本当の評価
毎年、どうしても人事異動の発表の時はそわそわするものだ。自分もそう。
特に、仕事を長く続けると、立場が少し上になるとか、無意識にでも、そういうことがモチベーションになったりする。
偉くなる?ことが、どうしてもその職場社会だとステータスに感じてしまう。同期がどうだ、とか、年齢が一緒のあの人が、とか。
自分はやはり負けず嫌いなので、そういう気持ちは持ってしまう。口には決して出さないし、態度にもみえないようにはしてしまうけど。
そういう人は結構いると思う。
そんなもんである。
ビジネスタイムが終わればそんな職位は関係ないし、いつか訪れる退職を迎えれば、そんなのは勲章でもなく、クソの役にも立たないのに、である。
それよりも、趣味を楽しんだり、とか…
とは思うけれど、毎日仕事していて、仕事時間が長いと、どうしても切り離せない生活の一部として、やはり、そこでのヒエラルキーというか、立場が気になってしまう。所詮そんな感じで自分は小さい人間なのである。
そんな毎年のソワソワというかドキドキする時期が今年もつい最近あった。
結果はステイ。残留、現状維持、昇進なし。まあ、そんなものである。今年度は人評という名の業務評価はかなりよく、これは、と思ったが、まあ、そんなにうまくいくものではない。
歳上の同僚はあまり仕事の段取りがうまくなく、日々、たくさんサポートをした。メールでの咀嚼に時間がかかる人で、どうしても仕事が停滞しがちになってしまう。幾度となく、アドバイスもしたし、時には仕事を代わったり。そこまでした。
まあ、でもその同僚も自分も、結果は現状維持、であった。いや、正確には同僚は職位は変わらずとも、意図しない配置転換となった。
本人は第一報では、「えっ!」と声を出し、ショックを隠せないようであったが、夕方、退勤前に、
「一年、一緒に仕事ができて良かったです。いろいろ助けていただき、ありがとうございます。」と言ってくれた。
「こちらこそありがとうございます」と、その時は自分の結果にショックがあったので、あまり心はなく、でも、とりあえず自分もお礼を述べた。
また、他の人から、4月からも残ってもらえるんですね。良かったです、と言われた。
次の日は、仕事が休みだった。
ああ、また一年同じ立場の繰り返しか、と気分も、萎えていた。あまりいいこともなかったな…と。
ふと、その時に、昨日の同僚の言葉や、他の人から言ってもらえた言葉をなんとなくなぞるように思い出した。
きっとショックだっただろう時に、
一緒に仕事ができて良かった、と年下の同僚に感謝を伝えてくださったこと。
残ってくれて良かった、という言葉。
それは、自分が今年一年、やってきたことに対する、周りの気持ちだったのだろう。
充分じゃないだろうか?
そういう言葉を聞けた。言ってもらえた。
それも自分に対してのまぎれもない、周りからの評価である。
ふと1年間を思い起こし、たとえば、その同僚との何気ない時の会話ややりとりなどを思い出した。
ああ、そういえば楽しかったな、と。
楽しい時間をもらえて、一緒に働けてよかった、と言ってもらえた。
また、残ってもらえて良かった、と言われた。
組織としての昇進はなかったけど、言葉で、評価してくれた人がいた。
それでいいんじゃないかな、と。
比べるものではないけど、どちらも本当の評価である。自分は、そういうふうに思ってもらえるような、そんな自分を少し誇りに思った。
という他愛もない、どこにでもある話。