第六十三話 継承
「それじゃあまずは、お手本を見せるとするか」
「はい、よろしくお願いします」
「ちゃんと見てろよ、一度しかやらねえからな」
ナガマサは言葉と共に、静かに刀の柄に手を置き、重々しい気配を纏いながら低い姿勢を取る。すると、辺りは一気に静寂に包まれ、空気が張り詰める。すべてが停止したかのような数秒の沈黙。
その間、鞘と柄のわずかな隙間から、朱色の光がじわじわと漏れ出してきた。
そして、突如として風を切る音が響く。
「ふんっ!!」
ナガマサの体が動いたのは一瞬、否、その動きすら見えなかったかもしれない。刀が一気に引き抜かれ、閃光が空中に一線を描く。
眩い光が刀の軌跡に沿って地面を切り裂き、刀身を遥かに超える巨大な斬撃が放たれる。その斬撃は視界を真っ二つに裂き、空高く天をも貫くように伸びていった。
「ナガマサさん、これはいったい⋯⋯」
「なに、そんな驚くことはねえよ。こいつは『居合』と呼ばれていた技を俺が改良した⋯⋯」
ナガマサは微かに笑いながら、こちらを振り向くと同時に、刀を鞘に納める音が鳴る。
「──名を『天衝』だ」
「てん、しょう⋯⋯」
「理屈は簡単だ。刀を納めた状態の鞘の中身を魔力で満たすんだ。ま、刀気の応用だな。だが、込めすぎると鞘のほうが持たなくなる。その加減が難しいんだよ。こればかりは数打つしかねえ」
「数打つと言われても、刀は一本しか持ってないのですが⋯⋯」
「安心しろ、そのために使わなくなった刀を大量に準備した」
ナガマサの視線を追ってみると、そこには言葉通り、乱雑に積まれた刀の山があった。
「ついでに大量の魔力ポーションも用意してある。覚悟しろよ、これからお前はこの一撃にすべてを掛けてもらう。それにお前の魔力量だとすぐに底がついちまうからな、数十回は魔力切れを起こすぞ」
「⋯⋯わ、かりました」
ナガマサの不気味な笑みに嫌な予感を覚えつつ、俺も覚悟を決める。
しかし、不思議な感じだ。数年前、グラジオと「剣気」を特訓したときのことを思い出す。あのときも、魔力切れを何度も起こして、ポーションを浴びるほど飲んだことがあったな。
「⋯⋯」
「ん? どうしたんだ」
「いえ、なんでもないです」
俺は軽く首を振った。
大丈夫、グラジオの教えは俺の中に確かに刻まれている。今でも、あのときの教えは決して忘れていない。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「おう、任せろ」
/////////
「それでは、儂らも始めるとするかのう」
「はい! よろしくお願いします」
カインさんたちと別れて、僕とエドワード教授は、少し開けた場所にやってきた。まさか、本当にあのエドワード様にご教示いただけるなんて。
「お主は支援魔法についてどれほど理解しているのかい?」
「それが、まだ使えるようになってから浅く、ほとんどわからないにちかいです」
「ふむ、では簡単に説明しておこうかの。支援魔法とは端的に言えば、万能な魔法じゃ。身体能力の強化、魔法の威力の増幅、さらには知覚能力までもが強化できる。もっとも、一度にそれら全てを強化できる術もあるにはあるのじゃが⋯⋯」
「一度に、ですか」
支援魔法でさえ、十分強力なはずだ。それなのに、そのさらに上があるなんて⋯⋯
「ちなみにその術とは、一体どういったものなのですか」
「なに、異世界人というごく一部の者しか使えぬ禁術じゃよ。お主には関係のない話じゃ、気にすることはない。それより、はじめようとするかのう。お主には、強くなってもらわないといけないからのう」
「⋯⋯はいっ!」
そうだ、僕は強くならないといけない。強くなって、カインさんの横に胸を張って立てるようになってみせるんだ。
「ナガマサからは、カインという子に支援魔法をかけられるようにしてくれと言われておる。たしか、あの子の魔力の色は『赤』じゃったな?」
「カインさんに、ですか?」
「ああ、理由は教えてくれなかったがのう」
そう言うと、エドワード学園長はこちらを見て、柔らかく笑いかけた。
「さあウィルや、儂を強化してみよ」
「でも、エドワード学園長は支援魔法の使い手です。魔力の色は白ですよね?」
「ふぉっふぉっふぉ、その点を心配する必要はない」
そう言うと、エドワード学園長の身体の周りに魔力が漂い始めた。最初は白い輝きを放っていた魔力だったが、すぐにその色は豹変する。
「赤に、変わった⋯⋯?」
「驚くことはない。白は万能、このくらいお主もできるようになる」
「それが僕にも⋯⋯」
実感は湧かない。でも、学園長ができると言ったんだ。ナガマサさんも、僕にこれができるようになると信じて、学園長に頼んだんだ。
「僕にも、できるようになるんですか」
僕は、自分を信じていない。兄に蔑まれ、見下され、僕の世界には僕の居場所がなかった。
でも──
「ああ、もちろん。お主ならすぐに習得するさ」
「⋯⋯はい!」
そんな自分を信じてくれたみんなを、僕が信じなくてどうするんだ。
「それに、お主には私の秘技も習得してもらわなくてはいけないからのう」
「僕が、エドワード学園長の秘技をですか⋯⋯?」
「そうだとも。しかし油断してはならない。実は各クラスの教師たちにも同じように、自らの技を授けるにふさわしい生徒を選べ、と通達しておる。今頃、選ばれた生徒たちもお主同様、秘技を習得すべく奮闘しておるはずじゃ」
「──そうですか」
それなら、きっとカインさんもナガマサさんから特訓を受けているに違いない。でも、どうしてそんなことをするんだろう。秘技というのは、その人にとって切り札のようなもの。普通、そう簡単に他人に教えるものではないはずだ。
それも僕みたいな、落ちこぼれの生徒にはなおさら⋯⋯
「なぜ、そのようなことをなさるのですか。教師の方々にとっては、メリットのない話のように思えるのですが⋯⋯」
僕がそう尋ねると、学園長の表情からふっと笑みが消えた。
「なに、伝えられるうちに伝えるというのが、先人たちの使命というものじゃ。これは長く生きてきた者の勘というやつじゃが──そう遠くないうちに、不吉なことが起きる。おそらく無事では済まないじゃろうな」
「まさか、ここには名だたる方々がいらっしゃいます。もちろんエドワード様も。そんなことが起こるとすれば、国家規模での戦争でも起きない限り⋯⋯」
「──ふぉっふぉっふぉ、すまない。少し、話が逸れてしまったのう。それでは、さっそく特訓を始めようかのう」
「⋯⋯はい」
このときの学園長は一体どこまで見えていたのか、その答えを僕が知ることは、永遠に訪れなかった。
/////
そして同時刻、場所は薄暗い洞窟の奥。ひんやりと湿気を帯びた空気の中、四つの影が静かに誰かを待ち構えていた。彼らは長いコートを身にまとい、フードを深く被って顔を隠している。その彼らの前に、足音を立てずに一人の人物が姿を現した。洞窟の天井から滴る水滴の音が静かに響き渡る中、その人物は無言のまま彼らを見据え、ゆっくりと口を開く。
「⋯⋯本当に知っているんだな? 『リンドウ』について」
一つの影が一歩前に出ると、低く響く声で答えた。
「──ああ、もちろん。なんせ僕たちは彼とともに旅をしていたのだからね」
そう言うと、その影は背後に潜む巨大な化け物のようなシルエットを見上げ、手を大きく広げた。
「パーティー名は『まだ名も無き者たちよ』。リンドウさんが死んだ、あの日に一体何が起きたのか。その全てを──」
一瞬の沈黙の後、影が静かに言い放つ。
「⋯⋯君に教えてあげよう」
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