二人でもう一度
「ねぇ、お母さま、これなぁに?
凄い綺麗!」
娘のエミリーが刺繡の真似事をしたい、とケイトリンにせがんだので自分の昔の刺繍箱を渡したら、懐かしいものが出てきた。
それは、花嫁が被るヴェール。
ケイトリンが自分の為に用意して、結局使用できなかったもの。
今では笑い話の一つとして語れるが、当時は流石に見たくもなかったので刺繍箱に押し込んでしまいこんでいたのだ。
ケイトリンの昔の刺繍箱は、今は亡き母が本格的に刺繍を始めるときに花嫁道具の一つとして購入してくれたもの、だ。
だが、刺繍箱を見ると、あの時の事を思い出してしまうために中々開ける気になれずに、どうせならと心機一転して購入しようと思っていた。
その話を何気なく話したら、すぐにジェイムズが刺繍箱をプレゼントしてくれたのだ。
それ以降、古い刺繍箱は倉庫の中で眠ったままになっていた。
貝殻が埋め込まれた綺麗な螺鈿細工の刺繍箱は、子供心にもキラキラ輝いて映るだろう、最初に触れるにはちょうど良いのかもしれない、
そう思ってメイドに頼んで倉庫から出してきてもらったのだ。
倉庫とはいえ、きちんと管理されていたのか繊細なヴェールには穴一つなかった。
エミリーは手に取り、頭にかぶり、「花嫁さんみたい」と無邪気に喜んでいる。
ケイトリンは思わず苦笑する。
それは正真正銘、花嫁さんが被るものよ、と言うべきか、言わざるべきか。
「これ、お母さまが作ったの?」
目をキラキラさせてエミリーがケイトリンに聞く。
「そうよ、このお花はね」
刺繍の花を指さして、ケイトリンが説明しようとしたら、今ではすっかり慣れ親しんだ声が聞こえた。
「お母さまの好きな、ブルードゥのお花だよ、エミリー、分かるね?」
このヴェールを見たことがないはずなのに、ジェイムズは一目でモチーフだった花がブルードゥだと分かったらしい。
「旦那様、あらやだ、お帰りになっていらしたのですか?」
「お父様、お帰りなさい。
うん、わかるわ、お母さまの好きなお花よね?」
エミリーがニッコリ笑ってジェイムズに抱き着く。
「ただいま、ケイティ、エミリー。
これはまた、凄いのを作っていたんだね」
そう言ってエミリーを抱き上げながら彼女の手の中にあるヴェールをジェイムズは見る。
「素晴らしいね、これは」
「そんな、お恥ずかしい出来ですわ」
今思うと、気合が入りすぎている気がする。
その時の若かった自分の思いも何もかもが、気恥ずかしい。
「お母さまって魔法の手を持っているのね、私もお母さまみたいに綺麗なお花を作りたいわ」
「エミリーなら出来るよ、素晴らしいものが。
頑張ろうね」
そう言って、額に軽くキスをしてエミリーを下す。
「ねぇ、お父様見て!花嫁さんみたい?」
エミリーはヴェールを頭に被せてクルクルと回る。
ヴェールも合わせてクルクルと羽のように揺れる。
「世界一可愛らしい花嫁さんだな、エミリーは」
そう言ってジェイムズは笑う。
ケイトリンは思わず苦笑いをしてしまうが、エミリーの可愛らしさに気にする方が馬鹿らしい気分になってきた。
そうして家族で笑いあう、そんなありふれた日常の風景。
ダンバー伯爵夫妻は仲睦まじい、と社交界でも評判の夫婦になっていた。
その夜、いつものようにジェイムズが寝酒にアルコール度数の高いお酒を飲みながら今日一日あった話をケイトリンに話す。
だが、今日はちょっと様子が違った。
「旦那様、今日は何だか可笑しいですわ」
「ん?そうかい?いや、そうだな、うん」
何となく、歯切れも悪い。
そんなジェイムズの調子が不思議で、ケイトリンは小首を傾げる。
「もう、ジミーったら。どうしたのよ?」
ケイトリンはジェイムズの胸にもたれかかりながら、上目遣いでジェイムズを見る。
その視線を受けて、眉を下げたジェイムズは顔を背けて視線を彷徨わせる。
「んー、まぁ、あの。
なんというか、あの、ヴェール…」
「?ヴェール?あ、あれですか!?」
ケイトリンは気恥ずかしさが舞い戻って思わず体をジェイムズから離そうとした。
だが、離れようとしたケイトリンの身体をジェイムズは離さないとばかりに抱きしめる。
「ジ、ジミー!恥ずかしいわ、ちょっと旦那様!」
思わず身動ぎをしようとしても、強い力でそれすら出来ない。
「すごい、出来だった。
あれ、結婚式で被るためにケイティが頑張って作ったんだろ?
我が家の紋章まできちんと入ってあった。
あれを仕上げるために、どれくらいの時間が掛かったのだろうか、
何を思って刺していたのか、
そんなに楽しみにしていたのだろうか、と思ったら、ちょっと…ね」
情けないのか、顔を見せたくないのかジェイムズはケイトリンの首筋に顔を埋めながら話す。
「…もしかしてジミー、妬いているの?」
ジェイムズは何も言わない。
無言は肯定と一緒だ。
ケイトリンは思わず声を出して笑いだしそうになった。
「やだわ、ジミー。
あの当時の私は結婚に夢を見、憧れる少女でしたのよ?
年はいってましたけど、それはまぁ、ね」
「…あれ、どこにある…?」
ジェイムズは顔をあげないまま呟く。
「あれ?
ヴェールの事ですか?
それなら、私の机の刺繍箱の上に置いてあると思います。
エミリーに作り直してあげようかと思って。
でも旦那様が嫌がるのであれば」
そこまでケイトリンが話していると、ジェイムズが立ち上がり、ケイトリンの部屋に向かう。
「…?ジミー?」
「ごめん、ケイティ、君の部屋から取ってくる」
ケイトリンはジェイムズが何をしたいのかが分からずに、困惑したまま自室に入っていったジェイムズを見送る。
すぐにジェイムズはヴェールをもって部屋に戻ってきた。
そのまま真直ぐにケイトリンのもとにくると、ふわりと優しくケイトリンの頭にヴェールを被せた。
そのままジェイムズは、ソファに座るケイトリンの足元に跪くと、手を真直ぐに差し伸ばす。
「シャンズ子爵家令嬢、ケイトリン・アイビー・マクファーレン嬢。
改め、ケイトリン・アイビー・ディボルト嬢。
私、ジェイムズ・オリバー・ディボルトは、一生貴女を愛すると、貴女に誓います。
貴女のような素晴らしい女性と、共に歩む栄光を私に下さり、感謝します。
…。
ケイティ、本当にあの時、僕の手を迷わずに取ってくれてありがとう。
こんなにも幸せになれるとは、正直あの頃の僕は思ってもいなかった」
ケイトリンの瞳から、知らず涙が零れた。
ジェイムズは無言でそれを拭う。
ケイトリンはゆっくりと自分の手をジェイムズの手の上に重ねる。
「私、ケイトリン・アイビー・マクファーレン改め、ケイトリン・アイビー・ディボルトは生涯ジェイムズ・オリバー・ディボルトと共に歩むことを誓います。
ジミー、私のほうこそ。
私のほうこそ、こんなに私の事を愛してくれてありがとう。
フフ、嬉しくても涙が出るのね」
泣き笑いのケイトリンに、ジェイムズの顔が近づく。
慣れ親しんだ、いつものキス。
「僕は一生君のもので、君は一生僕のものだ」
優しく耳に落ちるのは、ジェイムズの愛の言葉。
あの時思い描いていた幸せとは違う、別の幸せ。
それは、二人が少しずつ歩み寄って作っていった幸せの形。
これからまた、違う形になるかもしれない。だけど、二人でならどんな形でも幸せになれる。
ケイトリンは微笑む。
「これからも沢山幸せになりましょう、大丈夫、私達なら出来るわ」
それは、確信に近い未来。
ケイトリンはこれ以上ないほど、それを知っているから。
終わり
これで終わりです。お読みいただき、ありがとうございました。