39.膝の上
「ライオネル様」
高貴なセレストブルーの双眸を前に、シャロンは鼓動が早まった。
他の誰にもこんなに胸は騒がない。
やはりライオネルを好きなのだと自覚する。
「今日は僕の誕生日だ。シャロン、僕にプレゼントをくれない?」
「わたくしが差し上げられるものでしたら、なんでもプレゼントします。何がよろしいですか」
彼はシャロンの顎に置いた指を伸ばし、唇に触れた。
親指がシャロンの下唇を撫で、彼の瞳が甘く艶を帯びる。
視線が絡み合い、外すことができない。
「結婚までキスはしないといったから。僕の膝の上に乗ってほしい」
「え?」
シャロンはその言葉に、びっくりしてしまった。
「ライオネル様の膝の上……」
「そう」
「で、できませんわ」
「どうして?」
「恥ずかしいです」
「僕たちは婚約者だ、恥ずかしがることは全然ないよ」
「ですけれど……」
「君はさっき、なんでも、と言ってくれたよね」
ライオネルは哀しそうに首を傾げる。
「駄目?」
そんな表情しないでほしい。駄目とは言いづらい。
「なぜ膝になんて……」
ライオネルは微笑む。
「君と仲良くしたいから。兄だって妹を膝に乗せたりするよね」
「幼い兄妹ならあるかもしれませんけれど」
ライオネルは誕生日を迎えて十五歳、シャロンは十四歳である。
この歳では兄妹でも、膝に乗ったりしないと思う。
「嫌ならいいんだ」
彼は寂しげに、睫を伏せる。
──今日は彼の誕生日。
恥ずかしいけれど、彼が望むなら、とシャロンは思い直した。
「いいえ、嫌ではありません……わかりましたわ」
ライオネルは視線を上げた。
「いいの?」
「はい。でもわたくし重いですわ」
「そんなことないよ」
彼は自身の膝を叩く。
「じゃあここに、シャロン」
恥ずかしかったけれど、おずおずと彼の膝の上に横座りになった。
「……これでよろしいでしょうか」
「うん。僕のほうを向いて」
シャロンはライオネルのほうに顔を向けた。
強い眼差しで見つめられ、赤くなる。
どうしてこんなに見るのだろう。
「……わたくし、何かおかしいですか? やっぱり重いのですわね」
申し訳なくて、慌てて降りようとすれば、彼はシャロンの腰に手を回してそれを制した。
「重くないよ。このままでいて」
そのとき、外で大きな音がした。
(爆弾!?)
びっくりすると、ライオネルが安心させるようにシャロンに言った。
「花火がはじまったんだ」
「花火……」
窓のほうを見れば確かに花火だった。
(なんだ……)
安堵したものの、今、彼にくっついている状態だ。
「も、申し訳ありません……」
慌てて離れようとしたが、彼はシャロンの背に手を置き、押し留めた。
「しばらくこうしていて」
「ライオネル様、わたくし降ります」
「いけないよ」
彼の眼差しはひどく艶っぽい。
髪を撫でながら見つめられ、シャロンはどぎまぎした。
「君は僕のことが好き?」
「……好きですわ」
「僕も君が好きだよ」
ライオネルとは別れることになるし、彼の好きは恋の好きではないのだろう。
そのとき、シャロンは窓の外にクライヴの姿があることに気づいた。
今、自分はライオネルの膝の上にいる状態である。
窓にもう一度視線を向ければ、もうそこには誰の姿もなかった。
シャロンはほっとした。
見間違いだったのだ。
もし本当にクライヴに見られていたら、恥ずかしくて倒れるところだ。
シャロンはライオネルと四阿を出た。
時折足を止め、ライオネルと花火を眺めながら、大広間に戻る。
そのあと彼とダンスをしたのだが、視線を交わしていれば、シャロンは頬が火照ってきて慌てて目を逸らせた。
それから屋敷に戻ったが、就寝の準備をした後、色々あった一日を思い出し、倒れるように眠りにおちた。