初めての映画館
「何……だと?」
俺はコマーシャルの最中に流れたとある映画の予告を見て、そんな声を漏らす。
最近はサブスクや録画でアニメやドラマを観ることが多く、リアルタイムでテレビ番組を視聴する機会がめっぽう減っていた。だからテレビコマーシャルという広告媒体とは縁遠いものになっていたわけだけど……久しぶりにニュースをリアタイで観て、俺は驚愕の事実に直面する。
大好きな洋画のシリーズものの、最新作が公開されているじゃないか。
このシリーズは三、四年に一作のペースで公開されており、勿論俺は一つ前の作品までは網羅している。
字幕版を観てから吹き替え版を観て、その後また字幕版を観る。その為最低でも3回は視聴している。
それだけ大好きなシリーズだというのに、まさか最新作の公開を把握していなかったなんて……。後悔してもしきれない(公開だけに)。
……これは、観に行かないという選択肢はないよな。
そうと決まれば、善は急げだ。
俺は部屋着からTシャツ&ジーンズに着替えると、財布と料金が安くなるので学生証(こういう時だけ、有効活用している)を手に持ち、映画館に向かおうとした。すると、
「わっ!」
外に出ると、丁度京が我が家を訪ねてきたところで。インターホンを押す直線の彼女と危うくぶつかりかけた。
「ったく、勢いよく扉を開けないでよ。危ないわね。……もしかして、出掛けようとしていた?」
「まぁな。映画観に行こうと思って」
「あー。そう言えば真太郎の好きな洋画の最新作が公開されてたっけ」
流石は幼馴染兼彼女。俺のことを、よく理解している。
しかし俺のことを最も把握している京は、余計なことにまで気が付いてしまうわけで。
「あれ? あなた、締め切りが近いって言っていなかったかしら?」
「……」
締め切りの存在を忘れていたわけじゃない。忘れようと努力はしたけれど。
「……締め切りに関しては、問題ない。映画を二時間観るならば、睡眠時間を二時間削れば良いだけの話だ」
「目の下、クマが出来てるわよ? ただでさえ寝ていないんじゃないの?」
確かにここ数日の平均睡眠時間は三時間だけど、どうせ少ないのだ。もうちょっと減らしたところで、極度の睡眠不足であることに変わりないだろう。
自宅の鍵を閉める前に、俺は彼女に尋ねる。
「映画が終わったら速攻で帰ってくるつもりだが、どうする? ウチで待ってるか?」
「冗談。何が悲しくて、あなたの汚部屋で一人待ちぼうけをくらわなきゃならないのよ」
「じゃあ、帰る?」
「いいえ。私が選ぶのは、第三の選択肢よ」
第三の選択肢。それは……俺と一緒に映画を観に行くことだった。
「お前、この手の映画に興味ないだろ? 金と時間を無駄にするだけだと思うぞ」
「そうね。私は映画の内容自体には、微塵も興味がないわ。だから、ただ映画が観たくて映画観に行くんじゃない。あなたと一緒に映画が観たくて、映画館に行くの」
二人隣同士に座って、一つのポップコーンを食べ合って。クライマックスのキスシーンでは、ドキドキしながら互いの手に触れる。
明言している通り、京は映画の内容なんてどうでも良いのだ。恋人らしい二時間を、堪能したいだけなのだ。
「……どうせなら、飲み物もシェアするか?」
「それは嫌。だってあなた、ブラックコーヒー頼むでしょ? 私、コーヒー嫌いだもの」
「さいですか」
恋人と観た初めての映画は、大好きな洋画です。この先俺たちの関係がどうなろうとも、今日の出来事は、記憶に残るものとなるだろう。
因みに全くの余談になるのだが。
ネタバレをすると、最新作に主人公とヒロインのキスシーンはなかった。それどころか、ヒロインが命を落としてしまった。
おおよそイチャイチャ出来るような内容ではなく、観た後京にめっちゃ文句を言われた。……理不尽だ。