第六十一話 弟子のリンドウ
リンドウは才能だけで言ってしまえば、オレを凌いでいた。
「お前はほんとに日に日に強くなるな」
「師匠の教え方が良いからですよ」
「そりゃあ、当たり前だろ。なんせ俺は刀神って呼ばれてるんだからな」
「はいはい、それもう何回も聞きましたよ」
オレと同じく長い長髪を後ろでまとめている二十歳手前の若造。初めて会ったときはオレの胸くらいの身長しかなく、小汚えガキだったのが今ではこんなにも生意気に育っちまった。
正直言って最初は拾う気はなかった。ただ、顔つきをみれば、すぐに分かった。
『ああ、こいつ、異世界からやってきたんだな』って。しかも、おそらく親父と同じ『ニホン』とか言う国から。
羽織っている着物、顔立ち。そして、腰に携えている刀。
これらを見て、見捨てるわけにいかなかった。
最初は言葉も伝わらず、苦労した。たまたまオレがニホン語を知っていたから、なんとか意思疎通は取れたが⋯⋯。
「どうされたんですか、師匠」
「ん? ああ、お前を拾った時のことを思い出していてな」
「ずいぶん昔のことを思い出しているんですね。あのときは拾ってくださりありがとうございました」
「おいおい、なんだよいきなりかしこまりやがって」
「もし、師匠が拾ってくれなかったら今の自分はありませんから」
「⋯⋯ったく、調子が狂うぜ」
──だが、こいつが言っていることは確かだ。
年に数回、ここシモウサにはこいつと似たような境遇のやつが流れてくる。それこそオレのようにたまたま日本語を知っているやつが拾ってくるんだが。
異世界人はなぜか大量の魔力を保有しているのに魔法の使い方を知っているやつを見たことがない。
つまりだ、魔力を大量に保有しているのに危険性が少なく、かつ言語が通じず、大抵疲弊しているため簡単に騙しやすいこいつら異世界人は、『奴隷』にするにはピッタリの人材ってわけだ。
まあ、言語が通じない時点で真っ当に生きていくのはほぼ不可能。なら、そのまま野垂れ死ぬより奴隷になる方が幸せなのかもしれないが、親父が異世界人ってのもあって、奴隷になったやつらを見ると気分が悪くなる。
──本当に、異世界人ってのはどこまでも『可哀想な存在』だ。あれのせいで、異世界人はこの世界に呼ばれつづけ、そして呼ばれた理由もわからないまま、ただ無意味にその命を散らしていく。
せめてその負の連鎖を終わらせてやれたらよかったんだがな、あれはさすがのオレでも無理だ。こればかりは諦めるしかない。
「はあ」
「どうされたんですか?」
「いやなんでもない。それより、どうしてこの村をでることにしたんだ?」
「⋯⋯師匠に助けてもらったときから、ずっと目標にしてることがあるのです。その目標のためにまず冒険者になってみようと思いまして。自分の実力がどこまで通じるか良い指標になると思いますし」
「ふっそうか。ま、今のお前に敵うやつはいないと思うけどな」
「⋯⋯師匠ってお世辞言えるんですね」
「あ? なんだ褒めちゃ悪いのか?」
いえいえ、と軽く受け流すこいつはどうやら、本当に自身の実力をわかっていないらしい。まったく、自覚がないってのも考えもんだな。
「まあいい、それじゃあお前のガキはどうするんだ」
「そうですね、ツバキももうよい年頃ですし、この機会に独り立ちさせるつもりです。まあ、流石に私が寂しいので時々帰ってくるつもりですが」
すると、リンドウはなにか思いついたように手を合わせた。
「そうだ! 娘にも稽古をつけてくださいませんか?」
「はあ? 何だオレが⋯⋯」
「師匠以上に任せられる人がいないからですよ」
⋯⋯全く、困ったもんだ。こいつに頼まれると断ろうにもいつのまにか断れなくなっちまった。
「オレはいいが、そのガキはいいって言ったのか?」
「はい、それにこれはツバキの方からお願いしてきたんです。何度でもいいますが、ボクの愛娘を託せるのは師匠だけなんですよ」
「はあー、わかったよ。そのかわりたまには顔出せよ」
「もちろんです」
それからあいつは言葉通り、シモウサを出て、冒険者になった。次に会ったのは一年後だった。
「おとーさん!」
「おーツバキ! ごめんな、たまにしか顔を出せなくて」
「ううん、それより聞いてよ! 私とうとう剣気使えるようになったんだ」
「それはすごいな! さすが我が娘」
一年経ってもリンドウは何も変わっていなかった。それに比べて、ツバキはその間に身長が一気に伸び、もうリンドウの肩くらいまで迫っている。
「でも、まさかプラチナランクになって帰ってくるとはな。たしか冒険者の中でも最高ランクだろ?」
「たまたまですよ、仲間に恵まれたこともありますしね」
すると、リンドウはなにか思い出したようで話を続ける。
「そういえば旅の道中、僕と同じ異世界人の子どもと出会ったんですよ」
「どうせお前のことだ、助けてあげたんだろ?」
「もちろんです。なんでもその子がいた元の世界、ニホンは私がいたニホンの何年も未来からだったんですよ。その時代には武器を帯刀する必要がなく、平和そのものだったそうなんです!」
「そりゃあ、いいじゃねえか。だがそうなるといきなりこの世界にきて馴染めんのか?」
言ってしまえば、この世界では殺し合いが普通だ。もちろん相手は魔獣だけでなく、人の場合だってある。この世界で殺しをせずに生きれるのなんて、いわば、貴族のお坊ちゃまくらいだろう。そのお坊ちゃまにいきなり生き物を殺してみろと言ったら、まあできるはずがないよな。
「それが思ったよりもはやく順応していったんです。魔法だってすぐに使いこなしてしまって、もう私以上に使いこなしています。まるで元からこの世界を知っていたかのくらいですよ」
「へえ、それは意外だな。そういえば異世界人ってことは魔力量もすごいだろ。どんな系統の魔法が得意なんだ?」
「それがだいぶ珍しくて、使役魔法だったんですよ」
「⋯⋯それは確かにめずらしいな」
使役魔法と言ったら、いわば魔獣を従える魔法。その対象より、魔力量が多くないと従えないため、主に保有魔力量が多い、精霊族や小人族が適しているが、特に精霊族とかは魔獣に対する嫌悪感が強いからな。実際使い手と呼べるほどのものはごく少数だろう。
「まあ、いいじゃねえか。魔力量の多い異世界人には相性がいいとは思うぜ」
「師匠ならそう言ってくれると思いましたよ。では、仲間を待たせているのでそろそろ行きますね」
「ああ、次は泊まっていくといい」
「はい、そうします。今度は師匠も腰を抜かすくらいの話を持ってきますね」
「はっ、見ないうちにずいぶん生意気になったな」
いつもどおりの他愛もない会話、無邪気に手を降ってリンドウはいなくなった。
そして、そのときのオレは考えもしていなかった。
──これが最後の会話になるとは。
オレがあいつの訃報を聞いたのはそれから半年後のことだった。




