第七十話 前世の後悔
話のスピードが早くなってしまった。
未だに俺は、仰向けのまま動けないでいた。
「いい試合だったぞ」
「ナガマサさん⋯⋯でも、負けちゃいました」
「それでも、俺の自慢だ」
敗けて悔しいのは変わらない。心の底から勝ちたかったのは本当だ。ただ、少しだけほっとしている自分がいる。
「カインさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとも無いよ」
俺が答えると同時に、どこかで聞いたことのある声が耳に入った。
「カイン」
俺の名前を呼ぶ声が、心臓を締め付けるように響いてきた。
「⋯⋯どうしたんだ、ベル」
「私、やっぱりカインのことが好き」
「──へ?」
突拍子もない告白。
まさか、こんな情けない姿のままされるとは思いもしなかった。ただ、それもベルらしいと言えばベルらしい。
俺がどう答えればいいか迷っているとベルの背後から不吉な気配がした。
「⋯⋯これは、何かの間違いだ」
急いで声のした方をみると、そこには虚ろな目をしたカルロが立っていた。
「おい、もう対抗戦は終わったぞ」
「うるさい!」
ナガマサが警告を発するが、カルロは無視して剣を引きずりながら、じりじりと近づいてくる。その目はすでに正気を失っていた。
「お前のせいで⋯⋯お前のせいでっ⋯⋯」
「ったく、いい加減にしないと──」
痺れを切らしたナガマサがカルロの前に立ち塞がろうとしたその瞬間、カルロから勢いよく水しぶきが上がった。だがそれは、ただの水しぶきではなかった。
「おい、何を飛ばして⋯⋯」
ナガマサが手で顔についた水滴を拭うと、指先が朱色に染まっていた。
──血だ。
慌てて視線を戻すと、カルロの胸から鋭利な刃物が突き出していた。
「──え?」
「⋯⋯お前、どういうつもりだ?」
理解が追いつかなかった。
だって、そのまま力なく倒れたカルロの後ろに立っていたのは──
「だから、どういうつもりだって聞いてんだ⋯⋯」
ナガマサは声を大にしてその名を叫んだ。
「──ツバキッ!!」
彼女は無言のまま、カルロに突き刺さった刀を抜くと、目を閉じて小さくつぶやいた。
「⋯⋯ごめん」
「あ? なんて──」
「ここは、儂に任せてくれないかね」
すると、ナガマサの前にふわりとエドワード学園長が降り立った。
「彼は問題児でしたが、それでも大事な生徒です。そんな彼を儂の眼の前で手にかけたということは、それ相応の覚悟があるのでしょうね」
「──ああ」
ツバキは深呼吸をし、そのままゆっくりと天を仰いだ。
「⋯⋯もう、後戻りできないところまで来ちゃったからね」
どこか悲しそうにするツバキとは反対に激しい足音と共に、声が響いく。
「大変です!!」
声を荒げながら、モネが駆け込んできた。
「こっちはそれどころじゃねえ!」
「こっちだって非常事態なんです! 上空に⋯⋯黒竜が現れました」
「は? 何言ってんだ。あいつは五年前から姿を消して──」
言葉が途切れる。突然、周囲が暗闇に包まれた。理由もわからず空を見上げると、太陽が完全に覆い隠されるほどの巨大な怪物が浮かんでいた。光を吸い込むように鈍く輝く傷だらけの鱗。その翼を広げた全長は、この闘技場を優に超えている。
『グオオオオオ!!』
「⋯⋯おいおい、まじでいるじゃねえか」
「そ、そんな──ああ、いや──」
「ベル、大丈夫か?」
突然、ベルの様子が急変した。ベルは頭を抱えてうずくまったまま、震えていた。まるで、初めて会ったあの日、半獣化で暴走したときのように、ブルブルと。
「ここにいましたか! 皆さん大丈夫ですか」
「モモ! 俺は大丈夫だけど、それよりベルの様子が」
「⋯⋯とにかく、早くこの場を離れましょう。ここにいては本当にまずいです」
「ああ、そうだな」
震え続けるベルを俺は急いで抱きかかえた。それを見たモネも、続けて指示を出す。
「すぐに生徒たちを避難させましょう。こういった時のために、学園にはあらかじめ、強力な魔力障壁を展開させています。数分は持ちこたえられるはずです」
「よしっ、お前ら! 死にたくなかったら、全速力でここから離れろ!!」
ナガマサの声が響いた途端、生徒たちは一斉に動き出す。
しかし、安心する暇はなかった。轟音と共に、青白い光が学園の上空で閃き、魔力障壁に衝撃が走った。
「⋯⋯これは、やられましたね」
学園長が低くつぶやく。
「学園長、それはどういう──」
すると言葉を遮るように、魔力障壁が激しく揺れ、一瞬で粉々に砕け散った。
「そんなっ、どうして⋯⋯」
「迂闊でした。今日は対抗戦のため、学園内の警備が手薄になっていました。もし私達がこちらの運営に関わっている間に、内部に内通者がいれば、動力源をいとも簡単に破壊できてしまうでしょう。こういったものは、内部からの攻撃に弱いですからね。残念です。もし敵が彼女と黒竜だけなら、どうにか対処できたのですがね」
学園長が空を見上げると、障壁の残骸が舞う中、四つの影が天から降ってきた。
「──さすが、リンドウさんの娘だ。期待以上の働きだよ」
それらが降り立つと、その正体が明らかになった。
「え、そんな──」
「そういうことでしたか」
「まさか⋯⋯」
「──」
四つの影。
「『ボタン』おねえ、ちゃん?」
「大きなったね、モモ」
その一つは、誰かにとっての憧れ。
「どうして貴方ともあろうお方がそちらに立っておられるのですか、お師匠様──いえ、精霊国元国王『カリオス様』」
「久方ぶりだな、エドワード」
その一つは、最強の存在。
「──王族なら、誰もが知っています。狙った獲物は必ず仕留める。音を立てること無く任務を遂行する様からついたその名は『無音』」
「⋯⋯」
その一つは、絶望の名。
──そして、最後の一つは。
「嘘、だろ⋯⋯」
一度たりとも、その顔を忘れたことはなかった。
この世界では珍しい顔立ち。多少、以前とは変わっていたが、すぐに分かった。
いじめの標的になるのを恐れて、自分の保身のために彼を見捨てたことを、俺はずっと後悔してきた。もしやり直せるなら、彼に手を差し伸べたのにと、ただただ自分勝手な妄想を抱き続けてきた。
その彼が⋯⋯
俺が前世で手を差し伸べる勇気がなかったために死んでしまった彼が、今、確実に俺の眼の前に立っている。
彼の名は⋯⋯
「【カガミ リョウ】」
「──どうして僕の名を知っているんだい?」
「おい、カイン。お前⋯⋯」
それは、俺の『前世の後悔』そのものだった。
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