初めての漫画
週末。
と言っても、ろくに大学に行っていない系の漫画家である俺からしたら曜日感覚なんてないので、単に思い立った吉日。俺は散らかっている部屋の掃除をすることにした。
京と付き合い始めてからは、彼女が定期的に俺の部屋の掃除をしてくれていたからな。考えてみたら、部屋の中に洋服やら書損の原稿が散乱している光景も、実に久しぶりだ。
汚部屋と化した原因は、考えるまでもない。
この一週間、京がサイン会で地方に行っていて、俺の家に来られなかったからだ。
散らかす者はいるが、片付ける者はいない。そりゃあ汚くなるのも当たり前である。
「……いや。そもそも物を片付けないあなたの性格が一番の問題でしょうに」
……おい、作家。人の心理的描写にまで、器用にツッコむんじゃない。しかも正論で。
旗色の悪くなった俺は、ジト目を向けて反論するのだった。
「汚部屋で抱かれるなんて嫌だから」。そんな理由を口にしながら、京は俺の部屋の片付けを手伝う。
洋服を畳み、タンスにしまっていた彼女だったが、ふと「ん?」と訝しむような声を上げた。
「壁とタンスの隙間に、何か落ちているわね」
京はその細い腕を壁とタンスの隙間に入れて、「何か」を手に取る。
それは一冊の大学ノートだった。
「これは、何かしら?」
俺はその大学ノートに、見覚えがあった。
俺の記憶が正しければ、それを使ったのは最近じゃない。もう10年も前の話だ。
大学ノートなのに、小学生の時の話だ。
「懐かしいものが出てきたな。一人暮らしする時にこっちに持ってきた覚えはあったけど、まさかそんなところに落ちていたなんてな」
俺は京から大学ノートを受け取ると、1ページ目を開いた。
大学ノートには、習ったばかりの漢字も小難しい計算式も書かれていない。
そこには、シャーペンで漫画が描かれていた。
今と比べて、格段に画力は劣る。ストーリーもどこかで見たことあるようなもので、しかも支離滅裂だ。
おおよそプロが描いたとは思えない作品だが、大目に見て欲しい。だって……これは俺が小学生の頃に、初めて描いた漫画なのだから。
「まさしく子供が描いた作品ね。漢字は間違っているし、親指と中指の長さが同じだし」
「コマ割りなんかも下手だよな。ぶっちゃけ黒歴史と言っても過言じゃないような作品だ。でも……今の俺の、原点でもある」
この作品を描くのが面白くて、俺は漫画家になろうと思ったのだから。
今すぐ燃やしてこの世から消し去りたいというのに、それと同じくらいずっと取っておきたいと思ってしまう。この作品は、そんな矛盾を孕んでいた。
「私も自分が初めて書いた小説を残っているからね。あなたの気持ちは、わからないでもないわ」
「マジか。今度読ませてくれよ」
「絶対に嫌。……それより一つ、物申したいことがあるんだけど、良いかしら?」
「何だ?」
「ヒロインについてなんだけどね、一体誰をモデルにしたのかなーって。もしかして……初恋の女の子?」
確かに初恋の女の子をヒロインのモデルにする漫画家や小説家も多い。当時の俺も、好きな人とまではいかなくとも一番仲の良かった女の子をモデルにしたわけで。
「あなたの初恋って、髪の短い女の子だったのね」
肩まで伸ばした黒髪を指でくるくる巻きながら、どこか拗ねたように京は言う。
「彼女の私とは、似ても似つかない女の子よね」
「……そうだな」
今のお前とは、な。
忘れているようだけど、お前って小学生の頃髪短かっただろ。
もし当時のお前も今みたいに髪を長く伸ばしていたら、この作品のヒロインも長髪になっていた。
まぁ、口が裂けてもそんなこと言うつもりはないんだけどね。