第八十八話 決意
広間に通された俺たちの前には、険しい表情を浮かべたミリアとルドが座していた。
ライゼンの姿は見えないが、ウィルとモモも呼ばれている以上、ただ事ではないのだろう。
黙って畳に腰を下ろすと、やがてルドが重い口を開いた。
「⋯⋯ルドベキアは陥落しました。おそらく明日、彼らがやってきます」
「──そう、ですか」
覚悟を決めていたのか、ウィルは動揺を見せることなく静かに俯いた。
明日ということは、残された時間は二十四時間もない。
たったそれだけの猶予で、また奴らと対峙しなければならない。
あれほど手も足も出なかった俺たちが、そんな短い時間で対抗できるものなのか。
「相手はあまりにも強大です。それに比べ、こちらの戦力は皆さんもご存じの通り⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
俺たちが命からがら逃げている間に、多くの人々が時間を稼ぐために散っていった。
学園長、モネ先生、ナガマサさん。
彼らは俺たちだけじゃない、生徒全員を守るために、あの化け物たちに立ちはだかったんだ。
それでも、生徒の大半は黒竜の息吹で焼き殺されていたらしい。
師匠に殺されたカルロ以外に、ルークを含め、同じDクラスの生徒はほとんどが犠牲になったと聞いた。
そして、ベルも⋯⋯
生き延びた生徒たちは散り散りとなり、助けを求めることもできない。
精霊族の兵士たちも、カリオスへの支持が圧倒的で、ミリアたちは最低限の戦力しか連れてこられなかったという。
良くも悪くも、ザクが与えた影響が今なお根強く残っているということだろう。
「今この場にいる私たちだけで彼らに立ち向かわなくてはなりません」
「⋯⋯」
ミリアの強張った表情を見れば、それがどれほど絶望的か嫌でも分かる。
──どう考えても勝ち目がない。
ナガマサさんやベル、あの学園長でさえ無理だったのだ。
俺たちが勝利できるイメージがそう簡単に湧くわけがない。
「⋯⋯皆さんが考えていることは重々承知しています」
そんな重苦しい空気の中、ルドが口を開いた。その場にいた全員の視線が、彼に集中した。
「人族はたしかに永い間、精霊族を苦しめてきた。父があのような行動に出た理由も、心の底からわかります。まして、それが兄の願いだったのなら、なおさら⋯⋯」
──兄は命を懸けて精霊族の現状を変えようとし、そして、変えてみせた。
それはボクにはできなかったことだ。わかっていても動けなかった。いや、変えようとすら思わなかった。
兄こそが王になるべき器だった。ボクなんかじゃなかった。
実際、後継者争いなんて、あってないようなものだった。
満場一致で兄、ザク・フォンルードが選ばれ、ボクたちを支持する者など誰もいなかったのだから。
今だって、ボクたちが王であることを認めていない者は多い。
⋯⋯でも、ボクは王なんだ。
精霊国アイルの現国王の一人なんだ。
たとえそれが、運よく得られた地位であったとしても。
ルドは固く拳を握りしめ、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「それでも、ボクは彼らに立ち向かいたい⋯⋯父を、止めたい。そして、ボク自身のやり方で、この負の連鎖を終わらせたいんだ。憎み合っても、永遠に犠牲が増えるだけなのだから」
──威厳があるわけではない。
あのカリオスのように、彼が語ればすべてが現実になると思わせるほどの強さや実績もない。
それでも、ルドの覚悟は確かに伝わった。
それだけで十分だった。
首から下げた琥珀色の宝石を眺めながら、俺は静かに笑みを浮かべる。
──もう十分だろう。
マイナスなことばかり考えるのは。
だって、心はとっくのとうに決まっているのだから。
どれほど失敗のリスクがあろうと、今さらこの気持ちが揺らぐことはない。
「──俺はカガミを倒す。そして、黒竜にとどめを刺す」
俺が立ち上がると、すぐにモモとウィルも続いた。
「私も、お姉ちゃんを止めるために手伝わせてください」
「僕も、父上の⋯⋯いえ、家族の討たせてください」
一人、また一人と次々に立ち上がり、最終的にはその場にいる全員が立ち上がっていた。
そんな光景を前にして、ルドはぽかんと口を開け、呆気に取られたような表情を浮かべている。その姿を見て、シオンがクスクスと笑った。
「ほらな。ここまで来て、断るやつなんていねえよ」
「⋯⋯本当に、その通りだったなんてね」
「だから、自信を持ちな。ルドはちゃんと、王をやってるよ」
その言葉を聞いたルドは、わずかに震えた声で、でも確かに「ありがとう」と呟いた。
「それで、作戦はどうするのですか?」
「ああ⋯⋯」
目元を軽く拭い、ルドは真剣な眼差しで俺たちを見渡した。
「正直、防衛戦だけでは時間を稼げても勝利は掴めない。あのルドベキアですら、たった二週間と持たなかったんだ。だからリスクは承知の上で、僕たちは彼らを『各個撃破』しようと思う」
「⋯⋯それ、本気で言ってるんですか?」
「もちろん、本気だよ。これしか勝機はないと思っている。だから父──カリオスはボクとシオンに任せてほしいんだ」
「それこそ、本気ですか? だってカリオスさんと言ったら、小人族の私ですら憧れる、生ける伝説の魔法使いなんですよ!?」
「当然、勝つつもりで言っているよ」
「⋯⋯っ」
──思わず息を呑んだ。
ルドは本気だ。本気で、最強と謳われる自身の父に勝とうとしている。
あのザクですら、手も足も出なかった存在だというのに。
「⋯⋯それなら、私はお姉ちゃんを引き受けさせてください。もうこれ以上、お姉ちゃんに罪を重ねてほしくない」
「うん。こちらからもぜひお願いするよ」
「モモ、一人で大丈夫か?」
「いえ、ですので今回はカンナにも力を借りようと思います」
「え⋯⋯本当に?」
「本当ですよ。今はできることを全てやるべきだと分かっていますから」
「──そっか」
覚悟が決まっていたのは俺だけではなかったようだ。
モモとカンナの二人になら、安心して任せられる。
「なら、俺はカガミを担当する」
「では僕はカインさんの援護をします」
「私は『無音』を引き受けます」
「──わかりました。これで残るはツバキさんと黒竜ですか⋯⋯」
「師匠⋯⋯」
もし師匠がこちら側にいてくれたなら、どれだけ心強かっただろうか。
だが、どれほど憂いたところで現実は変わらない。
俺たちがいくら奮闘しようとも、師匠と黒竜、この二つの存在を相手に対抗できる者がいない限り、勝ち目はないのだから。
「でも、そんなことが可能な人なんているはずが──」
「待たせたな!!」
背後の襖が勢いよく開け放たれ、反射的に振り向いた。
すると、そこにいたのは──
「ったく、てめえが道に迷ったせいで随分と時間がかかったじゃねえか!」
「仕方がないだろう、こっちにきてまだ数日しか経ってないんだぞ」
精霊国アイルで会って以来だった。
濃い赤髪に、いつ見ても憎たらしい顔。
けれど俺にとっては、誰よりも頼もしい存在。
「──父さん!」
「ああ、元気そうでよかった」
そして、それだけではなかった。
その背後からもう一人が飛び出し、勢いよくこちらに駆け寄ってきた。
風に揺れる、柔らかな茶色の長い髪に、あの頃とまるで変わらない満面の笑み。
「よかった、本当に無事で⋯⋯!」
実に四年ぶりだった。
胸から込み上げる感情を抑えきれず、俺は力の限り叫んでいた。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
ずっと、ずっと会いたかった。
「母さん!!」
「ええ!」
作者コメント:まじで嬉しい
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