第八十七話 王の意志
「あの日から、この国は急激に成長したそうじゃないか。無尽蔵の魔力による魔道具の発展、財政の回復。そして首都は潤い、たちまちアンタはこの国の象徴的な存在になった」
「当時は何が起きているのか、理解できませんでした。でも今になって振り返ると、リンドウさんの身体を覆ったあの結晶は、僕たちが見慣れていたものでした」
──深紫色の結晶。
それは本来、人体には生成されず、魔獣やモンスターの体内からしか入手できないはずの代物だった。
しかし、その結晶は間違いなくリンドウさんの身体から生え、現に今、この目の前に存在している。
そこから導き出せる答えは一つ。
あの時、魔法陣から発動された魔法の正体は──
「『人を魔核に変える魔法』⋯⋯そうですよね?」
「ああ、そうだ」
その問いかけに、国王はためらうことなく即答した。
「⋯⋯まさか、本当にそのような魔法が実在するとはな」
その場にいた誰もが絶句したことだろう。
正直、いまだに信じられないさ。
人間が魔核になってしまうなんて。
「──その魔法のせいで、僕たちがどれほど苦しんだのかなんて、きっとあなたにとってはどうでもいいことなのでしょうね」
あの日、リンドウさんを失った僕たちが絶望しながらも、完全にバラバラにならずにいられたのは、一縷の望みが残っていたから。
人を魔核に変える魔法があるのなら、それを元に戻す方法だってきっと存在する⋯⋯そう信じた。いや、信じるしかなかった。
その手がかりを得るために、僕たちは何でもやった。指名手配され、ルドベキアにはいられなくなった僕たちは、周辺の街から始め、最終的に精霊国アイルを拠点にした。
精霊国アイル──魔法に優れた精霊族の国。
きっと彼らなら、ほんのわずかでも、この問題を解決する方法を知っているに違いないと期待した。
でも、現実は違った。
『人が魔核になった』。そんな話すら誰にも信じてもらえず、人族⋯⋯いや『異世界人』というだけでまともな対応すらされなかった。
──苦労した。
けれど、自分たちが足踏みしている間にも、この国は瞬く間に栄えていった。
無尽蔵ともてはやされる出所不明の魔力に人々が群がり、何も考えず、ただ使い潰していく。
──許せなかった。
一刻も早く、リンドウさんを救いに行きたかった。
そのために、弱気で優しかったヒマワリは、自ら望んで暗殺者となった。政界の内部情報を探るには、それが最も効率的だったから。
豊かだった表情は次第に消え失せ、反比例するように知名度ばかりが格段に上がっていく。
いつしか彼女は『無音』と呼ばれるようになっていた。
『無音』の名が広まれば広まるほど、依頼は殺到した。
彼女はそれらを淡々とこなし、情報を集め、それを元に僕とボタンは解決策を必死に探し続けた。
でも、どれだけ経っても状況は、一向に変わらなかった。
⋯⋯そんなときだった。
精霊国アイルの第二王子の侍女が、人族に攫われたという情報が耳に入った。
──これはチャンスだと思った。
『魔核から人に戻す』方法は結局、『人を魔核にする』方法を知る者に聞くしかなかったんだ。
つまり、答えはルドベキアの王だけが知っている。
「⋯⋯ただ、その前に」
ずっと抱え続けていた疑問があった。
調べれば調べるほど、この国は決して良い国ではなかったとしても、この男だけは理想の王であったはずなのだ。
そんな彼がなぜ──
「なぜ、リンドウさんをあんな姿にしたのですか⋯⋯シュヴァン・トゥールース!!」
「⋯⋯」
その質問に、彼は静かに答えた。
「国のためだ」
「──ッ! 国のためなら人の命はどうなってもいいって言うんかい!!」
ボタンが感情を抑えきれず声を荒げた。
僕も、ボタンと同じ気持ちだった。
彼に戦闘力はない。それは調査済みだ。
こちらが望めば、この瞬間にも彼を殺すことなど容易い。
しかし、この状況でも彼には一切の動揺がない。
少しでも怯えてくれていたら、まだ楽だったのに⋯⋯
「⋯⋯では、こちらからも聞かせてもらおう。君たちは、一人を犠牲にするだけで、このルドベキアに住む五万の国民を飢えさせずに済むとしたら、どちらを選択するのか」
「それは──」
「同じ国民を導く立場にあったカリオス殿ならば、この意味が分かるだろう?」
「ああ」
こちらの疑問に答えるように、彼は続けた。
「人の上に立つということは、下につく者たちを守る責任を負うことだ。十数年前、この国は極度に貧しかった。腐敗した政治の代償はいつも民が支払い、餓死者が絶えない日々。自身が奴隷になるか、子供を売るか。そのような選択を強いられるほど、この国は追い詰められていた」
淡々と語られた言葉。だが、そこには真実ゆえの、揺るぎない重みが存在していた。
「彼にかけた魔法は、この国に伝わる禁忌魔法だ。私はそれを使うことを躊躇わなかった。彼だけじゃない。彼の前に何十人も犠牲を払わせてきた。恨まれても構わない。ただ、その程度で止まるわけにもいかない。私の一瞬の迷いで、救えるはずの多くの命が失われるかもしれないのだから」
「⋯⋯ッ」
思わず、圧倒されていた。
先も言った通り、この人に戦闘力はない。
それなのに、どうしてこんなにも──この男は強大に見えるのだろう。
「君は人の命はどうなってもいいのか、と聞いたな」
「⋯⋯ええ」
すると彼は一呼吸置き、静かに言葉を吐いた。
「──良いわけがないだろう。すべての命を救えるなら、どれほどよかったか。だがそれは不可能だった。ならば、たとえどれほど非情であろうと、一の命で千の命を救う。それが王としての、我が背負った責務だ」
どれほどの苦難を越えれば、そんな目ができるのだろうか。
犠牲は避けられない。なら、その犠牲を無駄にせず、多くの命を救ってみせる、と。
事実、リンドウさんという犠牲のおかげで、この国の民は豊かに暮らし、飢餓に苦しむ人々も大幅に減ったのだろう。
「⋯⋯あなたは僕たち以上に多くのものを背負っている。その重圧に耐えることは、並大抵のことじゃない。でも──」
一の命で千の命を救う。
それを現実に実行した彼は、偉大な王と呼べることだろう。
しかし、どれだけ偉大な王であろうと、結末は似たものになる。
そう、そんな王はいつも──
「その犠牲にした一つの命によって、終わりを迎えるんだ」
せめて、苦痛なく逝かせてあげよう。
「最後の質問です。彼を魔核から戻す方法は?」
「──ない」
「やはり、そうでしたか」
僕の言葉と同時に、ボタンが斧を振り抜いた。
なんとなく察してはいた
彼は信念を持つ偉大な王だ。姑息な真似はしないだろう。
そんな彼が、最初からずっと『リンドウさんを元に戻す方法』を交渉材料にしなかった。
その時点で、僕たちの目的は達成できないことが確定していたんだ。
「⋯⋯あとは、リンドウさんを苦役から解放してあげましょう」
この国全体の幸せを願うなら、彼という存在は必要不可欠だったことだろう。
でも、僕たちにとってそんなことはどうでもいい。
リンドウさんがもうこの世にいない時点で、未練なんてない。
これで、目的は消滅した。
正直、この後の事は何も考えていない。
ただ、カリオスさんとの約束だけは果たさなくてはいけない。
『二度と精霊族が奴隷にならない世界にするために、この国を滅ぼす』という、あの約束を。
どれだけ法律で禁じようと、それを求める者がいる限り、歴史は繰り返される。
ならば、根本から排除するしかない。
──長かった。
カリオスさんの力を借り、黒竜を暫定的に服従させることに成功した。
完全に支配することは叶わなかったが、それでも十分だった。
その黒竜を用いて、ルドベキア最高戦力である魔法学園グレースを襲撃した。
ここまで、予想以上に手こずったが、ようやく終わる。
「カガミ、まだ大丈夫かい?」
「ええ。やっとここまできたんですから、最後まで踏ん張ってみせますよ」
「⋯⋯そうだね。それじゃあ、さっさとお別れを済ませて、あの逃げた王子を殺りに行こうか」
「──はい、そうしましょう」
辛気臭い別れなど、リンドウさんは望んでいないはずだ。
僕はゆっくりと、変わり果てた彼に手を触れた。
「お待たせしました、リンドウさん。ゆっくり休んでください。すぐにまた会えますから」
わずかに力を込めると、彼の体は一瞬にしてヒビが入り、音もなく静かに崩れていった。
砕け散った破片を見ても、不思議と涙は出なかった。
あるのはただ、胸を満たす安堵感だけ。
「それでは、行きましょうか。僕たちの旅に終止符を打ちに」
彼らが逃げた方向からして、思い当たる場所はただ一つ。
リンドウさんの故郷にして、異世界人が築いたとされる地。
「目指すは『シモウサ』。そこが僕たちの終着点です」
作者コメント:終わりが⋯見えてきてしまった⋯
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