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第八話 旅立ち

 ダインのわがままでダインの知り合いの冒険者のもとに行くのは半年後に決定した。

 これは言い換えれば家族といられる時間も残り半年ということ。

 決定した次の日から俺たちは一緒の時間を大事にしていった。


 残り六ヶ月。


 訓練はいつもどおり行っている。

 家族の時間を増やすためとか言って疎かにしたら本末転倒だからな。

 ダインは甘やかしたりしないで少しでも一人で戦えるようにと厳しく指導してくれている。

 冒険者は常に死と隣り合わせだからな。

 厳しさの中にちゃんと心配してくれているのが伝わってくる。


 ちなみにベルは半獣化の練習時間を多く取ることにしてもらったらしい。

 まだ自分の意志では発動できないようだがそれでもめげずに必死に頑張っている。


 ルミアとの魔法の練習は逆に増えた気がする。

 もし怪我したら大変だと、治癒魔法や薬草についても教わった。

 治癒魔法は今までの魔法と違い難易度が高く感じる。

 魔法にはその人との相性があるが、もしかしたらあまり良くないのかもしれないな。

 ただ使えてこれほど頼りになるものはない。

 なんとか出発の日までには覚えたいものだ。


 そういう俺は、妹のルイに覚えてもらうことに必死になっている。

 久しぶりに帰って来たとき妹に誰? とでも言われた日には俺は立ち直れない。

 おむつだって率先して変えてるし、暇があれば名前を言わせようと試みている。

 だが当たり前のことだが「あー!」としか返してくれない。

 でもカワイイから許す。


 残り五ヶ月。


 先月から特に変わったことはない。

 ただ来月にベルの誕生日が控えている。

 ベルはそれで六歳になるのだが、五歳の誕生日を祝えなかった分、せっかくなので盛大に祝うことにした。

 そのためのプレゼントを買いに、ルミアと街へ出掛ける。


 ルミアは、『せっかくベルはあんなにかわいいのにおしゃれに無頓着というのはもったいない』といって、大量の服を買っていた。

 もうただでさえ家にはクローゼットから溢れんばかりにあるのに、女の子というのは大変だ。

 そういう俺はなかなか決まらないでいた。


 ネックレスは⋯⋯すでに持っているから⋯⋯うーん、何を買ってあげると喜ぶだろうか。

 悩みながら街を歩いているとふと前の世界でもよく身につけていたものを発見した。


「マフラーか⋯⋯」

 ちょうど来月から雪が降り始める時期だ。

 しばらく店の前でうーんと悩んだ末。


「お母さん、俺これにするよ」

 そう言ってベルの褐色の肌に似合いそうな赤色のマフラーを手に取った。

 ルミアにはとってもいいじゃない! と言われてちょっとうれしかった。

 ネックレスに続いてマフラーを女の子にあげることになるなんて前の世界では信じられなかったことだ。


「ベルが喜んでくれるといいな」

 そんな思いを込めて、帰路についた。


 残り四ヶ月。


 雪が降り始めた日の夜。

「ベル、誕生日おめでとう!」

 家族みんなでクラッカーを鳴らしながら盛大にベルの誕生日を祝った。


 食卓にはベルの好物である、肉肉肉。

 大量に肉料理が並んである。

 こんなの食べ切れるのかと思うだろうがベルなら食べ切れてしまう。

 今だってお腹がはちきれんばかり膨らんでも食べ続けて、結局は殆ど一人で食べてしまった。


 そしてパーティーも終盤。

 プレゼントの時間だ。

 ダインは俺の時と同じ実剣を。

 ルミアは街で買ったものに加え、さらに増えている気もするが、まあ、服の山を。


 そしてようやく俺の番になる。

 すると、ベルがすごく期待しているように目を輝かせる。


「やめてくれ、そんな目で見ないでくれ⋯⋯」

 ベルがじっと見つめてくる。その目で見られると、マフラーで本当に良かったのか不安になってしまう。でも、ルミアが「絶対大丈夫よ」と後押ししてくれたおかげで、少し自信が出てきた。


「ベル、誕生日おめでとう!俺からはこの、マフラーだよ」

 そう言ってベルの首に優しく巻いてあげる。

 しかし、想定していた反応とは違い、ベルは「⋯⋯ん、ありがと」とだけ言って顔をマフラーの中に埋もれさせてしまった。

 もしかしてお気に召さなかったのかと急に自信がなくなるが、ダインとルミアはなぜかニヤニヤしている。


 その日の夜、今日はベルがベットに入り込んで来なかった。

 もしかして機嫌を悪くしてしまったのかと不安になり、様子を見に行く。

 すると、ベルは今日もらった服や剣に囲まれながら俺のマフラーを抱きしめてベッドの上で深い眠りについていた。


 どうやらお気に召さなかったわけではないらしいとホッとした。

 だが、それにしてもなぜあの二人はニヤニヤしていたのだろうか。

 けっこう考えてみたがその日の内に答えが出ることはなかった。


 そして残り三ヶ月からはあっという間に時が過ぎていった。


 旅立つ準備や部屋の整理。

 徐々に物がなくなっていく過程を見るとそろそろなんだなという実感が湧いてくる。

 どんどんタイムリミットが迫ってくる家族との時間を堪能して、気がつけば、旅立つ前日になっていた。


 ダインとルミアは寂しくなる気持ちを抑えて接してくれている。

 ルイには結局、名前を呼ばせることはできなかった。

 帰ってきたとき、「あんた誰」と言われるのは覚悟しておこう。


 ベルは約束の日が近づくに連れ、話すことが減った。

 その代わり、より訓練に力を入れている気がする。

 正直言うと少し寂しいが、仕方がないことだ。


 そして当日。

 家の前には馬車が止まっていた。

 そう、俺はこれに乗ってその冒険者のもとに向かう。


「お前に色々教えてくれる奴の名前はツバキ。オレたちと組んでたときは魔法と剣術どちらも使う魔剣士をやっていた。あいつなら、必ずお前を強くしてくれる」

 ダインは俺の頭をガシガシと強く撫でる。


「元気でやるんだぞ」

「うん⋯⋯」


 ルミアは「カインちゃん!」とぎゅっと抱きしめてくれた。

「あっちに行っても時々は手紙を書いてちょうだいね。あと、体調には気をつけるのよ。あと⋯⋯」

「わかったよ母さん」

 このままだと日が暮れてしまう。


 なんとか逃れて残った最後は。

「⋯⋯ベル」

「⋯⋯」

 しかし、うつむいたままで顔は見えない。


「じゃあ、またな」

 そう言って馬車の方を向くと──


「カイン!」

 ベルの声が聞こえて咄嗟に振り向く。

 すると目の前にベルがいて、


「⋯⋯ん」


 静かに唇と唇が触れた。


「私、すぐ追いつくから」

 そう言って立ち去ってしまった。

 ルミアは口を抑え、ダインはヒューと口笛を吹く。


 俺は頭が真っ白になっていた。

 前世も含めてのファーストキスだった。


 口に手を当て感触を確かめる。

「えっ」

 このとき初めてベルの気持ちに気づいた。

 その瞬間、顔が真っ赤に染まったのがわかった。


 そのまま出発の時間が来て、放心状態のまま馬車に乗り込む。

 出発しても早まった鼓動は未だ収まりそうにない。


「次会うときどんな顔すればいいんだよ⋯⋯」

 そんな言葉をこぼしながら、俺は生まれ育ったこの場所を後にした。


 ──第一章 終──

ここまで御覧いただきありがとうございます。

次は第二章 冒険者編です。


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次話もぜひ読んでください。

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