてみることにした。
「……あの……」
「なんでしょうか?」
シャロンはためらいながら言う。
「この間……あなたと唇が重なったような気がしたのだけれど……気のせい、よね?」
クライヴは一瞬押し黙った。
「気のせいかどうか、ここで直接、確かめてみますか」
「え?」
甘く光る彼の双眸に絡めとられるように見つめ合い、シャロンは心臓が跳ねた。
「……か、重なったの?」
やっぱり……唇が合わさったのだろうか……?
「ファーストキスが俺だなんて、お嫌でしょう」
また雷が鳴り、シャロンは半泣きになって彼の胸に顔を伏せる。
「大丈夫ですよ」
雷に怯えるシャロンをクライヴは包むように抱いた。シャロンは彼のぬくもりの中で安心感を覚えながら言葉にする。
「──クライヴだったら嫌なんかじゃないわ。信頼しているし、あれは事故のようなものだし。ファーストキスと呼べるものではないもの」
「そうですか」
彼は低い声で囁いた。
「では今後──お嬢様はライオネル様とされるのをファーストキスだと思われるのですね」
(え?)
シャロンがクライヴに視線を向ければ、彼は優しく微笑んだ。
「唇が重なったりしていませんから、ご安心なさってください」
気のせいだったのだとシャロンが力を抜くと、彼は続けた。
「雷が気にならないおまじないをしましょう」
「おまじない……」
「そうです」
彼はシャロンの両耳を大きな掌で覆った。雨音も何も聞こえなくなり、シャロンが目を瞬けばクライヴは唇を開いた。
「俺は、あなたに故意にキスをしました。ファーストキスを奪いたかった。あなたが好きだから。あんな脆弱な男のどこがいいんです? なぜあいつに恋をしたんですか? 王太子とは別れてください。今すぐあなたをめちゃくちゃにして、すべてを奪って、俺のものにしたくてたまらない。あなたを連れ去りたい。でも……俺はあなたを傷つけたくない」
シャロンは耳を塞がれていて、彼がなんと言ったかわからなかった。
「あの、クライヴ……?」
彼はシャロンの耳から手を離した。
「聞こえましたか?」
シャロンが首を横に振ると、クライヴは自嘲的に微笑した。
「今のように俺がお嬢様の耳を塞ぐと、何も聞こえないでしょう。雷の音も気になりません」
「うん……」
「よろしければ雷が鳴り終わるまで、こうしていましょうか」
ずっとそんなことをさせるわけにはいかない。
「ううん。羽根布団をかぶって眠るから大丈夫」
クライヴはシャロンを支えて、そっと起き上がらせてくれた。
「では、もし雷で眠れず俺が必要であれば、いつでもお呼びつけくださいね」
「ええ」
クライヴが退室し、シャロンは羽毛布団にくるまって雷に備えた。
雷雨のせいか、その夜は胸が騒ぎ、鼓動が速く打って仕方なかった。
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