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第七十五話 手遅れ

 全身血にまみれ、とうに命を落としているはずなのに、まるで今にも動き出しそうな圧倒的な存在感がそこにあった。

 現に、杖は掲げられたまま、鋭い目つきで目の前の敵を見据えている。


「⋯⋯だから、本気のお前とは戦いたくなかったのだ」

 カリオスは傷一つない右手を静かに下ろす。

 すると、朱に染まった斧を片手に持ったボタンが、静かに背後から現れた。


「あの魔法使い最強とも謳われたあんたが、ずいぶんと酷い有様じゃないか。弟子だから手を抜いたのか?」

「それは違う。一切手加減した覚えはない。しかし、時とは恐ろしいものだな。これだけの損傷で勝利できるとは」

「これが、それだけねえ⋯⋯」

 ボタンは視線をゆっくりとカリオスの体に向けた。そこには、なにもない。

 本当に、言葉通り”なにもない”のだ。

 左肩の根本から、腰の上あたりまでが、円形状にきれいに消失している。


 生きているのが不思議なほど、生物としては致命傷であるはずなのに。


「まあ、あんたほどの実力者なら、治癒魔法ですぐに治せるか」

「残念だが、精霊族は治癒魔法に対して懐疑的でな。残念ながら、私では治癒できない」

「それじゃあ、一体どうするってんだい。ウチはベルと違って魔法が苦手だし」

「問題ない」

 そう答えたカリオスは手のひらを虚空にかざした。すると、突然無数の光の粒子が現れ、まるで引き寄せられるかのように、その空いた隙間へと集まり始める。粒子たちは次第に凝縮され、消失していた部分を埋めるように形成されていく。


「これなら私の魔力が続く限り、なんとかなるだろう」

「⋯⋯やっぱりあんたは、正真正銘のバケモンだよ」

「それは褒めているのか?」

「もちろんさ」

 少しの沈黙の後、二つの影が現れた。


「終わった」

「⋯⋯」

 言葉少なに呟く無音と呼ばれる少女。その横には、黙って佇むツバキの姿があった。


「ちゃんと仕留めてきたのかい?」

「ツバキが放っておけって」

「ふーん。それはどういうことだい、ツバキ?」

 ボタンは静かに斧を構える。しかし、ツバキは全く動揺せず、淡々と答えた。


「もうここには誰もいないし、あの怪我なら放っておいても助からない」

「──まあ、今回はあんたの働きに免じて見逃してあげるよ」

 ボタンは斧を下ろし、ツバキの肩に手をぽんと置いて、そのまま彼女の横を通り過ぎていった。


「どうやらあっちも終わったようだし、あとは待ちに待った本命をぶっ殺しに行こうじゃないか」

 見上げたボタンの視線の先に巨大な影が映る。ここに彼が来たということが何を意味するのか。


「随分と浮かない表情をしてるじゃないか」

「ん? ああ、仕方ないとはいえ、リンドウさんのお師匠様を手に掛けることになるなんてね。それに茶髪の少年と第二王子には逃げられてしまったし⋯⋯」

「──そっか、カインたちには逃げられちゃったか」

 ツバキの表情が一瞬、緩んだ。しかし、すぐにそれは一転することになる。


「うん、あの獣人の少女にはまんまとやられたよ。彼女の一撃のせいで、少し予定が狂ってしまった」

「⋯⋯その少女はどうなったんだ?」

「どうって、跡形もなく消し飛ばしたよ。念には念を入れておく必要があるからね」

「──ッ!!」

 その言葉に、ツバキは思わず息を詰まらせ、拳を強く握りしめた。奥歯を噛みしめ、まるで苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶ。


「それじゃあ、行こうか。次が最終決戦だ」

 彼らが一斉にある場所に向けて歩き出すも、ツバキだけは、ただその場に立ち尽くす。


「⋯⋯なあ、だれか──」

 力なく呟かれた言葉は、誰にも聞かれること無く、ただ静かに消え去っていった。


 その一方、遠くからその様子を密かに覗く存在。


「──感謝はせんぞ、ツバキ」

 ライゼンは痛む腕を抑えながら、気配を悟られないように足早にその場を後にした。

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