第七十一話 覚悟
「⋯⋯ナガマサよ、急いでみんなを連れて逃げておくれ」
「それはいいが、あいつらからただで逃げ切れるとは思わねえぞ」
「そう、じゃろうな」
学園長は目を閉じた後、ゆっくりとナガマサに向き直った。
「だから──」
学園長がその言葉を口にした瞬間、ナガマサの顔つきが変わった。何かが彼の中で切り替わった。
「⋯⋯ああ、わかったぜ学園長」
ナガマサは腰にかけた刀を握りしめると、すぐにカインたちのもとへ駆け込んだ。
「いくぞ!」
ナガマサは力強くベルとカインを両脇に抱え、すぐさまモモとウィルに目配せをした。モモはその意図をすぐに理解し、頷いてウィルとともにナガマサの後に続いた。
その時、彼らの背後から冷え切った声が響き渡った。
「王子を連れてどこに行くつもりだ?」
カガミが冷笑を浮かべ、追いかけようとするが、その前に学園長が立ち塞がった。
「そう簡単には、行かせんよ」
「せめて私たちを倒してからにするのね。大事な弟子たちが逃げる時間ぐらいは稼がせてもらうわ」
学園長は鋭い眼光で彼を睨みつけ、モネも横に並んで視線を細める。
少し遅れて駆けつけたライゼンも、荒い息を整えて気迫を込めて声を張った。
「すまんっ、駆けつけるのが遅くなった!」
カガミの前に三人の教師が立ちはだかった。その彼らの眼差しに答えるように、カガミもゆっくりと見つめ返した。
「これだけの戦力。一体、君たちは何が目的なのかね」
「⋯⋯ん? ああ、まだ言っていなかったね」
すると、カガミの顔から笑みがスッと消えた。
「僕たちの目的は至ってシンプル──首都ルドベキアの陥落、そして、人族への復讐だ」
「なっ、どうしてそんなことを⋯⋯」
「どうしてって、人族がこれまで好き勝手やってきたせいでどれだけの種族が犠牲になったと思ってる。ハーフエルフの君もよくわかっているだろう。もう償って済む話じゃない。人族は罪を犯しすぎたんだ」
カガミの背後に控える精霊族と小人族の戦士。その冷徹な表情が、カガミの言葉が真実であることを物語っていた。
「ただ、ハーフエルフの君は別だ。どうだい、こちらに来ないか」
カガミが冷たい目でモネに尋ねる。
モネは短くため息をつくと、静かに答えた。
「⋯⋯たしかに、私もこの学園に通っていた頃、耳が違うせいでよくいじめられていたわ。でも、そんな私に手を差し伸べてくれた人族の教師がいた。その人がいたから、私は教師を目指すことができた。その人がいたから、私はここまで頑張れたの」
一瞬の沈黙の後、彼女は続けた。
「だから、その誘いには乗れないわ」
カガミは肩をすくめ、再度、冷たい笑みを浮かべた。
「そうかい、残念だ。なら、せいぜい時間稼ぎでもしてみなよ。僕の仲間相手にね」
そう言い放つと、カガミは黒竜に飛び乗り、悠然と彼らの頭上を飛び去っていく。
「止めるんだ!」
学園長たちはすぐに迎撃しようと構えるが、彼らの動きはカガミの背後に控えていた精霊族と小人族の戦士たちの存在によって瞬時に阻まれた。
その中で、無言のまま一歩前に出たのは、小人族の少女。彼女の手には、自らの身長をはるかに超える巨大な斧が握られていた。その斧をまるで棒切れのように軽々と振り回しながら、無表情でこちらに迫ってくる。その圧倒的な威圧感に、彼女がこれから何をしようとしているのか、その場にいた全員が直感的に悟った。
そして、敵は彼女だけじゃない。背後にいるのは、カリオス⋯⋯その名が示す通り、最強の称号を持つ男と、最凶と恐れられる無音が、静かに構えている。
「──やはり、私達に勝ち目は無いようですね」
エドワードがそう漏らす程に、状況は絶望的だった。
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私は弱かった。
誰も守れなかった。
弟を守れるくらい強くなると誓ったのに、何もできなかった。
生き残れたのも、ただ運が良かっただけだ。
たまたま竜の息吹の範囲外にいただけにすぎない。
それなのに、馬鹿な私は叫びながら家族の元に走り出してしまった。
そのせいで、竜に気づかれて、お父さんとお母さんは私を守るために逃げることができなくなってしまった。
──家族が死んだのは、全部私のせいだ。
私が弱くて、守る力がなかったせいで、弟が死んだ。
私が馬鹿だったせいで、お父さんとお母さんが死んだ。
竜を憎んだ。ただ、それ以上に、自分を憎んだ。
泣いた。いっぱい泣いた。
そんな私に残ったのは憎くてたまらない自分の命だけ。
もう大切な人はいない。
私は疲れ果てて、歩けなくなった。
その時、草むらの奥から紅い熊の魔獣が現れた。
それはゆっくりと、私に向かって近づいてくる。
逃げる気力はもう残っていなかった。
このまま、無惨に死ぬしかないと思った。
弱くて馬鹿な自分にふさわしい最期だと思った。
──そんな時、お父さんの声が聞こえた。
『生きろ!』
その言葉が私に最後の気力を与えてくれた。
「誰か⋯⋯助けてっ⋯!」
こんな森の奥で叫んだところで、助けは来ないとわかっていた。それでも、私にできるのはこれだけだった。
力を振り絞って、声を張り上げた。
そして、ゆっくりと目を開くと、眼前には炎をまとった魔獣の腕があった。
⋯⋯ああ。
これなら、大好きな家族と一緒に死んでいればよかった。
でも、そこで私は出会うことになった。
家族と同じくらい大切な人たちに。
『怪我はないかい、嬢ちゃん』
その声は、温かかった。
『ベルちゃん、これからあなたは私達家族の一員よ』
こんな私を、嫌な顔一つせずに迎えてくれた。
その日初めて会ったはずなのに、とても、居心地が良かった。
でも、夜になると夢を見た。竜に全てを破壊される夢。
──ああ、また自分のせいで大切な人を失ってしまう。
怖い、嫌だ、今度は耐えられない。
そんな恐怖に震えるしかできない私に、彼は優しく言った。
『もし次も怖い夢でも見たら、その時は怖くないように一緒に寝てやるよ』
──その言葉が、どれほど私の心を救ってくれたことか。
一度、私は大切な家族を失った。
それは、私が弱くて無力だったせい。
もう二度と、同じ過ちは許されない。
私は誓う。
誰よりも強くなって、今度こそ守り抜く。
大切な家族を、そして、大好きな彼を。
⋯⋯さあ、覚悟を決めよう、私。
これが──私の最初で最後の『抵抗』だ
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