31.警告
ゲームをクリアしたし、実際この世界にいて見ていればわかる。
「わたくしはライオネル様の婚約者で、弟君のアンソニー様と会う機会もありますし、接していますから」
「ふうん」
ライオネルの表情が強張る。機嫌がなぜか悪い。
(やっぱりアンソニー様と大きなケンカをされたのかしらね……?)
「いったいどうされたんですの」
「何が?」
シャロンは横に座るライオネルの頬を、両手で挟んだ。
ライオネルは目を白黒させる。
「シャロン?」
「いつもと違いますわ」
「どう違うの?」
「意地悪な顔つきになっていますわよ」
険がある。
こういう表情は、悪役令嬢の専売特許だ。
メインヒーローのする表情ではないだろう。
きっとアンソニーと仲違いしたのだ。それでいつもと違う。
「仲良くなさってくださいませ」
シャロンはエディにお説教するようについ言ってしまった。
「君は、僕と弟に仲良くなってほしいの」
「ええ」
ケンカ中なら、仲立ちをしたい。
「僕と弟の仲を慮るより、君は僕との仲を深めるべきじゃない?」
「わたくしたちは仲違いしておりませんわ?」
ライオネルはシャロンの手を掴む。
「もちろん僕たちは仲違いなんてものをしていないけれど、関係性が深まってもいないよね」
「今日草原に行きましたし、この間、街にも出掛けました。よくお会いしていますわ?」
すると彼は皮肉に笑った。
「キスもしていない」
草原でのことを思い出せば、シャロンは頬が染まる。
(頬にキスされたけれど……)
ゲームの中ではなかったことだ。
「わたくしたちのことと、ライオネル様とアンソニー様のことは別ですわ」
「僕は別だとは思わないけどな」
彼はふっと目を逸らせた。
「わたくし、ライオネル様にアンソニー様を大切にしていただきたいですわ。どうか仲良くなさってください」
彼らは、ただひとりの兄と弟なのだから。
ライオネルは口を噤み、少ししてから吐息を零して頷いた。
「……そうだね。君に心配をかけることを、僕は望まない。弟と仲良くする」
(よかったわ)
「やっぱりケンカなさっていたのですね?」
「ケンカというものでもないけれどね」
シャロンは安堵して、笑顔になった。
※※※※※
アンソニーは暗い気持ちでいた。
シャロンは自分が贈ったのとは違う髪飾りをしていた。
精巧で見事な品だった。
アンソニーがプレゼントした、おもちゃのような代物ではないが、蝶を象ったのは同じ。
それを兄はシャロンに贈った。
あてつけや警告のように感じた。
翌日、アンソニーはライオネルに呼び出された。
戦々恐々としていれば兄に、剣合わせをしようと誘われた。
アンソニーは兄と庭園に出、剣を交えることになった。
「僕は昨日、話しただろう。髪飾りを落としたと」
「……はい」
兄の剣は重かった。
「本当は故意に壊して処分した」
そうかもしれない、とは想像していた。
だがはっきり告げられて動揺し、動きが鈍る。
ライオネルはためらうことなくアンソニーの剣を弾き飛ばした。
「…………っ!」
衝撃で、アンソニーは倒れた。
兄はアンソニーの傍らに立つ。
「心は自由だ。誰にも縛ることはできない。僕も縛りはしない」
ライオネルは氷のような冷たい目をしていて、アンソニーは肝が冷えた。
「責めないよ。たとえ、おまえがシャロンに特別な感情を抱いているとしても」
アンソニーはどきりとした。
ライオネルは肩を竦める。
「おまえが、越えてはならない一線を越えるとは思わない」
倒れたアンソニーに、ライオネルは手を差し出す。
アンソニーはライオネルの手を取った。
「……申し訳ありません、兄上」
アンソニーは立ちあがる。謝ることしかできない。
「いちおうはっきりさせてはおこう。おまえ、シャロンのことが好きだな」
アンソニーは自分の気持ちがよく掴めなかった。
それでわかる範囲で話した。
「……好きか嫌いかでいえば、好きです」
ライオネルは口の端を持ち上げる。
「好きか嫌いかでいえば、か」
アンソニーのなかでシャロンは重要な位置付けである。
関心はあるが、恋愛のそれとは違うはず、だ……。
将来、兄と結婚する相手なのだから。
それで重要視し、気になっているだけ……。
彼女を好ましく感じているのも、それでだ。
自分が最も大事に思うのは、将来の王、ライオネルである。
「おまえにとって僕とシャロン、どちらの存在がより大きい」
「兄上です」
ライオネルは剣先をアンソニーの喉に向ける。もう少しで刺さる距離だ。
アンソニーは脂汗が滲んだ。