第九十話 信頼
「これで、決まりましたね」
「はい」
父さんと母さんが現れたことで、沈んでいた空気が一気に和らいだ。
その存在だけで周囲に希望を与えることが、どれほど凄いことなのかを改めて思い知らされる。
⋯⋯親っていうのは、ほんとすごいな。
どれだけ俺が頑張ってもできなかったことを、いとも簡単にやってのけてしまう。
「もう一度、確認しましょう。父上、カリオス・フォンルードにはボクとシオンが担当します。ボタンさんには、ベルさんとここにはいませんがカンナさんに」
「はいっ」
「カガミさんにはカインさんとウィルさんに⋯⋯」
「──そのことなんだが」
ダインがルドの言葉を遮り、静かな眼差しで俺を見た。
「ウィルを、俺たちの方に加勢させてほしい」
「えっ、それではカインさんが一人で戦うことになってしまいます!」
「ああ、承知で言っている。さっきは格好の良いことを言ったが、正直、俺たち三人だけではちと厳しい」
「⋯⋯カインくんの意見を聞きましょう」
「俺は──」
突然、視線が一斉に俺へと向けられる。
言葉が詰まった。喉が乾き、心臓が早鐘を打つのを感じる。
⋯⋯あれほど決心したはずなのに、この期に及んでまだ怖気づいている自分に嫌気がさす。
不安を抱えたまま、俺はもう一度、ダインの顔を見つめた。
「カイン」
「⋯⋯」
──ああ、そうだよな。
父さんが言うはずがない。
信頼していなければ、こんな無理難題を俺に頼むはずがないんだ。
父さんのことだ。それが最善だと判断したのだろう。
俺一人でも勝ち目があると、信じているのだろう。
俺は⋯⋯信頼され、託されることが怖い。
その期待が重荷となり、何度も覚悟が揺らいだ。
不安は常に俺のすぐ目の前にいる。
それは前世も、今世も、ずっと変わらない。
眼前の恐怖に怯え続け、震える足を抱えて、それでも俺は──
その信頼に応えるために、最初の一歩を踏み出してきたんだ。
「ウィル、心配してくれてありがとう。俺は、一人でカガミを倒すよ」
「カインさん⋯⋯」
「わかりました。カインくんの意志を尊重します」
「はい、ありがとうございます」
⋯⋯いつだって自信はない。
カガミに勝てる保証もどこにもない。
だけど、負けるつもりはない。
「それで、どうやってあいつらを分断させるんだ? それができなきゃ、この作戦も意味がないだろ?」
ダインの疑問にルドは即座に答えた。
「彼らが一番避けたいのは、ウィルさんを逃がしてしまうことです。僕たちは立ち向かう覚悟をしましたが、向こうはまだそれを知らない。父上の性格からして、シモウサから逃げられないよう、四方に戦力を分散して攻めるでしょう」
「だが、それだと仮に一方に戦力を集中させられた場合、いくら相手が化け物揃いだとしても厳しいはずだ。そのとき奴らはどうするつもりなんだ?」
「彼らにとっての勝利条件は、あくまでもウィルさんを仕留めること。そのためなら、多少時間を稼いででも他の仲間が合流するのを待つはずです。逆に僕たちは、敵が合流した時点で敗北でしょう」
「⋯⋯だからこその、各個撃破か」
ダインの呟きに、ルドは静かに頷いた。
確かに、どれだけ逃げたところで方向さえ掴まれれば、黒竜の速さなら追いつくのは容易い。籠城だって、あのルドベキアが耐えられなかった時点で論外だ。
もちろん、総力戦での勝ち目もない。
それに対して、こちらの勝利条件は何もウィルを守り抜くことだけじゃない。
敵の撃破。これが達成されない限り、敗北も同然だ。
なら、ルドが言うように敵自らが分散した瞬間をそれぞれ突くことこそが唯一の勝ち筋となる。
「もちろん、多少は誘導も必要でしょう。特に黒竜は街から離さないと、住民への被害が甚大になります。ただ、問題はカガミという異世界人の存在です。彼を黒竜から引き離さなければ、ダインさんたちでも勝ち目はないでしょう」
ルドの懸念に、ライゼンが口を開いた。
「たしか、奴は使役魔法の使い手だったな。それなら、自ら黒竜から離れてくれるとは考えにくいが」
「はい、本来であれば使役魔法の術者にとっては、使役した魔獣の強さこそがそのまま自身の戦闘力に直結します。ゆえに魔獣から離れて単独で行動することは、自殺行為と言ってもいい。ただ──」
ルドは一瞬視線を落とし、小さく息を吐いてから再び口を開いた。
「カガミさんは、違うでしょう。ナガマサさんを殺したのは黒竜ではなく、彼自身だと聞きました」
「⋯⋯えっ、それ、本当ですか?」
「は、はい。てっきりカインさんはすでにご存知だと」
「──いえ、初めて聞きました」
カガミが、ナガマサさんを⋯⋯?
──そうか、そうだったのか。
俺が知っていたのは、二人が命を奪われたという事実だけ。
俺はてっきり、そのどちらも黒竜の仕業だと思い込んでいた。
だから黒竜を使役しているカガミを憎むことが正しいのか、自分の中で確信を持てない瞬間もあった。
⋯⋯でも、もう迷う必要はなくなったようだ。
本当の意味で、俺はカガミを許すことができなくなったのだから。
「情報が間違っていなければ、カガミという異世界人は、たとえ黒竜を伴わなくても彼らと同等の化け物じみた実力を持っているはずです。ですが、それこそが彼と黒竜を分断させる鍵となるはずです」
「うーむ、そうは言われてもなぁ」
先ほどまでの威勢とは裏腹に、みんなの視線は自然と下へ逸れ始めていた。
⋯⋯それもそうか。そもそもカガミは黒竜と一緒に行動しているんだ。
あのふたつを切り離せないことには、意味がない。
下手に魔法で隔離させようとしても、かえって逆効果になる可能性だってある。
武力に頼らず、カガミの気を引く方法なんて──
「⋯⋯俺に、方法があります」
「本当ですか!?」
「詳しくは言えませんが、俺なら確実に奴の気を引けます」
「わかりました。カインさんを信じます。これで万全とは言えませんが、明日、彼らに対抗できる」
ルドは静かに息を整えると、改めて俺たちをまっすぐ見据え、はっきりと宣言した。
「必ず、勝ちましょう」
「⋯⋯はい」
それが今の自分にできる、精一杯の応えだった。
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