初めてのイチャイチャ
前回のあらすじ。
俺に彼女が出来た。
……いや、流石にこれは省略しすぎだな。単行本の裏にだって、もう少し詳細にあらすじが綴られている。
人生初の彼女が出来たことで、開幕早々ハッピーエンドを迎えたかのように思われた俺と京の物語だが、実態はそんなに甘々なものじゃないのだ。
俺と京は確かに付き合っている。でもその理由は互いのことを愛しているからではなく、各々の創る作品をより良くする為。
京は俺をラブコメ主人公としか見ていないし、俺は彼女をおっぱいとしか見ていない。……言葉にしてみると最低だな、俺。
そして半ば成り行きで彼氏彼女関係に至ったわけだからーー二人の間にカップルになりたての甘酸っぱさはなく。現在俺たちは、正座をしながら向かい合っていた。
向かい合っていると言っても、それは体だけの話だ。恥ずかしくて、目を合わせられていない。
沈黙に耐え切れず、「あのさ」と何か会話を切り出そうとすると、同時に京も「ねぇ」と話しかけてくる。
そして再び気まずくなり、訪れる静寂。恋人同士になったからって、こういう時だけ息ぴったりにならなくて良いのに。
気まずいからと言って、ここで京に話しかけては先程の二の舞だ。だから何時間沈黙が続こうと、絶対に俺からは話しかけないぞ。
結論から言って、その判断は正しかった。
1分と経過しないうちに、京の方から再度話しかけてきたのだ。
「ねぇ、真太郎。この度私たちはこの上なく不純な理由で付き合うことになったわけだけど……付き合うって、そもそも何なの? イチャイチャって、何をすれば良いのかしら?」
おい、ラブコメ作家。それはお前の専門分野だろうがよ。
「そんなこと、俺が知るわけないだろ。取り敢えず、お前の小説の中で主人公とヒロインがしている行為を真似すれば良いんじゃないか?」
「……レッツファイト!」
「お前の小説って、ラブコメの筈だよな!?」
戦闘体勢を取るな。シャドウボクシングを始めるな。
「ラブコメに痴話喧嘩は付きものでしょう?」
「そうかもしれないが、痴話喧嘩以外で頼む」
「これ以外となると、そうねぇ……」
京は握っていた拳を開く。
そして開いたままの右手を、俺の方へ伸ばしてきた。
「……?」
俺は京が何をしたいのか、まるでわからなかった。
手のひらからレーザービームでも出てくるのか?
「右手」
「右手?」
「そう。あなたも伸ばして」
言われた通り、俺も右手を伸ばす。
すると俺と京の右手が、重なり合った。
「手を合わせるのが、イチャイチャになるのか?」
「いいえ。恋人たちは、ここからもう一歩前に進むものよ」
そう言うと、京は俺の右手を握ってきた。
二人の指が絡み合う。ただそれだけのことなのに、なんだかエッチなことをしている背徳感に襲われる。
これが恋人か! これがイチャイチャなのか!
「目を閉じて。そしたら相手の姿が、見えなくなるでしょう? だけどこうして手を握り合っていれば、すぐ近くに相手を感じることが出来る。そして、幸せな気持ちになれる」
「……そうだな」
多幸感よりもムラムラを抱いたとは、口が裂けても言わないようにしよう。
暫く二人で目を瞑り、手を握り合っていたが、やがて京がパッと目を開ける。
「手汗、気持ち悪い」
「……悪かったな」
確かに先程から、右手がやけにベタベタしている。
しかしそれも仕方ないことだ。いくら幼馴染とはいえ、女の子の手を握った経験なんてまずないのだから。
俺は京と手を離す。それから汗まみれになった右手をハンカチで拭いた。
「……あれ?」
手汗を拭い終わった後、俺はふと気が付く。
なんだか手汗がピタッと止まったぞ。
もしかして……この手汗は、俺のものじゃなかったとか?
俺は京を見る。
彼女は胸の前で右手を握り締めては、ほんの僅かだが頬を紅潮させていた。
そんな京の表情を見れば、一目瞭然だ。こいつ、自分の手汗を俺のせいにしやがったな。
だけどそれは、ドキドキしていたのが俺だけではなかったという証明で。
そのことに免じて、今回は甘んじて濡れ衣を着せられるとしよう。