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間話 ナガマサ過去編

「⋯⋯おいおい、こりゃあひでえな」

 目の前に広がる光景は、まさに『悲惨』そのものだった。家屋は焼け焦げ、空気には焦げた肉の臭いが充満している。周囲には、もはや生命の気配など微塵も感じられない。


「生存者はいないか⋯⋯」

 何度も何度も聞き込みを繰り返し、ようやくたどり着いたこの場所。しかし、また振り出しに戻ってしまった。

 肩を落とし、諦めかけたその瞬間、遠くで轟く爆発音が空気を裂いた。


「なんだよ、いるじゃねえか⋯⋯!」

 目に飛び込んできたのは、噂以上の圧倒的な存在感を持つ『奴』だった。邪悪な気が口元からまるで瘴気のように漏れ出し、周囲の空気を凍てつかせている。


『黒竜』

 探し求めていた奴を前に、流石の俺でも、身がすくんだ。


「おい、あれって⋯⋯」

 奴の視線の先に目を向けると、そこには獣人の生存者がかろうじて立っていた。体中に傷を負い、今にも息絶えそうなほど弱っている。


 その瞬間、奴は生存者をじっと見据え、口元に不気味な輝きを放ち始めた。


「──クソッ!!」

 放たれた光線が追い迫る中、獣人の男を抱えて必死にその場を飛び退く。

 着地と同時に男の姿を確認すると、その状態は生きていることが信じられないほどにボロボロだった。

 すると、彼は今にも消えそうな声で囁いた。


「誰、ですか⋯⋯いやそれより、どうしてここに⋯⋯」

「──なに、たまたま通りかかっただけだ」

「そうですか、どちらにしろ助かりました。そうだ、ここら辺で女の子は見ませんでしたか」

「⋯⋯いや、ここまで誰とも会わなかったぜ」

「──そうですか」

 その言葉を聞くと、獣人の男はほんの少し安心したように顔から緊張が消えた。


「なら、悔いはありません。私が時間を稼ぎますので、その間に逃げてください」

「⋯⋯ハッ、やっと見つけたんだ。このまま逃げるわけには行かねえよ」

 俺が腰の刀に手を掛けると、獣人の男は驚いたように目を見開いた。


「あなた、変わってますね」

「よく言われるな」

 獣人の男は少し微笑むと、ゆっくりと息を吸い込み、目を閉じた。


 次の瞬間、獣人の男の全身がビリビリと震え始める。その毛並みがまるで逆立つように、一本一本が勢いよく立ち上がり、まるで純白の炎が燃え上がるかのように色が白く変化していく。


「まじかよ⋯⋯」

 獣人の男の身体全体を包む魔力が次第に強まっていき、パチパチと稲妻が彼の周囲を走り始める。


「そういえば、名前聞いていなかったな」

「──私の名前はシキ。幻獣人族の長を務めていました」

「なるほどな。その姿、ただの獣人じゃないとは思っていたが、さらに長だとはな」

「まあ、この有り様では、長失格ですがね」

 シキは息を整えると静かに目を見開いた。


「⋯⋯それでは行きましょうか」

「ああ」

 シキと俺は視線を交わし、一気に奴へと飛びかかる。ただ、それを簡単に許してくれる相手じゃない。

 奴は口を開き、巨大なブレスが放たれる。


「来るぞ!」

 紙一重のところで避けると同時に黒竜に肉薄する。俺は刀を、シキは爪を構え、魔力の斬撃を放った。

 しかし、攻撃が届く前に黒竜はその大きな翼を羽ばたかせ、風圧で弾き返す。


「チッ、流石にか」

「止まるな!まだだ!」


 シキはそう叫びながら、そのまま激しく黒竜に突撃する。爪で切り裂き、牙で噛みつくが、黒竜の鱗に残るのはほんの浅い傷だけ。本体には一切のダメージが入っていない。すると、黒竜が地面を踏みしめる姿が目に映った。


「シキ、避けろ!」

 叫んだ瞬間、俺の声は届かず、手遅れだった。黒竜はその巨体を捻り、尾を振り抜く。それがシキに直撃した。


「ミシッ!」という鈍い音が響く中、黒竜の尾がシキの身体を捉え、そのままシキは宙を舞った。

 弧を描くように飛び散る血が、一瞬の静寂を打ち破るかのように輝き、そのままシキの身体は無情にも地面に叩きつけられた。


「シキ!!」

 俺が叫んだ瞬間、奴の視線が俺に移った。悪寒が背筋を駆け抜ける。


『グオオオオオ!!』

「クソッ⋯⋯」

 黒竜の咆哮が大気を震わせ、俺の身体を硬直させた。圧倒的な生物的優位から放たれる殺気に、息が詰まる。


 再び、黒竜の口元に不気味な光が灯り始めた。直感的に、あれを喰らえば命はないと理解するが、一度震えた身体は凍りついたように動かない。奴はすでに口を大きく開き、奥の光が一層強まり、放たれる瞬間を迎えようとしていた。


 ──ここまでか。


 そう、諦めかけたとき、突然、身体に衝撃が走った。


「なっ⋯⋯」

「──ここでお別れです」

 シキの微笑んだ顔が、一瞬、視界に映る。それを最後に、全身が眩い光に包まれた。

 同時に、燃えるような激痛が襲いかかる。


「ぐあああっ!!」

 咄嗟に左腕を押さえようとしたが、そこには何もなかった。左肘から先が消失し、皮膚は黒く焦げ、血が凝結している。

 そして、目を向けた先には、シキの姿も、俺がいたはずの場所も、抉れた地面と共に完全に消え去っていた。


「ハッ、オレなんかを庇いやがって⋯⋯」

 だが、感傷に浸っている時間はない。視線を戻すと、奴は悠然と立ちはだかっている。

 俺は落とした刀を拾い上げ、大きく息を吐いた。


 シキの斬撃でほんのわずかに傷がついた程度だったことを思い返すと、ここで生半可な攻撃は通用しないとわかる。

 未完成だが⋯⋯他に手段はない。刀を鞘に収め、内側を魔力で満たす。

 そして俺は、ゆっくりと一歩を踏み出し、その歩みを徐々に速めていく。


「──喰らえッ!!」

 俺は刀を一気に引き抜き、鞘内に溜め込んだ魔力を解き放つ。刀身が放つ光はまさに一筋の閃光となり、黒竜の胸元を狙い定め、全力で斬りかかった。


 だが、その刹那、急激に刀身の光が失われ、俺の一撃は虚しく空を切った。


「なっ⋯⋯」

 すると俺の動きを見ていた黒竜の目が、一瞬だけ細められたかと思うと、次の瞬間、まるで興味を失ったかのように目を伏せ、大きな翼を広げた。巨体が空に向かって舞い上がり、土埃が激しく巻き上がる。


「くそっ!」

 俺は怒りに任せて地面に左拳を打ちつけようとしたが、その時、手が動かないことに気づいた。感覚は確かにあるのに、目の前には空虚な空間しかない。左腕の先がもう存在しない現実が、ようやく俺の頭に押し寄せてきた。


 ──完全敗北だった。

 弟子の敵を討つつもりで臨んだ戦いだったのに、手も足も出せず、挙げ句の果てに左腕すら失った。シキがいなければ、死んでいたのは間違いなく俺の方だっただろう。


「クソが⋯⋯」

 唇を噛みしめ、拳を握りしめるが、無力感は消えない。こんなにも打ちひしがれたのは、生まれて初めてのことだった。


 弟子を失い、片腕を失った。自分の全てを懸けてきた刀術すら、黒竜相手には傷一つつけることができなかった。


「⋯⋯俺はこれから、一体どう生きていけばいいんだよ」

 その瞬間、俺の中で何かが砕け散る音がした。

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