第八十九話 最高戦力
「本当に⋯⋯心配したのよ!」
「ご、ごめんなさい!」
勢い余って倒れそうになりながらも、母の抱擁をしっかりと受け止める。
この柔らかい感触、この香り⋯⋯ああ、懐かしい。
「でも、どうして母さんたちがここに?」
「そんなの、手紙にあんなこと書いてあったら駆けつけないわけないじゃない!」
「手紙⋯⋯?」
心当たりがなかった。
冒険者だった頃は定期的に送っていたが、学園に入学してからはすっかり止めていた。それに、最近は手紙を書く暇さえなかったはずだ。
「ったく⋯⋯ほら、これだよ」
「これって⋯」
父から差し出された紙には、俺のよく知る人物の名が綴られていた。
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ベルが黒竜に殺された。
原因は私にある。私が学園に彼らを、黒竜を招き入れた。
本当にすまない。謝っても許されることではないのはわかっている。
恨まれて当然だ。それでも、これを伝えないわけにはいかなかった
これから私らは、ルドベキアを陥落させた後、シモウサに向かうだろう。
カインたちが逃げた方向からして間違いない。
私らの狙いはカインではないけど、あいつは絶対仲間を置いて逃げない奴だ。
私はカインの敵側に立った。父の、復讐のためだった。
だけど、こんなことになってしまうなんて予想もしていなかった。
ベルを殺してしまったんだ。
ルドベキアの第一王子もこの手で殺害した。
もう後戻りできないところまで来てしまったんだ。
だから、頼む。
カインたちを守ってくれ。
そして私を、殺してくれ。
自分勝手なのはわかっている。
でも、こんなことを頼めるのは二人しかいないんだ。
私を、とめてくれ
椿
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手紙を読んだ俺は、思わず口を噤んだ。
複雑な気持ちだ。うまく整理ができない。
ベルが死ぬきっかけを作ったことは、到底許せることじゃない。
でも、でも⋯⋯
「あいつ、本当に馬鹿だよな。ずっと馬鹿なんだよ──」
「父、さん⋯⋯?」
「だからよ。あいつが道を踏み外したときは、俺たちがぶん殴ってやらなきゃいけねえんだよ」
「──それに、ベルちゃんに痛い思いをさせた黒竜? と言ったかしら。私たちを怒らせたらどうなるか、身を持って教えてあげないといけないでしょう?」
「母さん⋯⋯」
普段通りの穏やかな笑みを浮かべているつもりだろうけど、俺ですらはっきりと感じ取れる。
ベルを失って怒っているのは、俺だけじゃない。
父も母も同じ気持ちに決まっている。
──でも、相手はあの黒竜だ。
ナガマサさんでさえ敵わなかった相手に、二人が勝てるイメージが悪いけど全く湧かない。
それにそもそも母さんって戦えるのか?
今まで一度だって戦う姿なんて見たことがないんだぞ。
「その前に、母さんって⋯⋯」
「ん? ああ、ルイのことね。安心して頂戴。近所のママ友に少しの間、預かってもらっているわ」
「いや、そのっ⋯そうじゃなくて!」
たしかに、言われてみればルイの所在は重要なことだけど、俺が聞きたいのはそっちじゃなくて⋯⋯
「──母さんって、戦えるの?」
「あら、そんなことを心配してたのね。本当に優しい子に育ったのね」
そう言ってルミアがまた俺を抱きしめる。その背後ではダインとライゼンが大笑いしていた。
「ハッハッハッ! ルミアの心配をするとは、お主の息子は将来が楽しみだな!」
「ああ、まったくだぜ。ミアの心配をするなんて百年早いっての」
「え⋯、え?」
予想外の反応に思考が停止した。
相手はあの漆黒の竜。母さんの心配をするのは当たり前のはずだ。
それなのに、どうしてダインたちは笑っているのだろうか。
「カイン、私たちが冒険者だったことは話したわよね?」
「はい⋯⋯でも相手は、プラチナランクの冒険者パーティですら敵わなかった黒竜なんですよ!? 母さんと父さんはゴールドランク冒険者。プラチナランクならまだしも、どう考えても危険じゃないですか!」
俺が必死にそう訴えると、母さんは静かな笑みを浮かべた。
「──たしかに私たちはゴールドランク冒険者として引退したわ」
「だがそれが⋯⋯もし一時でも『プラチナランク』だったとしたら話は別だろ?」
「えっ?」
父さんの言葉に俺は一瞬固まり、ぽかんと口を開けてしまった。
その言葉が示すことはただ一つ。
もしかして、父さんと母さんたちは──
「私たちは、元プラチナランク冒険者だったの」
「あのときは大変だったなあ」
「あんな戦い方はもう懲り懲りよ」
「ハハッ、懐かしいな!」
父さんはにやりと笑みを浮かべ、得意げに胸を張った。
「カイン、お前に教えてやるよ。俺たちのパーティ名は『不滅の狼牙』。
人呼んで──」
父さんは一拍置いて、誇らしげにその名を告げた。
『レブナンツ』
ダイン、ルミア、ライゼン、シオン、そしてツバキ。
その五人で構成された冒険者パーティが、それがまさか、カガミたちと同じ『プラチナランク』であった、と。
こんな都合の良い話が、現実にあっていいのだろうか。
だが、その『都合の良い話』が現に起きている。
「そしてだ、カイン。そんな俺たちが誇る最高戦力が、俺の妻だ」
「⋯⋯は?」
意味がわからなかった。
あのお淑やかで、優しくて、包容力があり、誰がどう見ても理想のママであるルミア・レリウットが、プラチナランクパーティの『最高戦力』だって?
冗談もいいところだ。
流石に嘘だろうと笑い飛ばそうとしたが、この場にいる誰一人、それを否定しない。
「はは、まじか⋯⋯」
「ま、つまりこういうこった」
ダインは微笑みながら俺を見つめて言い放った。
「黒竜とあのバカは、俺たちに任せな」
その時の二人の頼もしい姿を、俺はしばらく忘れられそうになかった。
作者コメント:母は偉大です
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