第六十七話 決戦の時
とうとう、その日はやって来た。初戦はモモのいるBクラスとCクラスの対決。眼前では色鮮やかな魔法が交差し、戦いの熱気が空気を震わせている。
「ふう⋯⋯」
俺は大きなため息を吐いた。この一ヶ月、俺は全ての時間をこの日のために費やしてきた。寝る間も惜しんで、鍛錬に励み、今日のことを考えなかった日は一日たりともなかった。
⋯⋯それなのに、それなのにだ。どうしてこんなにも不安で頭がいっぱいになるんだ?
手が震える。
足が震える。
心が震える。
ああ、俺ってこんなにも臆病になったのか。いや、違う。ずっと俺は臆病だったんだ。
──あいつを見捨てたあの瞬間から。
──怖い。
これまで積み上げてきたすべてが、否定されることが
──怖い。
これまでの努力が、無駄になってしまうことが。
「カインさん、BクラスとCクラスの試合が終わりましたね」
「うん、さすがモモだ。たった一人で圧倒してたな」
「僕たちも負けてはいられませんね」
「⋯⋯ああ、そうだな」
そしてなにより、信頼してくれる人を失うことが、俺はどうしようもなく怖いんだ。
「⋯⋯行こうか」
「はい!」
でも、今更後には引けない。
今日ここで、俺はベルと決着をつけるんだ。
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「それにしても、すごいですよね。昨日まで闘技場があったはずなのに、今はここ一帯が地形ごと変わっているんですからね」
「ああ、改めてこの学園の凄さを実感するよ」
会場はかつて俺たちが入学試験を行った闘技場。しかし、そのときとは景色が一変している。焼け焦げた木々、えぐれた地面。そこに人工物はなく、実戦を意識した自然物のみで会場が形成されている。広さはちょうどサッカーコート一面分ほど。そのエリアだけがまるで別世界のように異質な雰囲気を放っていた。
まさか、学園の一部を変形させて行うなんて、考えもしなかった。なにより、驚くべきは、その戦場をまるごと包むドーム状の薄透明な壁だ。入学試験のとき、モモの魔法をモネ先生が防いだときのものよく似ている。現に、BクラスとCクラスの魔法がこの壁にあたってもびくともしなかった。それほどの強度のものをこの大きさで展開するなんてことが可能だったとは。
「それでは、今から地形を修復しますので少々お待ち下さい」
拡声されたモネの声が響き渡ると、学園長とモネ先生が揃って杖を掲げた。すると、地響きが大地を震わせ、荒れ果てた雑木林が瞬く間に修復されていく。変形していた地形も隆起を繰り返し、元の姿へと戻っていった。
⋯⋯実戦において、整った地面で戦うことはめったにない。初めて魔物を狩ったあの日に、ダインにそう教えられた。木の根が、ぬかるんだ泥が、足の自由を奪う。もしもその環境に慣れていなければ、本来の実力の半分も発揮できないだろう。きっとこの対抗戦は、その状況でどのように臨機応変に対応するかを試されているんだろう。
「まあ、冒険者をしていた俺には関係のない話だけれど」
──そして、それは向こうも同じ⋯⋯いや、それ以上に有利だろう。なんせ、獣人と呼ばれる種族だからな。
「準備が完了しましたので、AクラスとDクラスの生徒は各自入場してください」
「入りましょう!」
「⋯⋯ああ」
モネ先生の合図とともに、俺たちは一斉にドームの中へ足を踏み入れると、そこは外から見た以上に青々とした世界が広がっていた。
「まるで別世界ですね。これじゃあ、敵も味方も一瞬で見失ってしまいそうです」
「敵が馬鹿正直に来てくれれば助かるんだけどな。たしか、敗北の条件は全滅か、もしくはあれを破壊されることだろう?」
そう言いながら俺は後ろに視線を移す。そこにあるのは、自然物に囲まれた中で異彩を放つ、台座に固定された透明な球体の水晶。それは俺たちDクラスの陣地の一番後方に設置されていた。
「はい、魔法でも武器を使ってでも、とにかく破壊された時点で僕たちの敗北が確定します。まあ、破壊の心配はおそらくしなくても大丈夫だと思いまけどね。」
「確かにな。おかげで俺はベルとの戦いに集中できそうだ」
すると、聞き慣れない声が背後から聞こえてきた。
「おや、誰かと思ったらカイン君と第一王子のウィル様じゃないか」
「えっと、君は⋯⋯」
「ひどいなあ、ルークだよ。入学初日に話したじゃないか」
「あー、そうだったんだね。てっきり、学園をやめたと思ったよ」
「まさか、せっかく入学したのに辞めるだなんて、そんなのもったいないからね。まあ、あのナガマサとかいうクソ教師には驚かされたけど。それより、せっかくあのAクラスと戦うことになったんだ。一矢報いてやろうと思ってね、みんなも集まってくれたんだよ」
ルークの言葉通り、彼の背後からクラスメイトらしき集団が次々と姿を現した。
「みんなで協力すれば、あのAクラスだって怖くないさ。カイン君、君もそう思うよね?」
「⋯⋯ああ、もちろん」
「よし! それじゃあ、みんな配置についてくれ」
ルークの合図とともに、クラスメイトたちは一斉に持ち場に向かって動き出した。
「俺たちはどこにつけばいいんだ?」
「ウィル様は後方で水晶を守ってもらう。そして君はすまないけど最前線に行ってくれるかな。あのナガマサと張り合った実力ならそこが一番だと思ってね」
「⋯⋯たしかに、俺としてもそのほうがありがたいね」
俺はルークの指示に従って両クラスの境界線に向かった。
「カインさん⋯⋯健闘を祈ります」
「うん、行ってくる」
すーっと深呼吸して、緊張で高鳴る鼓動を少しずつ抑えていく。あたりを見渡すと、観覧席の様子がよく見えた。
「おっ、いた」
わざわざ探す必要がないくらい、一際目立つ存在感を放ちながら、ナガマサは腕を組んでこちらをじっと睨んでいた。その表情といったら、今話しかけたらただじゃ済まなそうな雰囲気だ。現に、周りには誰もいないし。
──たしか師匠も見に来るって言っていたよな。
俺は、なんとなく師匠の姿を探したが、どうやらすぐには見つけられそうにない。まあ、これだけの観衆の中だ、ナガマサみたいに目立つわけじゃない限り、見つけ出すのは至難の技だ。
ただ、師匠のことだ。きっと、どこかで見ていることだろう。
「⋯⋯さて、と」
俺は境界線の前で歩を止め、ゆっくり腰にかけた刀に手を添える。線を超えた先にはAクラスであろう生徒たちが武器を手に、無防備な姿勢で立ち並んでいる。
静寂が辺りを包み込むと、それに合わせて、モネ先生が静かに片手を上げて宣言する。
「両者、準備はできましたね。それでは⋯⋯」
この日のために準備はしてきた。
大丈夫、大丈夫だ。俺はやれる。
心の中でそう自分に言い聞かせながら、ぐっと力強く鞘を握りしめる。
──俺は今日、ベルに勝つんだ。
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