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捨てられた2人の結婚  作者: たま
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結婚式当日

結婚式当日。

ミドルトン侯爵家の末娘、アンバーがいない事から騒ぎが始まった。

花嫁の朝は早い。

女性の身支度に時間が掛かるのは、当然だ。

当然客間に滞在していたケイトリンも起こされて、アンバーの行方を聞かれた。

当惑していると、今度はウォレンがいないと騒ぎが起きた。

ウォレンの部屋には、アンバーが書いた手紙が残っていた。

曰く、ウォレンが好きだから、ジェイムズと結婚できない。

ごめんなさい。


それだけで、他の詳細は一切書いてなかった。

アンバーは、確かにウォレンを慕っていた。

でも、そんな色恋なんて素振りは一切見せなかった。

なのに。


なぜ、なぜ、なぜ。


そんな疑問が一気に湧き出る。


静まり返った客室で、眉間にしわを寄せたミドルトン侯爵家の当主であるオリバーと泣きはらした目をした侯爵夫人のアシュリーがいた。


「…アンバーは、どうやら我が家の侍女に泣いて訴えたらしい。

ウォレン君は、本当に寝耳に水の出来事だったのだろうと思われる」


そこで、ちらりと私に視線がきた。


「多分、このまま一人で出奔されるのは危ないと判断して行動を共にした、のだと思うが如何せん、いまだ連絡の一つもない」


少しの沈黙。

その意をついでかダンバー伯爵が、頭を振りながら呟く。


「説得して無事に戻ってくるならよし、なのだが」


今日は、結婚式なのだ。

空はすでに明るい。


侯爵家と伯爵家の、盛大な式、になる予定だった日だ。

ダンバー伯爵領で次期領主と次期領主夫人をお披露目する華々しい日になる、はずの日。


「…私の責任です。

このような事態を招いてしまい、申し訳ない」


頭を下げたのは、花嫁に逃げられた花婿、青白い顔をしたジェイムズだった。

しんと静まりかえった部屋で、彼の声は妙に響いた。


「すまない、君のせいではない。

強いてあげれば、初めて生まれた女児ということで、甘やかしてしまった私たち両親の責任だ。

あの子は、どうやれば人を動かせるかを知っていた。

どうすればうまく懐柔出来るのかをね。

その小賢しさも、私たちは可愛く思えてしまったのだ。

だから、君のせいでもない。

きっとウォレン君も、一生懸命説得してくれている頃だろう」


ジェイムズの両親は黙って難しい顔をしている。

それはそうだろう、置いていかれた花婿も、花嫁についていった人間も、両方とも自分の家の息子なのだ。


焦れる思いで連絡を待つが、無しの礫。


無情にも、時間だけが過ぎていく。


しばらく誰も声を発しない部屋に、領主館の離れに滞在していたケイトリンの両親が到着した連絡が入った。

その報を聞いて、侯爵夫妻と伯爵夫妻は黙って立ち上がる。


「少し、君の両親とも話をしてくる。ジェイムズ、君は来なさい」


そう声を出したのは、ダンバー伯爵だったのか、ミドルトン侯爵だったのか。

ケイトリンはただ、黙って視線を落とした。


「…どうして…?」


口の中でその言葉を転がす。

心細さに、ふと隣のウォレンの袖を握りそうになる。

そして、ウォレンがここにいない事に気が付く。

ケイトリンは下唇を嚙み締めた。

いつも、不安で心細くなった時。

無意識にしていた行為だった。

このダンバー伯爵邸で、ケイトリンの隣にウォレンがいない。

その事実が、ケイトリンを打ちのめす。

座って待っている間は、まるで時間が止まっているような感覚がして、とても長く、苦しく感じられた。

だが、今のケイトリンには待つ以外の選択肢などなかった。


砂をかむような待ち時間に浮かぶのは、どうして、という疑問。

アンバーだって知っていたはずだ。

ケイトリンがどんなにウォレンを好きだったのかだって。

それとも幼いアンバーの目には、二人の間柄は政略の婚約者同士としかうつっていなかったのか。

アンバーの我儘をズルズルと許し続けたケイトリン達が悪かったのか。

婚約者の弟と、兄の婚約者という間柄にしては距離が近かった。

だけどそれを許容したのは、やっぱりまだアンバーが若かったから、まだ子供だと思っていたから。


しばらくして遠慮がちにドアが開くと、ケイトリンの両親が顔を出した。

立ち上がり、母のもとに行こうとしたケイトリンが両親の顔を見て固まる。

両親の顔は、蒼白だった。

特に母親は今にも泣きだしそうな顔をしている。


「ケイティ…」


母親は震える声でケイトリンの愛称を呼んだ。


嫌だ、聞きたくない、ケイトリンは咄嗟に思った。

何か悪いことが起ころうとしている、それだけはケイトリンにも感じられた。


「ケイトリン、よく聞くのだ。

今日、お前はジェイムズ卿の花嫁になるのだ」


父親が、悲しそうな眼をしながらケイトリンに告げた。

ゴクリ、と誰かが唾をのむ音がした。

それは、誰が発した音だったのか。

静寂が部屋に訪れていた。


「…え?…花嫁…?え、私が、花嫁に?」


「式を取りやめることも難しい、このままウォレン卿が帰ってこない可能性も考えればそれが一番最善の策だ、ということになった」


ケイトリンは、意味を正しく認識するのに時間が掛かった。

最初に思ったのは、何を言っているのだろうか?だった。

ケイトリンの父が言ったセリフは、理性では理解できていた。

だが、感情では到底理解できる話ではなかった。


「何を、おっしゃっているのですか?

ジェイムズ卿の婚約者はアンバー嬢ではありませんか!

そして今日は、ミドルトン侯爵家とダンバー伯爵家の結婚式でっ!」


抑えようとしても抑えられない感情が噴き出す。


「お父様!」


押さえられない声は悲鳴に近い。

そこに「失礼」、というかけ声と共にジェイムズが部屋に入ってきた。

両親以外の人物が入ってきたことで、ケイトリンも押し黙る。

ジェイムズの顔は青白いままで、今にも倒れそうに感じた。

長い婚約期間の間で交流のあった婚約者の兄の、初めて見る弱弱しい姿でもあった。

憔悴して、困惑して、でも瞳だけは生気を失っていない。

それは、断腸の思いで最善の策を選び取った男の顔だった。


彼が何を言おうとするかを予測してしまったケイトリンは、身を固くして息を飲んだ。

ジェイムズはそれに構わずケイトリンの真正面に立った。

距離がいつもよりも近い、そんなことを一瞬思った。

ジェイムズのシダーウッドのコロンの香りが鼻をくすぐる。


「…すまない、割り切れないかもしれない。

だけど、申し訳ないが受け入れてもらえないだろうか。

ウォレンを恋い慕う気持ちも知っている僕がこんなことを言うのだ、僕を恨んでもいい。

だが、もう、本当にどうしようも出来ないのだ。

式の時間を遅らせることも出来ない。

この後の仕事の関係でも、我々の関係を悪化させることも出来ない。

君が泥を被る必要なんてなかったのに、巻き込んでしまい申し訳ない」


そう言うなり、頭を下げたジェイムズ。

頭を下げたジェイムズに、ケイトリンの両親が逆に恐縮したように「ジェイムズ卿が悪いわけではありません」などと焦った声音で宥めようとしていた。


いつも自分の事を私というジェイムズ卿が、僕という言葉を使うのを初めて聞いたと思った。

そんなどうでも良いことに気が付くと、ケイトリンは自分で自分を笑いたくなる気分だった。

だけど、それでジェイムズもかなり動揺していることが分かる。

ケイトリンは声も出せずに、目をきつく瞑った。

ゆっくりと目を開き、ジェイムズの顔をしっかりと見た。


そう、ジェイムズはケイトリンと同じだ、と気が付いた。

同じ、置いて行かれた同士なのだ。

ケイトリンの固く強張った体から、ゆっくり力が抜けていく。


「…彼と結婚することを楽しみにしていた気持ちがなかった、とは言い切れませんが…」


そこまで言ってケイトリンは微笑んだ。

口角は微妙に上がらず、歪む。

思わず下唇を噛み締める。


そう、本当は、ケイトリンも気が付いていた。

ウォレンがいない事が分かった時に。

衝撃と共に、あぁやはり、と思ったのは事実だ。

だって、彼はいつだって、本当は自分が当主になりたがっていたのだから。

自分のほうが優秀だと、自分のほうが当主に相応しいと、本気でそう思っていた。

だから、兄の婚約者を奪うことによって、彼は自分には価値があると、そう思い込もうとしたのではないか、と。

アンバーの事だって、ケイトリンはまだ子供だから、と自分自身に言い聞かせてきた。

まだ、子供だからと目をつぶっていれば。

時期が来れば、アンバーはジェイムズと結婚するから、と。

だから、その間だけ目をつぶっていれば、全てが全て丸く収まるのではないか、と。

それから。

事実から目を背けてしまったのは、ケイトリンだけではない。

ジェイムズも一緒だ、と。

だから、もしかしたらケイトリンもジェイムズも、アンバーとウォレンの秘密の恋の共犯者なのかもしれない。



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