第六十九話 決着
──パチッ。
俺が瞬きをした瞬間、予備動作なしに放たれたベルの足は瞬間移動でもしたかのように俺の眼前に現れた。
コンマ数秒、それだけで勝負がつく世界だ。脳で考えるよりに先に、反射で体が動く。
上体を後ろに倒すと、ベルの足先が鼻を掠めた。
「流石だよ、カイン」
「ベルこそ⋯⋯」
しかし、ベルは攻撃が外れたことで得た回転を利用し、くるりと回って後ろ蹴りを炸裂させた。とっさに鞘で防御するも、さすがは獣人だ。その衝撃で身体が宙に浮き、はるか後方に吹き飛ばされる。
「全く、何が流石だ⋯⋯」
その最中、追撃しようとするベルを阻止するため、飛ばされながらも魔法陣を複数設置する。
真正面からやり合っても、ベルのスピードに勝てるわけがない。後手になるだけだ。
すなわち、俺が勝つには『奇襲』しかない。
最初は、魔法で撹乱する。
まず、『中級魔法 地壁』で岩壁を何枚も張り巡らせ、完全に俺という標的を見えなくする。
その間に一回転することで衝撃を逃がし、万全の体制で着地するとそのまま林の中に身を隠そうとした。
「どこに、行こうとしてるの?」
「まじ、か」
数回の破裂音がしたと思ったら、眼前の岩壁が破壊された。とっさに身を翻すと寸前のところでベルの拳が空を切り、背後にあった樹を粉砕する。
危なかった。もう少しで喰らうところだった。
急いで体勢を戻そうとしても、逸れを許すほど楽な相手じゃない。
的確な追撃に、どんどん後退させられる。
どうにかして流れを変えないと⋯⋯
「これなら、どうだ」
足元に強力な上昇気流を発生させると、俺の身体は上空に飛ばされた。
それを追ってベルも飛躍してくるが、空中でならベルの来る方向が一つに絞られる。
「俺が近接戦闘しかできないと思うなよ。『上級魔法 隕石』!!」
体躯の何倍もある、炎をまとった巨大な岩石が突如出現する。
地上にいたら絶対に避けられることだろう。しかし、ここは空中。いくらベルでも、これを避けるのは不可能だ。
「喰らえ!!」
手を振り下ろすと、それに呼応するように巨石が自由落下を開始する。
徐々に加速するそれが、ベルの姿を覆い隠したとき、それは起こった。
「──初めて会った日以来だね。この姿で、カインと戦うのは」
「なっ⋯⋯!」
ミシッ、と軋む音がした。
嘘、だろ。
輝きを放つ軌跡が巨石を破壊し、その瞬間、ベルの蹴りが俺の脇腹に突き刺さっていた。
逆立つ毛並みに鋭い目つき。久しぶりに見る、これがベルの『半獣化』の力。
まさか、これほどまでに速いとはな。
だが、これはつまり、ベルが全力を出さないといけないところまで追い詰めたということ。
──これで、俺も気負いなく全力を出せる。
『我、異世界から来た者なり』
そう唱えた瞬間、身体からゆらゆらと紅焔が浮かび上がる。
保って一分。この間におそらく決着する。
ここからは死闘だ。
俺は深呼吸をして、全身に魔力を巡らせた。背後に数多の魔法陣が展開され、まばゆい光を放ち始める。
「行くぞ、ベル!!」
「うん」
叫ぶとともに、魔法陣から火球や氷矢を次々と放った。しかし、ベルはそのすべてを目にも止まらぬ速さで躱し、地を蹴って俺に迫ってくる。
「まだだ!」
俺は瞬時に次の魔法陣を展開し、雷の槍を放った。しかし、ベルはその槍を横目にさらに速度を上げて接近してくる。その動きはまるで獣そのもの。しなやかで、一瞬の隙もない。
ベルが間合いに入り込み、鋭い爪を俺の胸に向けて繰り出す。俺は身体を捻り、辛うじてその攻撃を避ける。避けた瞬間、背後の魔法陣から新たな魔法を発動させ、ベルの背後に三枚の巨大な氷壁を出現させた。
「逃さないぞ」
「ふんっ」
ベルの動きを封じ込めるように氷壁が迫るも、ベルは氷壁を蹴り飛ばし、一気に飛び上がった。その一瞬の隙に、俺はさらに魔法陣を展開する
「ベルなら、そうするよな」
俺は背後に展開された魔法陣から、一斉に魔法を放った。炎、氷、雷の数多の魔法が弾幕になってベルに襲いかかる。しかし、ベルはそれらすべてを真正面から受け止めるように、全力で飛び込んできた。
「カインは強いね。本当に⋯⋯」
二つの力が激突し、爆発音とともに衝撃波が生じた。その衝撃波が土埃を巻き上げ、戦場は瞬く間に土煙に包まれる。ベルの姿を見失ったが、それはきっと向こうも同じはず。
こうなったら、おそらく先に相手を見つけたほうが勝つ。
そして、薄れゆく土煙の中で、先に視界に捉えたのは俺だった。ベルの影がぼんやりと浮かび上がった。
──これで、条件は揃った。
集中し、鞘に魔力を注ぎ込む。手の震えを感じるも、俺は迷わず刀の柄に手をかけた。
そして一気に地面を蹴ると、ついにベルの背後を捉えた。
「俺の、勝ちだ!!」
そう確信し、勢いよく刀を抜こうとした瞬間、それは起こった。
「──まさか、全力を出すことになるなんてね」
「⋯⋯は?」
突如、ベルの全身に稲妻が走った。
獣毛が全身に広がり、その色は純白へと変化する。膨れ上がった筋肉に、瞳孔は黄金色の輝きを灯す。
それは、まるで獣そのもの。俺の知っているベルの姿ではなかった。
本能が『今すぐ逃げろ』と警鈴を鳴らしてくる。
さっきの手の震えは武者震いなんかではなかった。
恐怖していたんだ、目の前に立つ、得体のしれない怪物に。
──それでも、やるしかない。
このチャンスを逃すわけにはいかない。もう勝機はやってこない。
自分を信じろ、師匠を信じろ、教えを信じろ。
たとえ、これまでのベルが全力ではなかったとしても、今、俺はベルの背後を取っている。
やるんだ俺、ここでやらなくて、いつやるんだ。
「⋯⋯ッ、『天衝』!!」
一気に刀を引き抜くと、魔力で覆われた刀身が煌めく。
──技は成功した。
だが、その一瞬が永遠に感じられるほどの刹那、ベルの反応が上回った。
ベルの拳が稲妻のような速さで抜きかけの刀に衝突する。瞬間、衝撃が腕を通して全身に伝わり、息が詰まるほどの圧力が押し寄せる
「ぐっ⋯⋯!」
二つの力が激しくぶつかり合う。その音はまるで雷鳴のように轟き渡った。俺の刀はその衝撃に耐えきれず、亀裂が入り始める。全身の力を振り絞って押し返そうとするが、変身したベルの圧倒的な力には敵わない。
「このままじゃ⋯⋯!」
刀身がきしみ、限界が近づいているのがわかる。
全力で抗おうとする俺の心臓は、鼓動が早鐘のように鳴り響いていた。だが、対するベルの瞳には迷いがなく、黄金色の輝きが俺を圧倒する。
視界の隅で刀が崩れ始め、絶望が一瞬、心を掠めた。
「──俺は、負けないんだ、絶対に!」
再び全力で押し返そうとするが、限界が来た。
──パキッ。
刹那、刀が音を立てて崩壊し、鋭い破片が四方に飛び散った。そしてベルの拳が再度、俺の腹部に突き刺さる。猛烈な痛みが全身を貫き、視界が揺らぎ始めた。
「くっ⋯⋯!」
痛みとともに、力が抜けていく。全身が震え、呼吸が乱れる。
勝てないのか? このまま終わるのか?
嫌だ、負けたく、ない⋯⋯
叫びたい気持ちを抑えきれないが、声が出ない。意識が遠のいていく中、ぼやける視界の向こうに何かが見えた。
「⋯⋯試合に勝って、勝負に負ける、か」
その言葉の意味を瞬時に理解したベルはハッと後ろを振り向くがすでに手遅れだった。
水晶が破壊される音がした。
「素晴らしい勝負でしたよ、カインさん」
「⋯⋯ああ」
それは、試合終了の合図だった。
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