好きな子ができても何故か全員に避けられるので、幼馴染に相談しようと思う
世の中のカップルを見て、尊敬の念を抱かずにはいられないのは、俺だけなのだろうか。
この世にカップルというのが当たり前に存在するから意識しないけど、男女が好き同士になるなんて、改めて考えればすごいことだ。
しかも、恋人になるにはその思いを伝え合わなければいけない。
そこにはきっと様々な障害が存在するだろう。
そのすべてを乗り越えた者たちが、カップルになる、というわけだが……。
「俺はファーストステージにすら上がれない……」
俺、日野建太はうな垂れてそう嘆いた。
脳裏に過るのは、数々の苦々しい記憶。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど――」
「ご、ごめんなさい! 今ちょっと……」
「ねぇ、今日一緒に帰らない?」
「ひぃっ!!! そ、それだけは勘弁してくださいぃぃぃ!!!」
「俺と付き合ってください!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ私は何も聞いてませぇえぇぇぇぇぇん!!!!!!」
思い出すだけで純度百パーセントの悲しみが胸を締め付ける。
俺の昔からの悩み。
それは――好きな人に必ず避けられることだ。
「(恋愛適正ないのかな俺……)」
普通に生きていればそもそも人から避けられることもないのだが、気になった子、というか女子全般に避けられているのが現実。
その原因がいつまでも分からないから、生まれてこのかた十七年、彼女はおろか女子と一度もデートしたことがないのだ。
「どうすりゃいいんだ……」
ため息交じりに悩みを吐き出す。
日野建太、17歳、高校二年生。
青春に悩みはつきものと言うけれど、少々悩みが重すぎる気がします。
◇ ◇ ◇
「行ってきまーす」
リビングに声を投げかけて、扉を開ける。
家を出てすぐさま学校に――というわけではなく、家の前でとある人物を待っていた。
「ごめん、遅くなった」
隣の家から出てきた女の子。
彼女の名前は愛生愛子。俺の幼馴染だ。
「いいよ、俺も今来たところだから。行くか」
「うんっ」
歩き始めた俺に小走りで追いつき、隣を歩く愛子。
いつも距離は近め。肩と肩が触れ合うくらい。みんなは距離感が近すぎるとか何とかいうけど、幼い頃からの付き合いなので当人に違和感はない。
むしろこれくらいが俺たちの中のスタンダードだ。
「今日は珍しくポニテなんだな」
「体育あるから、髪邪魔にならないようにと思って」
ぴょこん、と一つに結ばれた髪の毛を俺に見せつけてくる。
いつもはピンク色の艶やかな髪を下ろしているから、なかなかに新鮮味があった。
「どう? 似合ってる?」
「いいんじゃないか? 馬の尻尾みたいで」
「っ! な、なんでそういう事言う! 褒め言葉じゃない!」
「あははは! ごめんごめん。似合ってるよ」
「むぅ……最初からそう言えばいいのに」
口を尖らせてブツブツと悪態をつく愛子。
比較的大人しく、口数の少ない愛子だが、今日は機嫌がいいみたいだ。
その調子で歩くこと十分ほど。
学校に到着した俺たちは、同じ教室に入り各々席についた。
すると隣の席の加藤さんがにひっ、と笑みを浮かべて挨拶してきた。
「おはよ、日野くんっ」
「おはよう、加藤さん」
加藤さんは最近この高校に転校してきたばかりで、たまたま席が隣になったことを機に仲良くなったのだ。
俺にしては珍しく、というかこの学校で唯一話してくれる女子である。。
ぶっちゃけると、結構好きだ。
なんてったって、笑顔が素敵だ。ぜひとも付き合いたい。
だが、俺は慎重に好感度を稼いでから告白を、と思っていた。
俺の人生経験からしてこんな機会はきっとそうそうない。絶対に成功させたいのだ。
「そういえば日野くん、数学の課題やってきた?」
「数学の課題? そんなのあったっけ?」
「あったよ~! ほら、昨日の授業で言われたでしょ? 練習問題の2から5だよ」
「マジか⁉ うわやってない……」
頭を抱えていると、からかうような表情で加藤さんが応じる。
「ダメじゃないか~。ま、日野くんが私に褒美をくれるなら、見せてあげてもいいけど?」
「ほ、褒美……わ、分かった。掃除を一週間変わろう!」
「掃除はちゃんとしたいしなぁ~。あぁ~喉乾いたなぁ~」
「ジュースだ! ジュースを奢る!」
「お腹もすいてきたかもなぁ~」
「……分かった。購買の焼きそばパンもつける! これでどうだ!」
「ひひっ、交渉成立だね」
にひりと得意げに笑い、ノートを俺に差し出してくる加藤さん。
かなり足元を見られた気がするが、別にこれくらいどうってこともない。
何だったら加藤さんに奢るのは正直ご褒美なまであるからな。
「あざす!」
「よきにはからえ~」
急いでノートを開き、加藤さんの答えを書き写していった。
改めて思うが、加藤さんのノートはすごく綺麗にまとめられている。字も美しいし、加藤さんの人となりがよく出ている。
今の会話もめちゃくちゃ楽しかったし、やっぱり俺、加藤さんのこと好きだな……。
ニヤニヤしそうになるのを堪えながら、朝のホームルームが始まるまで加藤さんと談笑する。
「(ようやく俺に、春が来るのか……!)」
一世一代の大チャンスに心を躍らせる俺。
加藤さんとの会話に夢中になるあまり、当然気づかない。
「…………」
背中に突き刺さる、鋭利な彼女の視線に。
◇ ◇ ◇
放課後。
いつも通り愛子と並んで帰る。
愛子と一緒に下校するのは小学校低学年からの習慣であり、お互いに放課後用事があっても、それが終わるのを待って帰ることもあるほどだった。
後ろから車が近づく音が聞こえる。
さりげなく愛子と位置を変わり、道路側に移ると愛子が小さく感謝の言葉を口にした。
「ありがと」
「いいってことよ」
愛子は昔からぼーっとするタイプで危なっかしい。
俺が守ってやらねば、という母性本能が常に働いているのだ。
ふと、今日のことが思い出され、愛子に話を切り出す。
「そういやさ、聞いてくれよ愛子」
「どうしたの?」
「俺さ、転校生の加藤さんと結構仲良くなったんだよ! すごくないか⁉」
「……へぇ、すごいね」
「ほら、俺今までめちゃくちゃ避けられてたじゃん? 特に女子とか。でも加藤さんは避けるどころか好意的に接してくれてさ、もうそれが嬉しくってさ!」
「そう、よかったね」
やはり自分の嬉しかったことは、身近な人に共有したくなるものだ。
その点、俺の喜怒哀楽にまつわる出来事は、大体愛子に話している。
愛子は傍から見れば愛想が悪いように見えるが、デフォがこれなだけで俺の幸せをわが身のように喜んでくれているに違いない。
楽しくなってきて、どんどん話したいことが口から溢れ出てくる。
「ってか加藤さん、かなり可愛いじゃん? 男の中でも、もうすでに人気高いし」
「へぇ? じゃあ、私とどっちが可愛い?」
無表情なまま、愛子が問いを投げかけてきた。
「う~ん……難しい質問だな。そりゃ、愛子はスカウトされるくらい可愛いけどさ、系統が違うっていうか、なんていうか……」
「分かった。じゃあ欲情するのはどっち?」
「ブッ‼ おま、どういう質問してんだよ⁉」
「普通でしょ? 私たち、幼馴染なんだし」
「その理由付けは意味分からなすぎるんだけど」
「幼馴染だから答えて」
「幼馴染だからっていう免罪符は存在しないはずなんだけどな……」
割と真剣に俺に答えをせがむ愛子。
正直な話、女子に欲情とか性欲云々の話はし難い。
だが、愛子の頑固さは一級品。俺が答えるまで一生この質問は終わらないため、恥を捨てて真摯に答えるしかない。
「う~ん、まぁ、強いて言うなら加藤さん?」
アンケートに答えるみたいに軽くそう言うと、ぷいっとそっぽを向いて嘆息する愛子。
「……クラスメイトの女子でアレコレ考える変態」
「そりゃひでぇな⁉ 愛子の質問と解釈が歪み過ぎてんだぞ⁉」
「いいよ、別に」
「あ、愛子ぉー」
愛子は口を尖らせ、すっかり拗ねてしまった。
じゃあここで俺が「愛子に欲情する」なんて言えばよかったんだろうか。
それはそれで嫌だろう。
常に一緒にいる男にそういう目で見られてると知るのは、不快以外の何物でもない。
じゃあこの場合正解ないじゃん。最初から詰みか。
不満げにそっぽを向いた愛子が投げやりに聞いてくる。
「建太はそんなに加藤さんのことが好きなんだ」
さっきみたいに地雷を踏まないように答えようと一瞬考えたが、どう答えようが状況は変わらない気がしたので何も考えずに応じる。
「まぁな。何せこんなに話せた女子は加藤さんが初めてだ。何としても加藤さんと付き合いたいよ」
「……そ。頑張れば」
「おう! サンキューな!」
なんだかんだでこうやって、いつも俺のことを応援してくれる。
背中を押してくれる愛子のためにも、頑張らないとな。
また一段気合を入れて、今日も今日とて帰路を歩くのだった。
◇ ◇ ◇
――翌日。
「(今日も加藤さんとたくさん話して、好感度を上げるぞ俺! 一日一日の積み重ねが、彼女ゲットに繋がる!)」
グッと拳を握りしめ、愛子と教室に入る。
俺の席を見やると、すでに隣には加藤さんが座っていた。
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、足早に自席に向かう。
「(ここはさりげなく、いつも通り爽やかに挨拶だ! やるぜ俺!)」
「おはよう。加藤さん」
「っ‼ お、おはよう。日野、くん……」
あれ、少し変だな。
いつもなら元気溌剌とした加藤さんが、顔を引きつらせ、ぎこちない笑みを浮かべている。
返答も随分と歯切れが悪かったし、どこか体調でも悪いのだろうか。
「大丈夫? どっか体調とか悪いのか?」
「い、いやっ! ぜ、全然そんなことないから!」
「そっか。ならよかったけど」
加藤さんがそこまで言うなら、俺が意識的に気にかけるのも変な話だ。
逆にこちらがいつも通り接するのがここでの正解。昨晩用意しておいた会話デッキを、頭から引っ張り出す。
「そういえば、昨日の課題が――」
「あ! いっけない用事があったんだった! あちゃちゃー、私うっかりしてたなぁ……」
「ちょ……」
加藤さんが急に席を立ち、逃げるように教室から出て行く。
「(あれ? この感じ……)」
脳裏に過る、既視感のあるこのパターン。
「(いやいや違うだろ! 違うに決まってる! 昨日までは大丈夫だったんだし……大丈夫だよな? ……いや、大丈夫だろ!)」
そう心に言い聞かせて、のほほんと別のことを考えて気を紛らわせていたのだが……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁなんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
部屋で叫び散らかす高校二年生、童貞。
しかし、叫んでしまうのも無理はない。
何故なら――
「加藤さんに完全に避けられてるんだがぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
あれから何度か話しかけようとはしたのだが、全部見事に交わされてしまい、結局会話することができなかった。
昨日までは何なら加藤さんから話しかけてくれていたのに、今日は言葉のキャッチボールが一度も続かなかった。
――絶望。
まさに絶望。
見えていた一筋の光が完全に途絶え、お先真っ暗な状態に陥っている。
「もうダメだ……俺は一生彼女ができないんだ……」
枕に顔を埋めて、厳しい現実に打ちひしがれているとトントン、とドアが叩かれた。
「建太?」
驚いてすぐに枕から顔を離し、ドア付近に視線をやる。
そこには部屋着姿の愛子が「大丈夫?」と言わんばかりの表情で立っていた。
「ど、どうした愛子」
平然を装って訊ねる。
「いや、漫画返そうと思って」
「お、おぉ。そうか」
愛子が俺の部屋のドアを閉め、部屋に入ってくる。
家が隣で幼い頃から兄弟のようにずっと一緒にいるせいか、こうして勝手に愛子が俺の部屋に入ってくることは珍しくない。また逆もしかりだ。
そわそわしながらベッドに座って、本棚に漫画を戻していく愛子を見つめる。
愛子は漫画の背表紙を触りながら、告げてきた。
「建太の叫び声、外まで聞こえてたよ」
「ま、マジですか……」
恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。取り繕ったから余計に恥ずかしい。
でもこうなってしまえばヤケクソだ。開き直ることにした俺は、力なくベッドに倒れ込む。
「いやさ、俺また好きな子に避けられるようになったんだよ」
「また、ねぇ」
「心当たりがないよほんとに。俺の体臭が異常に臭いとか、そういうのない限り一晩であんな反応にならないと思うんだよな」
「大丈夫、建太は臭くないよ」
「ごめんだけどそれで心の傷癒えないわ。慰めとして足りな過ぎる」
臭くないのが前提として話しているからな。
今のはほとんど「二足歩行出来てるね偉い!」と言われたようなものだ。もはや屈辱ですらある。
ふと、天井を見ながら思った。
そうだ、愛子にこのことを相談すればいいんだ。
今まで度々こういう状況になると、嘆くばかりで相談はしなかったけど、愛子は普通に女子高校生。
同じ女子としてなら分かることもあるんじゃないか?
善は急げという事で、早速愛子に訊ねてみる。
「なぁ愛子。なんで俺、こんなに避けられてると思う?」
「っ…………」
ぴくりと眉を動かす愛子。
明後日の方向を見ながら、応じる。
「わ、わかんない。建太がひどいことでもしたんじゃない?」
「ひどいことかぁ。してないんだけどなぁ」
今回の加藤さんの件なんか、自分がどのように接したか鮮明に思い出せるが、まるで思い当たる節がない。
無意識に胸ガン見してたとか、そういうのはないと思うしな。
「ま、まぁ建太。そう落ち込まずにさ、もっと身近に目を向けてみようよ」
「身近? なんだよ身近って」
「そ、そりゃあ……近しい間柄って言うの?」
「近しい間柄の女の子がそもそもいないから、どうにでもできないんだよ……クソッ!!」
嘆いていると、愛子が意味ありげな視線を送ってきた。
頬を赤らめて照れくさそうにしながらも、自分に指を差して何かを訴えかけてくる。
「……?」
「っ⁉」
キョトンとした顔を浮かべていると、がっかりしたように肩を落とし、俺の隣に座ってきた。
「建太って、鈍いよね」
「鈍い? 何が?」
「もういいよ」
呆れたように嘆息する愛子。
人に対して鈍いって使うっけ? と思ったが、今は何も考えたくないので頭の回転を止めた。
そして再び、心の内を吐露する。
「あぁーあ、このまま一生、彼女できないんかなぁ」
昔から人一倍恋人のいる青春に憧れておきながら、こうも理想が叶わぬものなのか。
現実とは誠に非情だとはよく言うが、まさにそうだ。
ぐったりとうな垂れていると、愛子が俺の顔を覗き込んでくる。
「いいよ、彼女なんか作らなくても」
「なんでだよ。このまま一人は寂しいって」
愛子は俺の言葉ににひりと小さく微笑んで、呟いた。
「ふふっ、私がいてあげるよ」
とろんとした瞳に、一瞬吸い込まれそうになる。
数秒ののち、ようやく我に返り、応じた。
「でも、愛子モテるしなぁ」
「大丈夫、私は建太だけの味方だからね?」
「…………」
やっぱり、愛子は昔と変わらず俺の味方でいてくれる。
それがどれだけ心の救いになっていたか、今この時気づいた。
「ありがとよ、愛子。俺が好きな子に避けられても、何とか学校に行けるのは愛子のおかげだ」
「ふ、ふぅん? ま、まぁね?」
愛子に慰められて、少しだが立ち直れた気がする。
俺はベッドから起き上がり、再び気合を入れ直した。
「うし、次こそは彼女作る!」
高らかに宣言すると、愛子は目を細めて、小さく微笑んで言うのだった。
「ふふっ、頑張って?」
――十年後。
「今日も綺麗だな、愛子」
「ふふっ、建太もかっこいいよ」
軽くキスを交わし、見つめあう。
俺と愛子は、三年前に結婚した。
結局、愛子が最初で最後の彼女だった。
「ねぇ、今日は仕事も休みなんだし、一日中に家にいない?」
「いいな、それ。そうしよう」
ソファーに密着しながら座り、テレビを見ながらくつろぐ。
これまでの人生を振り返れば、結局俺のことを避けずにいてくれたのは愛子だけだった。
高校卒業後も大学や会社で気になる人ができたが、それも軒並み全員に避けられるようになったし、そう考えれば愛子が俺と結婚してくれたのはありがたいことのように思う。
「(永遠の不人気銘柄だったしな、俺)」
でも、別にモテなくたっていいのだ。
俺には愛子がいる。そして――愛子だけいればいいんだから。
「ねぇ建太、私のこと愛してるよね?」
「もちろん、愛してるよ?」
「私だけしか見てないよね?」
「見てないというか、愛子だけしか見えない。だって俺には――愛子しかいないんだから」
そう告げると、愛子は目をとろんとさせて、再び唇を重ねてきた。
今度は深く、長く触れ合う。
そして満足げに笑うと、いつものように言うのだった。
「ふふっ、よかった」
もちろん俺は気づかない。それは俺が死ぬまでずっと。
でもそれでいいのだ。俺は愛子がいれば満足だし、二人だけの世界が俺の全てだから。
世の中には知らなくていいことがある。
そう、当人がそれで幸せなら、ね。
「ふふっ♡」
完
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