第4話 傲慢な提案
「どういうこと? 普段この森の奥に来る人間は奴隷狩りか盗賊だけのはず。身なりの良い、貴族みたいな人間が来ることなんて、ないじゃ……」
ハイゾラが声に困惑の色を滲ませて呟いた。
「ハイゾラの見立て通り、恐らくこいつは貴族階級の人間だろう。それも、伯爵以上の。……私がこの人間をここへ連れてきたのは、吸血鬼の少年、君に関係することだと思ったからだ」
「え、俺ですか……?」
「ああ。こいつは〈オリバリス王国〉から来た、使者だ。そして、君の仲間が捕まっているのも、おそらく同じ国だろう」
「使者? なんであの国から使者が来るんだ? 俺たちを散々見下してんのに」
「そうよ。おかしいわ。何か裏が絶対ある」
顔を顰め、ハイゾラとソウガは嫌悪感をあらわにする。口調からも嫌悪と……怒りが漏れ出て、少年がふるりと身体を震わせた。
「……ハイゾラ、ソウガ。気持ちは分かるが威圧を出すな。耐性の無い者にお前達の威圧は堪える」
「あ……ごめん」
揃って下唇を噛み締める双子の頭を撫でる。
「こら。噛むな。傷になるだろう」
「う、ん……」
……動揺で精神が不安定になっているな。一旦落ち着かせたほうがあとの話もしやすいか。
「少年。少し待ってもらってもいいだろうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「感謝する」
一言断ってから、ふたりの頬に手を当て、魔力を流す。直後、ふたりの顔がふっと緩んだ。
「大丈夫だ、落ち着け。あのときとは違う。強くなったんだ」
ゆっくりと、あやすように言い聞かせれば、浅かった呼吸が徐々に落ち着いた。
「少しは落ち着いたか?」
「おう」
「ええ」
「ならよかった」
最後にもう一度、唇の傷に手を滑らせ魔力を流す。淡い光とともにそれがなくなったのを確認し、手を離した。
「さて。話の腰を折ってしまいすまない。どこまで話していたか……」
「えぇと、貴族がうんたらかんたら、みたいなとこだったと思います」
「ああ、そうだった。……ハイゾラの考えは当たってるだろう。これは予想だが……〈オリバリス王国〉が〈カリヴィア連邦国〉へ要求するのは――〚従属〛」
「「なっ!?」」
2人が絶句。少年は状況が呑み込めないようで、微かに首を傾げている。
「どういうことだよ!? あの国が、俺たちを奴隷へと落とすつもりなのか!? ふざけるな!」
「ようやく落ち着いてきたのに、今度は国が出張ってくるの!? もうあんな事はないと思ってたのに……」
再びふたりの威圧が辺りに漏れ出した。一気に気持ちを吐き出すハイゾラとソウガ。その剣幕に少年が怯える。
……精神の不安定さが今後の課題だな。
「落ち着け、2人とも。そんなことを私が許すはずがないだろう?」
静かに語りかけると、はっとしたように同時に3人が私を見た。
「対策はこいつの話を聞いてから考える。いいな?」
「「わかった」」
「?」
しっかりとした返事と疑問符が返ってきた。それに軽く頷き、男を起こすべく、声を掛けた。
「おい、起きろ」
「あぁ? うう、ここは…………?」
のっそりと身体を起した男は、焦点の合わない目で周囲をきょろきょろと見回しす。そして私を見つけた途端、態度が豹変した。
「どこだ、ここは! ……おい、そこの狼獣人。私を助けろ!」
男の一方的な物言いに、後ろにいた獣人ふたりが殺気を洩らし、吸血鬼の少年は絶句した。
あぁ、相変わらずだ。人間は獣人を格下だと信じて疑わないその態度が。
「…………本当に、吐き気がする」
「何か言ったか?」
「いや、何も。……それで、森には何の用だ?」
質問をすると、男の顔に怒りが浮かんだ。
理由は見当がつく。私が、人間を敬う気配がないからだろう。
…………本当に、面倒くさい奴らだ。
「はあ、これだから獣は駄目なのだ。従うべき相手が分かっていない。いいか、本来獣人ごときが関わることのできない〝人間様〟からわざわざ話をしに来てやっているんだ。感謝しろよ?」
「「「…………」」」
「〈オリバリス王国〉の国王様から提案だ」
そこまで言うと、男は一度息を吸った。そして
「『我がオリバリス王国の友好国として、〈カリヴィア連邦国〉と交流がしたい』とのことだ」
「「「っ!?!?」」」
次の瞬間放たれた言葉に、絶句した。
「もちろん、断らないだろうなぁ?」
ニヤニヤとした表情の男は、こちらをジロジロと見てくる。
……なるほど。魂胆が見えた。
腹の奥底から沸き上がる怒りを押し殺し、私は男へ近づいた。
「近いうちに訪ね、返事をすると〝国王様〟に伝えてくれ」
「は? どういう――――」
言葉の途中で男は崩れ落ちた。人間は脆弱だ。戦闘などしないひょろっこい貴族なら尚更。格上の相手の殺気を浴びるだけで気絶をするのだから。
「スカイっ」
「大丈夫か?」
「平気だ。馬鹿には気絶してもらった。このまま喋り続けられるとこちらの気が滅入る」
駆け寄って来たハイゾラの頭を撫で、ソウガに頷く。
すると、ソウガが冷えた目で男を見下ろした。
「これ以上森に人間がいる必要は無いだろうから、適当に森の外に送り返しておくか。スカイ、いいよな?」
「私の意見は訊くまでもないと思うが」
「よし。んじゃあいつ呼ぶか」
次の瞬間どこからともなく、一匹の狼が現れた。
「ソウガ様〜、人使い、いや狼使いが荒いっスよぉ。オレ、水浴びしてたんスけど。しかも、『人間を運べ』ってどういう事っスか!? 俺が人間嫌いなの知ってるっスよねぇ!?」
文句を言う、語尾がなんだか残念な狼は、物凄く嫌そうに顔を顰める。対するソウガはそれを笑って流した。
「悪いって。けど、任せられんのは、お前しか居ねぇんだよ」
「……仕方ないっスね」
「他のやつに任せたら細切れにされかねないからな」
「……無いとは言い切れないっスね。皆人間嫌いっスから」
『お前しか居ない』というワードに明らかに態度を良くしたちょろい狼は「行ってくるっス」と男を咥え消えた。
ズルズルと襟首を咥えられ引き摺られていく人間。恐らく涎でベトベトなんだろうなぁ。獣を嫌う貴族からすれば、最悪だろうな。




