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捨てられた2人の結婚  作者: たま
3/4

思い描いた幸せとは別の幸せ

静かにケイトリンの言葉を聞いていたジェイムズは、眉尻を下げて悲しそうな顔をした。


「本当に、弟が…そして私の婚約者がすまない事をして申し訳なかった。

…そして、無理に言わなくてもいい。

君の思いは、至極真っ当なもので、だから、その悲しみは当たり前だ。

君は恨んでも良いのだ。

婚約者の手綱を握れなかった不甲斐ない私にも。

…それら全てを知っていながら、それでもそんな男に嫁いでくれと請うような恥知らずな男が君の隣に立つことも」


更に低く頭を下げるジェイムズに対してケイトリンは慌てて言葉をかけた。


「ジェイムズ卿が悪いわけではありません。

それをおっしゃるのであれば、私も同罪です。

私に魅力がなかったのがいけなかったのです」


その発言にジェイムズは下げていた頭を上げて、ケイトリンの顔を見た。


「イヤ、何を言ってるんだ、

君は十分魅力的な女性だ。

弟は、見る目が無いんだ」


「そんな事はございません、ジェイムズ卿も、とても素敵な殿方です」


「イヤ、そんな事は」


「いえいえ、そんな事は」


そんな押し問答が永遠に続きそうになるのを一つの咳払いで、お互いに我にかえる。


「そろそろ、よろしいでしょうか?

お互いに憎からず思い合っている様で、何よりです。

シャンズ子爵令嬢、もう時間がありません。

急いで用意致しますので、こちらに」


側にずっと控えていたモノクルの眼鏡をかけたダンバー伯爵家の執事のバートンが声をかけた。


「あ…すまない、バートン」


我にかえったジェイムズが慌てた顔をする。

その慌てた顔を見て、ケイトリンは苦笑した。

そして改めて窓の外を見た。日が先ほどよりも高くなり、部屋に入る陽の光が伸びている。

時間は刻々と過ぎていくのを残酷にも示している。

ケイトリンは小さく息を吐く。


「捨てられたもの同士、仲良くやりましょう」


ゆっくりと、一言一言を噛み締めるように、ケイトリンは告げた。

それはプロポーズの返事としては不適切で、淑女としても失格だった。

ケイトリンの母親が悲鳴のような声を一声あげると、わっと泣き崩れた。

母親のその醜態に少し申し訳ないような思いがしたが、ケイトリンが前に進むためには必要な言葉だった。

自分で自分自身を傷つける言葉だとしても、だ。

事実を事実として飲み込み、現実に対応するためにも。


ジェイムズは虚を突かれたかのように目を見開き、ケイトリンの顔を見た。

すっかり覚悟が決まった顔をしたケイトリンに、ジェイムズは年上として憐れに思う。

だが、そんな憐憫は今はいらない、それよりもこの状況を打破するためには行動に移さないといけない。

だけど、と、ジェイムズは思う。

ケイトリンだって、まだうら若き少女なのだ。

そしてどんな謝罪の言葉をかけた所で、この状況が変わる事は無い現実がある。

せめて出奔するのが式当日でなかったら、そんなやるせない思いが沸き上がる。


ジェイムズはぎこちなく微笑むと、ケイトリンの前に跪いた。


「シャンズ子爵家令嬢、ケイトリン・アイビー・マクファーレン嬢。

私、ジェイムズ・オリバー・ディボルトと結婚してくださいませんか?

貴女が望むような幸せとは程遠いかもしれないが、私に貴女の望む幸せを少しでも叶えるお手伝いをさせてください。

花嫁に逃げられた花婿である情けない私の手を、取っていただけませんか?」


いきなり跪かれて、一瞬うろたえたがケイトリンはしっかりと彼の意を汲んだ。

捨てられたもの同士というケイトリンの言葉を、花嫁に逃げられた花婿と自分だけ卑下の対象にしたジェイムズの言葉選び。

言葉選びや状況はどうであれ、それは正式なプロポーズの作法だった。


「えぇ、二人で共に歩きましょう、ジェイムズ卿。

私達なら、出来るわ」


真直ぐに差し出された手の上に、ケイトリンは静かに手を置く。

二人の視線は絡み合ったまま。

ケイトリンの手を包むように握ると、彼は立ち上がった。


「ありがとう、ケイトリン嬢」


ジェイムズの、少し掠れたような声が耳元で聞こえた。

時間が止まったかのような二人のやり取りも、時間にすればほんの10分も過ぎていない。


また一つ、小さな咳払い。


「悪かったよ、バートン。

私の花嫁を、君に預けるよ」


私の花嫁。

ジェイムズの言葉をケイトリンは静かに受け止めた。

もしこの言葉をウォレンが言っていたのなら、と心の片隅にちらりと思う自分自身に嫌気を感じながら、執事のバートンのもとにケイトリンは一歩踏み出す。

ジェイムズが使うシダーウッドの香りは、サイプレスの香りを好んで纏うウォレンとは違う。

これから何度もウォレンとジェイムズの相違点に気が付くのだろうか。

ケイトリンは何も考えないようにして、真直ぐにバートンを見た。


花嫁控室に入れば、アンバーの為に作られたドレスが飾ってあった。

ミドルトン侯爵家の底力を感じさせる煌びやかなドレスだ。

アンバーの可憐な可愛らしさを引き立てるようなドレス。

アンバーの為にあつらえたドレス。

それを見た瞬間に、覚悟を決めたはずの気持ちが萎える。


「…ご立派です、若奥様。

不肖ながらこのバートン、若奥様のご覚悟を誠心誠意お支え致します」


「!?」


萎えかけた気持ちに活を入れるようにバートンは、ケイトリンにだけ聞こえるような小さな声で告げると、今度は大きな声で「それでは、わたくしめはここで失礼させて頂きます。若奥様、後程。 皆、若奥様の準備を」とお針子や侍女に告げると部屋を去っていった。


準備に入ったら、ケイトリンの思いなど関係ない、右へ左へ体の向きをかえられて、ドレスは華奢なアンバー用だったので、ケイトリンに合わせるために急遽あて布をどうドレスに仕立てるかであれやこれやとバタバタしていた。


「若奥様のお顔に映えるのはこちらの色味で」

「若奥様の髪でしたら、こちらの髪型のほうが」


頭上で飛び交う会話に、一人ケイトリンだけが取り残される。

当然だ、求婚を受け入れたのだって、つい先刻の出来事なのだ。

呼び名である「若奥様」にケイトリンだけが追い付かない。

急ごしらえの花嫁。

本来は侯爵家の令嬢が身に着けるもののはずだったウエディングドレスや宝石類。

当然子爵家の令嬢が着れるようなものではなく、目を引かれてため息をこぼすほどに豪奢なものばかりだ。

違う場面であったのなら、どんなに心躍る場面だったか。

香り豊かな香水に、肌にのせる練粉ですら別物のようによく伸びる。

見事な腕さばきでケイトリンの顔が花嫁の顔に出来上がっていく。

胸元を飾るネックレスと揃いのイヤリングの豪華さに目が眩みそうだ。

ケイトリンは呪文のように自分に言い聞かす。

考えるな、何も考えるな、と。

父に言われた相手と結婚する。

普通の事だ。

父に言われた人と結婚する。

同じだ、全て同じだ、と。

なのに、鏡に映る自分が、数カ月前の自分と被る。

あの時合わせていた衣装は、自分が着る予定だったウエディングドレス。

あれも、あと少しで出来上がる予定だった。

燦然と輝く様に見える今の自分の姿と、前回のドレスとでの差は歴然。

この先の人生でこれほど豪奢なドレスを着ることなどないだろうと思うほどに見事だ。

このドレスに比べると、自分が用意していたドレスは見劣りする。

だが、あれは自分の、自分だけのドレス。

唇を噛み締めたくとも、既に紅は引かれ、噛み締める事すら出来ない。

胸を突き刺すような痛みも、今この場で訴えたところでどうにもならない。


そこでふと気が付く。

花嫁のヴェールだ。

自分がずっと刺していた、あと少しで終わる予定だったヴェール。

あれが日の目を浴びることがないのだ。

やるせなさが胸を突く。


ケイトリンはギュッと目をつむる。

目頭が熱くなったが、泣いたら止まりそうにないことも自覚していた。

何も考えるな。

もう一度だけ、自分に喝を入れた。

それは、うまくいったようだった。

意識して口元を上げると、鏡には淑女のお手本のような笑みを浮かべたケイトリンの顔が映っていた。


式が始まり、考えていた二人が出てこないことに戸惑うような人間は一人もいなかった。

事前にある程度の説明があったのだろうか、皆、花嫁が違うことにも沈黙を貫いた。

花婿の弟と本来の花嫁がいない事に対しても、そんな下世話な事には興味もございません、という仮面を被り、皆、若い二人の幸せを願い、前途を祝福する。

余りにも淡々と全てが進むので、最初からこの結婚式はジェイムズとケイトリンの為のものだったのかと思うほどだった。

大人達の処世術を、嫌というほど肌身で感じた。


そうして恙なく結婚式は幕を閉じたのだった。


結局花嫁花婿が変わろうが、ダンバー伯爵家と、シャンズ子爵家とミドルトン侯爵家の繋がりが出来るのであるのだから。

そして何よりもミドルトン侯爵家の寄子であるシャンズ子爵家が、異義を唱えられるはずなどなかったのだから。


初夜の晩、ジェイムズは再度頭を下げた。


「ケイトリン、今回は巻き込んでしまって本当にすまないと思っている。

正直、お詫びのしようもないほどだ、だが、可能であれば、僕は君と、ケイトリンと、二人でこれからの未来を作っていきたいと思っている」


誠実に頭を下げるジェイムズに、ケイトリンは微笑む。


「急ごしらえの花嫁ですが、こちらこそ、よろしくお願いします」


真剣な瞳をしたジェイムズの顔が近づいた時、ケイトリンはそっと瞳を閉じ大人しくジェイムズに身を任せた。

唇が重なったとき、ケイトリンの瞳から、ポロリとこぼれた涙をジェイムズはそっと拭う。

ジェイムズは、もう「すまない」とは言わなかった。





アンバーとウォレン、二人の逃避行は困窮したアンバーが親に泣きついたことで終わりを迎えた。

娘に甘いミドルトン侯爵でも、今回の件は許さなかった。

まず第一に、アンバーの持参金として持ち込まれていた物は全てケイトリンが慰謝料として受けとることになった。

それにはミドルトン侯爵家が受け取る予定の鉄道の売り上げの一部も含まれている。

侯爵家の令嬢の持参金だけあって、その金額はかなり多い。

しかもそれは継続して毎年入ってくるのだ。

もしケイトリンがジェイムズと上手くいかなくても、ケイトリンの人生でお金の心配などする必要もないほどの額だ。

本来、侯爵家の令嬢として何不自由のない生活をしていた娘を思っての心遣いだったのだから。

苦渋の結果として二人の結婚は認めたものの、侯爵家の領地の一つに押し込め社交界には出入り禁止、友人とのやり取りも監視下の下という処分に落ち着いた。


アンバーは、ウォレンは優秀なのだから、アンバーがウォレンと結婚すればジェイムズを押しのけウォレンが跡目を継げるだろうと思っていたそうだ。

もしかしたら、そうなってもおかしくなかったのかもしれない。

順番や手順をきちんと踏んでいけば、もしかしたら。

でも、ケイトリンも心の中で気が付いている。

それは、絶対なかった未来だと。

ウォレンの発想は奇抜で、だけど、それを具体化していく方法を知らなかった。

いや、探ろうとしなかった。

いつだって、その発想を具体化して現実のものとして実現していったのはジェイムズを筆頭に地道に一から組み立てていった配下の者たちだった。

陽のあたる道のみを歩いているように見えたウォレンの姿に、年若いアンバーが惹かれるのも無理はなかった。

実際にケイトリンだってそうだ。

目に見えない作業に気が付かなかった。見えなかった。

形づくる作業というのは地味なもので、その交渉事は楽しいものではない。

地味で目立たない作業をするジェイムズの男らしさというのは、ある程度年齢を重ねないと見えないものなのだろう。

ケイトリンだって、ジェイムズという人物が噂話とは全然違うということを、結婚して初めて知った。


今までジェイムズを男性として意識していなかった為に、気が付かなかったのだ。

確かに、ウォレンと違って見目は劣るかもしれない。

だが、それ以上に魅力あふれる人物である、ということに気が付いた。


今、ケイトリンは髪紐を結っている。

暖かい日溜りの中で、ケイトリンの膝には猫が寝ている。

この猫は、フッティという名でジェイムズ曰くダンバー伯爵家の秘密の管理人だそうだ。

オス猫で、ずっと膝の上に座られると重いので少し辛いのだが中々憎めない顔をしているのでつい我慢してしまう。

結っている紐が耳に当たるのか、フッティが顔を振る。

ケイトリンは手を止めて、紐がフッティの顔に当たらないようにずらす。

思わず笑みがこぼれた。

あと少しで、完成だ。

結婚してから、初めて作る髪紐だ。

否が応でも力が入る、というものだ。

ジェイムズのダークブラウンの髪に合うようにベージュの革紐を使った髪紐。

本当は白や紺をメインにと候補にあげていたが、外商がもってきた色味を見て一目でこの色だと思ったのだ。ベージュというよりかは、白っぽい茶色。

外商が、白や紺をご希望だったのでは?と不思議そうな顔をしたが、実際に見てみるとジェイムズの雰囲気と合わない気がしたのだ。

出来上がりを想像し、胸がほんのりと暖かい気持ちになる。


ジェイムズに対する思いは、恋、とは言えない。

愛、とも違う。

どう形容して言えばよいのかすら分からない。

それはそのうちに愛になるのかもしれない。

それとも違うものになるのかもしれない。


ただ、一つ言えるのは、この髪紐をプレゼントしたら、ジェイムズは喜んでくれる、という確信がある事。

それが、無性に嬉しい。


思い描いた幸せとは違った、別の幸せをケイトリンは噛み締める。


パチリ、と最後の余りの紐を切る。


「若奥様、若旦那様がお戻りになりました」


タイミングよく、ドアがノックされ外から声が掛かる。

ケイトリンはジェイムズを迎えるために立ち上がる。


その顔には、知らず幸福そうな笑みが浮かんでいた。


終わり



お読みいただき、ありがとうございました。番外編がもう一話あります。

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[良い点] 面白かったです。 [気になる点] ウォレンが使うシダーウッドの香りは、サイプレスの香りを好んで纏うウォレンとは違う。 多分名前の記述間違いです。
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