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捨てられた2人の結婚  作者: たま
1/4

婚姻準備

つい微睡みそうになる、暖かい陽射しが入る午後。

春が近づいていると思うと、気持ちまで弾みそうになる。

薄曇りの天候が続いていたので、未だ膝の上には毛糸の膝掛けを掛けていたが、この陽気ではいらないかもしれない。

そんな事を思いながら、ケイトリンは手元の刺繍に視線を戻す。

後、もう少しで完成する。

出来上がった事を想像するだけで、胸が高鳴る。


楽しみだわ。


声に出さず口の中で、言葉を転がすように味わう。

口角も自然に上がる。

今、刺繍しているのは自分の結婚式で使う、ヴェールの刺繍。

花嫁修行の一環として、未婚の女性は自分の結婚式で使うヴェールの刺繍を自分でする。

それが、この国の伝統だ。

昔は、そうだった。が、今は少し違う。

伝統を守って真面目に全部自分でするものから、刺繍が得意なメイドや侍女にさせるもの、親姉妹に手伝ってもらうものと様々だ。

ケイトリンは、前者だ。

全て、自分で全て作り上げる予定だ。

凝ったデザインは無理だが、ケイトリンの好きなブルードゥの花をモチーフに、そして婚家の紋章を組入れて作っていた。

半年後の結婚式に十分な余裕を持って仕上げるように、早めに取り組んでいた。

いや、ケイトリンの結婚自体はだいぶ前に決まっていたものだった。

彼らが結婚してから、ケイトリンたちが式を挙げるのが決まっていたから、だ。

彼ら、それは、ケイトリンの婚約者であるウォレンの兄、ダンバー伯爵家の嫡男であるジェイムズと、ミドルトン侯爵家の末娘、アンバーの結婚である。

ジェイムズは25歳。

婚約者のアンバーの17歳の成人をまっての結婚だった。


貴族の婚姻は義務だ。

おまけにこの婚姻は、ガチガチの政略結婚だ。

王都からダンバー伯爵家が管理するダーフィールドの港まで線路をひくことになったのだ。


機関車による輸送を実現すべく、その線路予定地の重要拠点である港を管理するダンバー伯爵家、鉱山に線路設営をした実績が既にあるケイトリンの家であるシャンズ子爵家、そして、この計画を推し進めたミドルトン侯爵家。

ミドルトン侯爵家の寄子のシャンズ子爵家。

これは、もともとシャンズ子爵家が商人上がりなことも関係している。

歴史がない家だから、と囁かれる蔑みの対象となる新興貴族だからだ。

この爵位が叙勲されたのも、ケイトリンの祖父が鉱山の鉱物を運ぶための線路設営をした実績を買われてのものであった。

この時、ミドルトン侯爵家が色々と手助けをしてくれた恩もあって寄子になった。

それもあって、ミドルトン侯爵家は港までの線路設営に乗り気だった。

そして、ダンバー伯爵家は基本的に中立主義で、派閣に関与していない。

これ幸いとばかりに、ミドルトン侯爵家の派閣に取り込む気なのだろう。


見事なまでに完全な政略結婚。

だから、気持ちが伴うような甘い恋物語とは無縁なもの。

ケイトリンだってそう思っていたし、覚悟もしていた。

だが、運命の神はケイトリンに味方をした。

父親から婚約者の名前を聞いた時には驚いた。

お茶会で話題になるほど美男子だと囁かれていたウォレンだったからだ。

初めて顔合わせをした時に、ケイトリンはウォレンに恋をした。

噂にたがわず、彼は端正な顔をした美男子だったからだ。

アッシュブラウンの髪は癖が無さそうで、肩甲骨の辺りまである長さの髪を首の後ろで一括りにしている。

切長の瞳は紺色で、薄い唇も相まって酷薄そうにも見える容姿。

おまけにウォレンは、才気煥発、色々なアイデアを思いついては実践して成功を収めている。

何でも器用にこなし、自信に溢れて堂々とした態度に、影では跡目のジェイムズよりも後継者として優れていると言われていた。

跡目のジェイムズは、皆の口から言わせると凡庸とした、良くも悪くも普通の男性。

面差しは父であるダンバー伯爵に似ている。

それに引き換え婚約者のウォレンは、社交界の華と言われたダンバー伯爵夫人にそっくりだった。

おまけに、人懐こい性格もあり社交家だ。

ダンバー伯爵家の成功に、次男のウォレンあり、と密やかにお茶会で褒められるのもケイトリンにはうれしくもあり、面はゆくもあった。

ケイトリンの父親でさえも、むしろ伯爵家嫡男と婚約するよりもよい縁組だった、と言っていたくらいだ。

そして、ケイトリン本人でさえも、伯爵家の夫人になるよりかは一代限りとはいえダンバー伯爵家の持つ爵位を一つもらって男爵夫人になるほうが気が楽だったので、安堵していた。


この華々しい縁組の難点は、ミドルトン侯爵家の末娘アンバーと嫡男ジェイムズが婚姻後に結婚すること、の注釈が付いたことだ。

この婚姻が整ったとき、ジェイムズ20歳、ウォレン17歳、ケイトリンが16歳だった。

対するアンバーは12歳。

彼女の17歳の成人をまっていたら5年後、ケイトリンは21歳になる。

この時代の貴族女性の婚姻は成人の17歳から22歳位が一般的とされている。

だが実際20歳前には皆結婚してしまうので、21歳での結婚は遅すぎる年齢でもあった。

16歳の女性に5年の婚約期間は長すぎる。

母親は当然難色を示す。

21歳の花嫁は、貴族女性の婚姻としては遅すぎる。

婚約期間も長すぎる、と。

素晴らしい縁組とはいえ、20歳までの婚姻を望み渋る母親に、たった1年と父は言いされど1年と母が言った。

父親は、母親の意見を退け、ケイトリンにたった1年だ、と待たせた。

この婚姻による旨味は大きい。

ケイトリンの父親の野心もある。

路線の開通とともに結婚生活がスタートするのも、またよし、としたのだ。


悪いこと、ばかりではなかった。

長い婚約期間はお互いを知るためにも有効だった。

ダンバー伯爵家のことを知るにも、ウォレンのことを知るにも。

当然、嫡男のジェイムズにも何度か会った。

そしてミドルトン侯爵家のアンバーにも。

アンバーは、可愛らしい、少女らしい少女だった。

侯爵家の令嬢だけあって所作は完璧だったが、我儘で高慢なところもあった。

凡庸な容姿のジェイムズの隣に立つと、アンバーの美しく可憐な容姿がさらに引き立つ。

年の差もあるのだろう、ジェイムズが苦笑しながらも世話を焼いていたり、わがままを許していたりした。

その姿は婚約者同士、というよりかは兄と我儘な年の離れた妹のようだった。


アンバーの機嫌はすぐに変わる。

それこそ変わりやすい天候のように、クルクルと。

上機嫌だったのに、すぐご機嫌斜めになったり、と。

それは婚約者への甘え、そして婚約者の身内への甘えもあるのだろう。

彼女の我儘は、ウォレンとケイトリンにも向かう。

だが、アンバーの名前通り琥珀色の大きな瞳を潤ませてお願い事をされると、なんだかんだとウォレンもケイトリンも彼女の我儘を苦笑して受け入れてしまう。

そんな庇護欲をくすぐる可愛らしさが、アンバーにはあった。


可もなく不可もない婚約期間。

婚約者としての適度な距離、適度な付き合い。


だから、長い婚約期間も悪いものではない、そう楽観的に捉えた。


ケイトリンは無意識の笑みをうかべながら、黙々と針を動かす。

薄いヴェールに刺繍をするのは思った以上に骨の折れる作業だった。

だが、元来細かい作業が得意だった事もあり、コツを掴むのも早かった。

でも、それだけが理由ではない。

これが出来上がって結婚式で被るシーンを想像する。

大好きな人の隣に立てる。

その想いが、ケイトリンの針を進める原動力になる。

それだけで細かい作業も、全く苦にならなかったのだ。


それに、この細かい作業を厭う理由もなかった。

幸せになるための準備段階。

それに男性の髪を結く革紐は、結婚後は妻が作る様になる。

あの綺麗なアッシュブラウンの髪に映える革紐の色を考えるのも、新たな楽しみでもある。


そんなことをつらつらと考えながら刺繍をするケイトリンの表情は、本人は意識していなかったが終始幸福そうに穏やかな笑みを浮かべていた。


ケイトリンは、幸せだった。


結婚式当日に、アンバーとウォレンがいなくならなければ。


3話ほどの短いお話です。

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