第6話 夜の街を駆ける
――その日の夜。
私たちはオリバリス王国の王都に居た。
私の少し後ろでは、町で休み、身なりを整えた(若干疲れた様子の)吸血鬼の少年が混乱していた。
シャワーを浴びてきちっとした服を着るだけで見違えたな……何やら衣装を担当した女性陣が何を着せるかで言い合いになったとか……着せ替え人形にされたとか……ご愁傷さま。
「え、何で今王都に居るんだ……? 町を出たのは夕方頃だったのに……俺はもっと短い距離で1週間かかったのに……」
頭を抱え、ぶつぶつと呟く。
理由は単純。移動速度が凄く速いからだ。
今回私たちを運んでくれた狼たちは彼の独り言を聞き『やったぜ、褒められた』と嬉しそうにゆらゆらと尻尾を振っている。
……どうしてこうもうちの狼たちはちょろい奴らばかりなんだ。いつか悪いやつに騙されても知らないぞ。
緊張感の全くない様子に、ハイゾラとソウガは苦笑する。
「いつもより落ち着きがねぇな」
「そうね……ちょっと、帰ったらキツめに教育し直そうかしら」
ぼそり、とハイゾラがこぼした『教育』という単語に先程まで御機嫌だった狼たちの表情が瞬時に強張った。
「は、ハイゾラ様……すみませんッ!」
「これから気をつけるので、どうか、ご容赦を……!」
「おねがいします!!」
ぺたんと伏せの姿勢で懇願する狼たち。その尻尾や耳は恐ろしいものに遭遇したときのように、へたれていた。
狼たちがハイゾラを怖がっている理由は、彼女が狼たちの上官であることが関係している。
獣魔連邦国の霊獣戦士団第二軍隊は、ほとんどが魔獣で構成されている。その第二軍隊の軍隊長をしているハイゾラ。
彼女の隊内の二つ名は〈恐怖の女神〉。この名を聞いたとき、『矛盾してないか?』と思ったが、理由を聞いて納得した。
訓練をしているときは死ぬ程厳しいが、それ以外ではめちゃくちゃ優しいから、だそうだ。
まあ、分からなくはない。
ハイゾラは普段は部下に対して凄く優しい。が、戦闘が関わるとひとが変わるのだ。――二重人格を疑うほどに。
要は、戦闘狂。まあ、獣人には珍しくも何でも無い。
実力主義、弱肉強食の世界で生きる獣人は強く在ることを重視している。そのため、「戦う=趣味」の等式を持つ奴が多くいる。
―――私としては喜々として危険に飛び込むのはどうかと思うが。
にやり、と傍らの彼女が口元を歪ませるのを視界の端で捉え、密かにため息を吐いた。反対側の青年も似たような状態だ。
高所にいるため、建物の隙間から吹き上げられた風が髪を巻き上げる。視界に映るのは蒼銀ではなく白銀。夜空には不似合いな色が月明かりに照らされ輝く。
蒼銀のままだと少々都合が悪い。よって耳や尻尾も同色に揃えている。双子も同じ理由で黒へと変えている。
視線を上げれば、大時計が11時を指したところだった。ボーンボーンと鐘の音が鳴り響く。
「! そろそろ動くぞ」
「分かった」
「了解」
短く返事が2つ返ってくる。
「少年。少し我慢してくれ」
「え? ッ!?!?」
私にさらりと自然に抱えられ、少年が素っ頓狂な声を上げた。
私の身長は168cm。対する少年の身長は154cm程。抱えられなくはないが、まさか女に抱えられるとは思わなかったのだろう。――横抱き、つまりお姫様抱っこで。
動揺からか、少年が手足をばたつかせた。
……このままでは少し困るな。ふとした拍子に落としかねない。大人しくしてもらうため、端的に理由を説明する。
「ここからは狼に乗っては移動出来ない。居心地が悪いとは思うが、我慢してくれ」
「は、はい」
彼は多少困惑しながらもコクリと頷いた。
私は王都の一点から視線を外さないまま、背後へ最終確認をかける。
「総員、突入準備。目標はオークションに出されている吸血鬼たちの救出。その他に囚われている者が居た場合、その者たちも救出対象となる」
「はいっ!」
「ハイゾラ、ソウガは人間の相手をし、時間を稼げ。出来る限り、殺すな」
「「了解」」
「それ以外の者は吸血鬼の少年と共に救出対象を保護しろ。護衛は私が務める。迅速に片づけるように」
「「「はっ」」」
今回の編成は私とハイゾラ、ソウガ。そして狼25頭。
私とハイゾラ、ソウガは人間を抑えるため、狼たちは救出対象たちを乗せるためだ。
奴隷に落とされた者たちは劣悪な環境に置かれ、足腰が弱ってしまっていたり、病に罹ってしまっていたりと、自力で動けない可能性がある。
そのため、足となるものが必要になる。
カリヴィア連邦国の狼たちはひとが2人は余裕で乗れる。移動手段としてはうってつけだ。
ガルルルル、と唸る狼たち。士気は上々。
私は銀の仮面を、一歩後ろに居る双子は黒の仮面を着けた。
「行動開始」
先行して私が、遅れて双子、そして狼全員が空へと飛び出した。
ビュウビュウと風が耳元で唸る。
スタン、と軽い音を立てて建物の屋根に着地。屋根から屋根へ跳び、目的地へ一直線に向かう。
キラキラと照らされている道では、夜にも関わらず、多くの人が出歩いている。
けれど、誰一人として屋根の上を音もなく走る集団には気付かない。
わざわざ暗闇でも目立つ白銀にしているのは、先導する私が、後ろからでも目立つようにするためだ。
庶民たちが暮らしている区域を抜ければ、貴族の邸宅が並ぶ区域に入る。
そこに入ってすぐにオークションが開催されている建物が見えた。
「見えた、目標の建物だ」
「どこから入るんだ? 入り口は警備が固められてるんだろ?」
「窓から入る」
「「了解」」
3人で侵入経路の確認し、全体にも伝えると、即座に返事が返ってきた。
魔力感知をすると、地下に多くの魔力反応があることが確認できた。
全員にそれを伝える。
「対象は地下に居る。一階の窓を破って侵入する」
「「了解」」
「「「ヴォン!」」」
返事を受けながら、バリンッ! と派手な音を立て窓を破って侵入。
万が一、腕に抱えている少年が怪我をしないように背中から割った。
私が割った窓から獣たちが飛び込んでくる。
即座に体勢を直し、迷いなく廊下を駆ける。
程なくして、地下への階段を発見。最短で進んでゆくと、大きな扉があった。
そこから、微かな光と音が漏れていた。
ざわめきと少女らしき子供の悲鳴。
それを聞いた途端、少年が目を見開いた。
「この、声はっ! 俺の、妹だっ!」
「…………………」
スッと背後へ視線を向ければ、ふたりと目が合った。
言葉を交わさずとも、思っていることは分かった。
取り乱し、「早く、早く行かなきゃっ……!」と呟く少年に声をかける。
「今から、助けるから。今はじっとしてくれ」
「っ、はい」
抱いていた少年を床に降ろす。
そして私は扉に脚を掛け、
――――ドゴンッッ!!!!
思い切り、蹴り飛ばした。
突然の乱入者の登場に驚きを隠せない参加者たち。
衝撃で蝶番が外れ、吹っ飛び床に着地した扉の上をコツコツと音を立てて歩く。
参加者の手には番号の書かれた札。ステージ上には枷をはめられた少女が助けを求めて手を伸ばしていた。
「あいも変わらず、悪趣味な催しだな。…………自分が喰われる覚悟はあるのだろうな?」




