第18話 白銀の仮面
※暴力描写があります。ご注意下さい。
澄み渡った青空を、ふたりの獣人が窓から見上げていた。
空に重なるのは、彼らの主の瞳。青空よりも深い青の瞳は心に傷を追った者達の心を掴んで離さない、強い意志の煌めきを帯びている、瞳。
『はあ〜。スカイ、今何してるんだろうなあ……』
『知らないわよ。スカイが「干渉するな」って言ったことには関わっちゃ駄目だもの。今回も言われたでしょ?』
『そーだけどさあ』
教師の声だけが響く教室の中、全く同じ角度で頬杖をついているふたりは念話で話していた。
同じ髪色にそっくりな顔立ち。頭には獣の耳が時折ピクピクと動いている。面倒臭そうな表情を隠さない少年と、無表情で感情を悟らせない少女。
授業の内容は“様々な生物の生態”であり、現在は獣人について解説している。
『あ〜あ。スカイのためじゃなかったらこんなとこ、絶対来ねぇのに』
『……そうね。すべての人間がそうじゃないって事はわかってるけど、出来ればこんな場所には来たくなかったわ』
ふん、と息を吐く少女の意識の先には不躾な視線を向けてくる一団が。
『これだから嫌いなのよ。高慢ちきで頭でっかちな貴族って』
『ホントになぁ。スカイ、早く帰ってきてくれねぇかな』
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ある貴族の邸宅で、それは起こっていた。
「た、頼む! 殺さないでくれ! 何でもやろう! 私にできることならば何でもやるから、どうか命だけは――」
「…………」
でっぷりと腹回りに肉のついた男が、豪奢なカーペットの上にへたり込んでいた。
その前に佇むのは一人の女。白銀の獣耳と尾を生やし、同色の髪は頭の高い位置で一つに結われている。
彼女の顔の上半分は銀の仮面に覆われ、見えるのは口のみ。しかし、仮面の隙間から注がれる冷たい眼光は、肝の小さい男が竦み上がるには十分な威力を伴っていた。
闇のような漆黒の長剣を握り、無慈悲に突きつける様は、色素の薄さも相まって死の権化のようにも見える。
「私が聞きたいのは貴様が捕まえた獣人の居場所だ。命乞いをするよりも前に、言うべきことがあるだろう」
「っ!」
さらに首筋に刃先が近づけられ、男は声にならない悲鳴をあげた。
「っあの獣共は南の倉庫の中だっ! …………ああくそっ! なぜワタシがこんな目に遭わねばならんのだ。しかも、よりにもよってこんな獣の女なぞに……」
ぶつくさと顔を赤くし、不満を吐き出す男。しかし、それは目の前から女が音もなく一瞬で消えたことにより、止まった。
間抜けに口を半開きにしたまま、キョロと目玉を動かした途端、ひたりと男の首筋に冷たいものが押し当てられた。
いつの間にか男の背後に回っていた女が、耳元で囁く。
「口の聞き方に気をつけろ。貴様の命など、一瞬で刈り取ることができるということを忘れるな」
「!!!」
ヒュッと、男の喉が鳴る。少しでも動けば、首元に当てられた刃が皮を切るだろう。
「さて。私の用はもう済んだ。問題は貴様の命をどうするかだが……」
「!! こ、殺さないでくれ!!」
「貴様が無駄口を叩かなければ生かしておいても良かったのだがな」
男の文字通り必死の命乞いも虚しく、つぷりと刃が肌に食い込んだ。
「――我らを“獣”と呼ぶな、愚か者」
刃に付いた血を振って落とし、獣人の女は靴音を響かせながら部屋を後にした。
残されたのは、床に積み重なるようにして倒れた人間だったモノとおびただしい量の血溜まりに転がる、恐怖に見開かれた目をした首だった。
カシャン。鉄と鉄がぶつかり合って、硬質な音を立てる。
薄暗い檻の中、いくつもの影が震えながらうずくまっていた。首にはめられた首輪には中途半端な長さの鎖がぷらりと揺れている。
どの影にも頭上に獣耳を持っている。ぺたりと伏せられた耳が微かな足音を拾った。足音は徐々に近付いてくる。
ガシャン。ギィィィ――
重い扉が開かれた。入口には影が1つ。しかし、逆光のせいで顔は判らない。
「だ、れ…………?」
掠れ、震える声に応えるように、ポウッと明かりが灯った。明るく輝いているのではなく、少し暗い、けれど優しさを感じさせる光。それは影の顔を暴いた。
上半分を銀の仮面に覆われた、狼耳を持つ獣人。彼女がおもむろに仮面を外した瞬間、その場の全ての者は呼吸を忘れ彼女の美貌に見入った。
優しい光に照らされ、白銀の髪は煌めいている。
「我が名はスカイ・カリヴィア。……獣人を、解放しに来た」
白銀の女神は、苦しそうに目を伏せ、口の中で呟いた。誰にも聞こえぬ大きさで。
「……すまない」




