第16話 水の精霊王・瑠璃
「はぁ」
屋根の上でため息を吐く。
上は雲一つない晴れ空。下には
「お〜い、ステライド〜! 手合わせしてくれ〜!」
脳筋馬鹿が一人。
隣では
「「アッハハハハ!!!」」
爆笑する獣人がふたり。
………………キレていいか? いいよな??
「せっかく人目を避けてきたが、これじゃ休めやしない」
「いいじゃねぇか、人気者の証だろ……ぶふっ」
「……………」
スパンッと良い音が晴れ空に響いた。
「散歩に行ってくる」
脳筋馬鹿のいない側へ飛び降り、後にはその場で後頭部を抱えてのたうち回る狼の獣人と、それを見て冷や汗を垂らしている狼の獣人が残された。
「いってえええぇぇぇぇええええ!!!」
「い、いってらっしゃ~い……」
裏庭まで移動して、ベンチに腰掛ける。
入学して一週間経ったが、もう既に嫌がらせの類は二桁以上受けた。
獣人の私が気に入らないのか、それとも他の理由があるのか。どちらにしろ、どうでもいいが。
物思いにふけっていると、草を踏んで近づいてくる足音を捉えた。
「あ、お待たせ、ステライドさん」
少々浮かない顔のエルウィンがベンチヘストンと座った。
「どうかしたか?」
「え? あ、いや、何でもないよ……」
歯切れの悪い物言いに、理由が思い当たった。
「今日の嫌がらせを見たのか?」
「! 何でわかったの……?」
申し訳無さそうに眉を下げる少年にため息を吐く。
「何故お前がそんな顔をする。嫌がらせの原因はお前ではないのだから、申し訳なく思う必要はないだろう」
「でも……今日は植木鉢が降ってきてたし……」
「避けたから問題ない」
「昨日はバケツの水を掛けられてて……」
「結界で防いだ」
「それに教科書がボロボロになってて……」
「あれは偽物だ。本物は俺が持っている。俺への嫌がらせに心を割く暇があるなら、一日でも早く精霊魔法を覚えろ」
ピシャリと正論で返してやれば、黙り込んだ。
一週間、昼休みにみっちり教えているおかげで、ある程度の基礎的な魔力の制御ができるようになっていた。それができなければ、どの種類の魔法だろうが、使うことは出来ない。
今日からは本格的に精霊魔法の実践をしていく予定だ。
「ほら、時間がもったいない。始めるぞ」
「! はいっ!」
最初に発動するコツを言い、目の前で実践して見せる。それを見て、エルウィンがやっていく流れだ。
エルウィンは基本4属性である〈火〉〈水〉〈風〉〈地〉全てに適性がある。これは滅多に無いことで、普通は適性があっても一つか二つだけだ。
「まずは最も簡単な水からだ。本来は精霊の姿を思い浮かべてやるのがいいんだが……エルウィンは水の精霊を見たことがあるか?」
「ううん、ない」
「だろうな……仕方ない、喚ぶから、しっかり姿を覚えろ」
一度目を閉じ、瑞でできた透き通った身体をした魚を思い浮かべる。
《水の精霊よ、我が声に応えて姿を現せ》
詠唱をし、淡い光とともにでてきたのは
「何してるのぉ?」
「……? 女の人……?」
「! 瑠璃!? 何故出てきたんだ!?」
全体的に水色の色素の容姿を持つ、美女は宙にふわふわと浮いたまま、私の顔を覗き込んできた。
低位の精霊を喚んだはず。手順に間違いはなかった。
理由を訊くべく、エルウィンに聞かれないよう念話と思考加速を使う。
『瑠璃。私の勘違いでなければ、私は今、低位精霊を喚んだ。だが何故、水の精霊の頂点であるお前が出てきたんだ? 一体何をした』
『あら、スカイ。露出の少ない軍服も似合っているわねぇ。でも、もう少し髪を整えたほうが良くってよ?』
『話を聞けっ!』
『聞いてるわよぉ。なぜわたくしが此処に居るかについてでしょう? 理由はとっても簡単よ。面白そうなことをしていたから、私も混ぜてほしくって、召喚に無理矢理割り込んだの!』
こいつ、とってもいい笑顔で何言いやがる。
一瞬で眉間に寄った皺を瑠璃が『皺があると若いうちから老け顔になるわよぉ』とぐりぐり伸ばしてくる。皺の原因はお前なんだが? そして余計な世話だ。
精霊とは、自然の中にある存在であり、基本4属性である〈火〉〈水〉〈風〉〈地〉に、希少属性である〈光〉〈闇〉を含めた6属性がいる。
また、それぞれの属性の精霊には階級があり、最も多いのが低位精霊。その次に中位精霊が多く、高位精霊は低位精霊の四分の一ほどしかいない。
1つの属性ごとに1体、精霊のまとめ役である〈精霊王〉が存在する。つまりは世界で精霊王は計6体いる。
そしてその各属性の精霊王を統べるのが〈精霊竜〉である。
水の精霊を例と挙げ、危険度と姿の説明をすると、低位精霊は成人男性が一人すっぽり包める大きさの水球が出すことが出来る。魚などの水に住む生物の姿をとり、ひとの言葉を喋ることは出来ない。
中位精霊は中規模の村を容易に押し流すことが出来る。幼い子供の姿をとり、片言で意思疎通が出来るようになる。
高位精霊は都市が1つ呑まれる。大人や老人の姿のほか、巨大な魚の姿であることもある。流暢に喋ることが可能。
精霊王に至っては、彼女を怒らせた為に小国が1つ、消えたという歴史がある。姿は目の前にいるので省略。
精霊は属性によっておおよそ性質が決まっており、〈火〉は熱血、〈水〉はおおらか、〈風〉は気分屋、〈地〉は争いごとを嫌い、〈光〉は元気、〈闇〉は警戒心が強い。たまに例外も居るが。
そんな精霊たちに共通して言えることは、『娯楽に飢えている』ということだ。人間はもちろん、森人族ですら比較にならないほど途方もない時間を生きてきた精霊ほど娯楽に飢え、面白そうなことがあるとすぐさま飛びつく。
世界の始まりから生きている精霊王はその最たる例であり、私を〝面白そうな暇潰し道具〟と認定し、加護を与えてくれている。
加護には感謝しているが、彼ら彼女らにとって〝面白そうな事〟があるたびに召喚に割り込んで来られては困る。一度全員揃ってオハナシをしたほうがいいかもしれないな……
苦虫を噛み潰したような表情の私をつつくのは飽きたのか、急に興味の対象が背後で固まっているエルウィンに移った。
『あら、そこの坊や……森人族じゃない。かなり複雑な血ね。高位森人族の母親に人間の父親……あまり見ない混血の子だわ』
『……やはり、高位森人族の混血か。瑠璃、間違いないのか?』
『ええ。こんな澄んだ森の中の如き魔力、他に説明のしようがないもの。……それにわたくし、この坊やの母親に心当たりがあるのよねぇ』
『……それについては、召喚に割り込んできたことも含め、後で詳しく聞こう』
『……あらら? 何故かしら。今、特大の悪寒がわたくしの背を駆けていったのだけれど』
『気の所為だ』
手早く、今やろうとしている事を瑠璃に説明する。
『なるほど、わたくしは坊やが精霊魔法が使えるように補助すればいいのね?』
『理解が早くて助かる。あと、私のことは学園ではステライドと呼べ』
『わかったわ』
思考加速をとき、瑠璃をエルウィンに紹介する。しかし、ここで馬鹿正直に『精霊王だ』などと言えばどこからか漏れ、騒ぎになることが見えている。よってエルウィンには高位精霊と言うことにした。
「エルウィン、水の高位精霊である瑠璃だ」
「瑠璃よ。よろしくね、坊や」
「……お初にお目にかかります、瑠璃様。私はオリバリス王国第3王子、エルウィン・ナーヴ・オリバリスと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
一瞬驚きの表情を見せたが、流石王族である。ペコリと礼儀正しく礼をするエルウィンに瑠璃が嬉しそうに頬を緩めた。
「礼儀のいい子って、わたくし大好きなの。貴方は清らかな魔力の持ち主でもあるし、これをあげるわ」
「え?」
彼女はちょんとエルウィンの額に触れた。やられた当人は何をされたかわかっていない様子で目を瞬かせているが、私は瑠璃が何をしたか見当がつき、思わず額を押さえた。
「えっと、瑠璃様、何を……?」
「貴方にわたくしの加護を授けたの」
「え……? カゴ……加護……? あの、加護?」
なぜこうも私の周囲には面倒事をやらかす者が多いのだ?
精霊の加護は強さに段階があれど、総じて授けられるものは少ない。精霊が好む清らかな心と魔力、そして精霊が興味を持つようなものを持っていることが条件だからだ。かく言う私も6属性すべての加護を持っている。
加護を授けられた者は〈幸運者〉などと呼ばれ、各国で崇められているとか。その殆どが中位精霊からであるのに対して、精霊王が加護を授けたとなればそれこそ国際問題に発展しかねない。
『っ何してくれたんだ! これで面倒事が起きたらどうするつもりだ!?』
『起きないわよぉ。きちんと隠蔽付きの加護だもの。それに混血森人族は精霊王の加護は有ったほうが精霊魔法が使いやすいでしょう?』
『……たしかにそうだが』
6体いる精霊王の中で瑠璃が一番頭が回る。当然かのように言う彼女の言葉は正論であり、頷くほかない。
『はぁ……加護はありがたいが、これ以上は面倒事になる可能性があるから勘弁してくれ』
『わかっているわ。わたくしもスカイを困らせるのは本望ではないもの』
『……予想外の事態に慌てふためく私を見て笑っていたのはいつだったか』
『あら、バレていたのね』
『バレるに決まってるだろう。あそこまで露骨に気配を垂れ流していれば、気付かないほうがおかしい』
くすくすと笑う瑠璃は上品さと幼さを兼ね備えている、人外の存在だ。私達とは感じるものや判断基準が根本的に違うのだろう。
昔に知った記憶がふと蘇った。
私が瑠璃に加護をもらって間もない頃、〈水の精霊王の怒りを買い滅亡した王国〉があることを知り、「何故滅ぼしたんだ?」と訊いたことがあった。
それに対する返答は
「お気に入りを壊されたんですもの。当然よ?」
詳しく聞くと、当時、瑠璃にはいたく可愛がっていた愛し子の人間が居たという。しかし、ある国がその愛し子の女性の力を恐れ〈魔女〉だと認定し、国民全体から迫害された。最終的に彼女は捕らえられ、魔法が使えなくなるよう魔封じを施されてから火炙りにかけられ殺されたそうだ。
そのことに怒り狂った瑠璃が感情のままに水害を起こし、国ごと押し流した、ということらしい。
その時既に人間の醜さを知っていた私は『いつの時代も醜い心のやつは居るんだな』と思ったものだ。
「わたくしの愛し子を殺すということは、わたくしに殺られる覚悟があったということでしょう?」
とは、瑠璃の言だ。
これに関しては私も同感だ。
『そろそろ、生意気な奴らに灸を据えたほうが良いかもしれないな』
『実害がないものは放って置くと言っていたのに?』
ボソリと念話で呟けば、その独り言に瑠璃が問うてきた。
それにニヤリと笑みを浮かべながら答える。
『限度がある。私は聖人君子ではないし、物を言う道具でもない。それに、下に見られているのには腹が立つ』
『あらあら。獣の王がお怒りね』
くすくす笑う彼女の視線は私ではなく少し離れた場所に向けられていた。私もそこを見ながら言葉を返した。
『煩い羽虫は早々に対処したほうが気持ちがいいだろう?』




