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40.幸せには




※※※※※



 

 ライオネルは、シャロンと過ごせたことで、幸せだった。

 彼女は非常に愛らしく、食べてしまいたくなるほどだった。

 

 シャロンがライオネルのことを本当に想ってくれているのか、不安になるときがある。

 それで彼女に無理を強いてしまった。

 恥じらう姿もとても可愛かった。

 純粋でお人好しなシャロンは少々騙されやすい面がある。

 悪人に付け込まれるのではないかと、心配になるほどに。

 今日もライオネルの要求に従わせてしまった。


(あまり困らせてはいけない)


 と思いつつも、もっと、と考えてしまう。


 あと、今日気にかかることがあった。

 大広間に戻ったとき、弟の様子をおかしく感じた。

 踊るシャロンをじっと見て、苦悩の滲んだ表情をしていた。

 何かあったのだろうか?

 

 見ているといえば、四阿で過ごしているとき、彼女の従者の姿が窓の外にあった。

 一瞬だから見間違いかもしれないが。

 あの従者はシャロンのそばにいつもついていて、ライオネルはどこか気に障るのだった。




※※※※※



 

「昨日はすまなかった」


 あくる日、屋敷にアンソニーがやってき、シャロンは彼に謝罪された。

 アンソニーは泥酔していたに違いない。


「アンソニー様、お酒には気をつけませんと。酔われて体勢を崩されたのですわ」


 すると彼が言った。


「おれは……ただ君に触れたかった」

「ふ、触れたかった?」

「そうだ」


 シャロンはたじろいだ。


(足元がふらついたわけではなく、自発的にってことなの)

 

 ……多感な時期だからだろうか……?

 シャロンは戸惑いつつ、ぴしゃりと告げた。 


「今後、ああいったことは、もうなさらないでください」

「しない。君にも兄上にも申し訳ない……」


 彼は項垂れる。

 驚いたけれど、抱きしめられたのは一瞬だった。

 やはり彼は酔っていたのだろうと思う。

 悄然としているアンソニーに、シャロンは同情した。 


「もうしないでくだされば、それで構いませんわ。お気になさらないでください」

「気にする! あんなことをしてしまって……どうすれば、許してくれるだろうか」


 彼は反省しているし、シャロンは今、彼に特段怒りを覚えていない。


「本当にお気になさらないでください」

「それではおれの気が済まない。おれにできることがあれば言ってくれ。罪滅ぼしをする」

 

 シャロンははっとした。


(そうだわ)


 彼の力を借りれば、ゲームをハッピーエンドに導きやすくなる。


「アンソニー様、ではお願いがあります」

「なんだ?」


 シャロンは彼を仰ぐ。


「この先、ライオネル様に良いお相手が現れれば、そのかたと結ばれるよう、協力していただきたいのです」

「……何?」


 アンソニーは放心状態となる。


「もちろん手助けするが……」


 彼はシャロンの肩に手を載せ、顔をのぞき込む。


「シャロン、本当に兄上と他の誰かが結ばれれば、おれと結婚してくれ」

「え?」


(アンソニー様と結婚?)


 突然の言葉にシャロンは混乱した。


「おれたちは婚約することになっていたかもしれないと、父上も話していた。兄上が違う相手と結ばれれば、おれたちが結婚することになるはずだ」

 

 アンソニーには現在婚約者がいない。相手を決めるのも手間で、身近にいるシャロンで、と考えているのかもしれない。

 

 シャロンは断言した。


「わたくしとアンソニー様の結婚はあり得ませんわ」

「なぜ?」


 シャロンは国外追放を目指している。

 ヒロインはアンソニールートに入るかもしれない。

 その場合、シャロンはヒロインとアンソニーが結ばれるよう暗躍するつもりだ。

 

 彼と自分が結婚することは百%ないのである。

 ライオネルの弟だし、アンソニーとの結婚なんて、そもそも考えられない。


「おれが嫌いか?」

「嫌いとかではありませんが」

「兄上が好きか?」


 シャロンが好きなのはライオネルなので、頷いた。


「では、君はなぜ兄上とほかの相手のことを考える?」

「ライオネル様に幸せになっていただきたいからです」

「君と兄上が結ばれて幸せになる、でいいじゃないか?」

「わたくしとでは、幸せになれないのですわ」


 悪役令嬢なのだから。


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