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第六十六話 背徳感

「ここは、冒険者ギルドですか⋯⋯?」

「ああ、さあ早く中に入ろう」

「わ、わかりました」

 ウィルは状況がつかめない様子で、俺に促されるままギルドの中へと足を踏み入れた。まあ、ウィルがこんな反応をするのも無理はない。俺もグラジオに教えられるまで、こんなところに娯楽があるなんて知らなかったからな。


「僕、冒険者ギルドって初めてきました」

「へー、そうだったんだ。でも今から行くところは冒険者ギルド内でもまた別の場所だ」

「そ、それって一体⋯⋯」

 未だ困惑しているウィルを連れて、俺も数年ぶりに地下へと続く階段を降り始めた。どうやら、この街のギルドも内装は他と統一されているらしい。ニースの冒険者ギルドでの出来事が、昨日のことのように鮮明に蘇ってくる。


 まさか、またここを訪れる日が来るとは思わなかった。俺は木製の両開きのドアを勢いよく押し開けた。


「ここってもしかして⋯⋯」

「そう、今から俺達がするのは──ギャンブルだ!!」

「わあ、これが賭博場ってところなんですね!」

 純粋無垢なウィルが、目を輝かせながらあちこちを見つめている姿に、つられて俺も気分が高揚してくる。それに、このなんだかいけないことを教えている感覚が、なんともたまらん。これが背徳感っていうやつなのかな⋯⋯。


 そんな馬鹿なことを考えていた俺だったが、ウィルの一言ですぐに現実に引き戻された。


「でもいいのでしょうか、王族の僕がこんな場所に来てしまっても」

「ん? そりゃあ⋯⋯」


 ──良いわけがないよな。


「ウィル⋯⋯」

「はい」

「戻ろうか」

「ですよね」


 どうして今まで忘れていたのだろう、ウィルがこの国の第二王子であるということを。普通、王子を賭博場に連れ込むなんて、常識的に考えてやばいことぐらいわかるだろ⋯⋯


 くそっ、どうやら久しぶりにギャンブルできると思ったときから、俺はギャンブルという名の誘惑に完全に飲み込まれていたのかもしれない。


 焦る俺は、すぐにウィルと一緒に回れ右をして、入ってきた扉に手をかけようとした。しかし、その瞬間。手が触れる前に、ギイッと音を立てて扉が勝手に開いた。


「あ⋯⋯」

「ん?」

 やばい、見られててしまった⋯⋯!

  そう思ったが、出入り口の前に立っていたのは意外な人物だった。


「カイン、お前⋯⋯この国の王子連れて、なんていう場所に来てるんだ?」

「そっちこそ、母さんにギャンブルは禁止されていませんでしたか⋯⋯師匠?」



 //////



「──カイン、ここであったことは絶対に誰にも言うなよ。特にルミアには絶対言っちゃだめだからな」

「師匠こそ、他言無用でお願いしますよ」

「ああ、もちろんだとも」

 俺達は冒険者ギルドを後にして、学園へと向かっていた。


「それより、久しぶりだな。モモとベルは元気にしているか?」

「それは、もちろん⋯⋯あいつらなら元気にしていると思います」

「──そうか。そういえば、お前ら、クラス対抗戦とかいう面白いことやるらしいな」

「そうですけど、よく知ってますね」

「まあな。そこでお願いなんだが⋯⋯」

 するとツバキは俺とウィルによく聞こえるように、身体を寄せてきた。


「その日、その対抗戦を観戦させてくれないか。みんながどこまで成長したか見てみたくてな」

「観戦、ですか⋯⋯ウィル、大丈夫そうかな?」

「はい、ツバキさんなら教授の方たちとも面識がありますし、問題ないと思います」

「だそうですよ、師匠。ナガマサさんにも話を通しておきますね」

「ほんとか! いやー助かる!」

「当然ですよ。みんなも、師匠に成長した姿を見せたい、でしょうし⋯⋯」


 ──言葉が詰まるのと同時に、ふと、ある考えが頭をよぎった。

 もしこれで、俺がベルに完膚なきまでに負けたら師匠はどう思うのだろう、と。


 落胆するのか、失望するのか。

 ──それとも、また前世のように呆れられてしまうのか。


 最近、やたらと前世の思い出が浮かび上がってくる。怠惰で、すべてを後悔していた、あの人生の思い出が。

 俺は転生したとき、この世界では後悔のないように生きると誓った。

 その誓いを守るために、刀を振り、魔法を放ち、日々鍛錬を積んできた。前世での反省を活かして、まったく違う道を二回目の人生では歩んできたはずだ。

 ⋯⋯それなのに、どうして俺は。


 ──今も前世に怯えているんだ?


 もしかして、俺はまたこの世界でも⋯⋯


「おい、大丈夫か?」

「⋯⋯あ、すみません。少しぼーっとしてしまって」

 気づけば、もうすでに目的地である校門前に到着していた。

 ツバキとウィルが先を歩いているのが見える。俺だけが取り残されたような気がして、慌てて足を進めた。


「もう着いちゃったか。それじゃあ、最後に、その対抗戦には学園長も見に来るのか?」

「多分いらっしゃると思いますけど、どうしてそんなことを?」

「なに、せっかくだし、ひと目見ておきたくてな。それじゃあ二人共⋯⋯くれぐれも、いや、絶対に無理はするなよ」

「は、はい⋯⋯わかりました」

 ツバキの最後の言葉にどんな意図があったのか、このときの俺には知る由もなかった。


 様々な思惑が交差するクラス対抗戦。


 勝利に拘る者。

「⋯⋯絶対に、負けない」


 謀略をめぐらす者。

「かわいそうな君たちに、チャンスを与えてあげよう」


 そして、その背後では、巨大な計画が今も静かに⋯⋯


「⋯⋯それじゃあ、行こうか」

 ──動き出していた。



「ところでカインさんは何を買いに街へ行かれたんですか?」

「⋯⋯あ、ポーション買うの忘れてた」

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