第五十八話 意外な才能
あれから一週間が経過した。
ナガマサは未だ教室に現れていない。直談判しにいった生徒たちの話を盗み聞きした感じ、どうやらうまくいかなかったのだろう。
日にちが経つに連れ、教室に来るものは減り、たったの一週間でとうとう俺一人になってしまった。
「はあ、ウィルは一体どこにいったんだか」
あの日からウィルとはなかなか話せてない。毎晩、ウィルはどういうわけかボロボロになって部屋に帰ってくると一言交わす前にすぐ寝てしまう。
⋯⋯ん? なに?
部屋が、なんだって?
そんなの結構前に話してた『寮』の部屋に決まっているだろう。
学園の敷地内西側に設立されている、学園の生徒専用の寝泊施設。ここでならなんと家賃もかからないし、好きなときに食事が出てきてしかもこれも食費といった経費がかからない。
さすが、大陸最高の教育機関といったところだ。
そして、この寮の部屋は二人部屋で⋯⋯そう、ウィルと同部屋になったというわけだ。
ちなみに男女で寮は別れているよ。ほんと、血も涙もない。
⋯⋯なんだよ。省略したなって?
まったく、そんなわけないじゃないか。
⋯⋯忙しくて説明を忘れていただけだよ。
それよりだ。
どうしてウィルがそんなにボロボロになって帰ってくるのか気になって仕方ないんだ。
思い当たり節はもちろん、あのナガマサに特訓をさせられている以外考えられない。
でも、授業はやらないって言ってたし⋯⋯
まあ、ここで悩んでいても仕方ないので。
──とりあえず、『尾行する』ことにしました。
早朝、まだ日が登る前に前、起床。
ウィルのベッドを確認すると、そこには綺麗に整えられたベッドしかなかった。
「なんだと⋯⋯」
急いで身支度を整え、刀片手に急いで寮を飛び出した。まだ朝早いこともあり、辺りは人一人として見当たらなかった。
「さてどうしようか⋯⋯」
もう一度辺りを見渡すが結果は変わらない。しかし、ここで諦めるわけにはいかないので、まずは教室から探すことに決めた。
ここグレースの各建物の大まかな配置はこうだ。西に俺がさっきまでいた寮があり、南が校門で、北に本校舎。
本校舎はまあみんなのイメージ通り、各クラスの教室、各教師専用部屋に、学園長室。もちろんこれだけじゃないが、正直、今はまだ俺もあまり知らない状態だ。なんせ入学したばかりだからな。
そして、西にはあの嫌な思い出の闘技場といった演習用施設が多く立ち並んでいる。なんとあの闘技場だけでもなかなかの広さなのに、まだあるなんて、さすがというしかない。
と、そんな説明をしていたらだ。
「⋯⋯まあ、ここにいるわけないよな」
教室には予想通り、人一人いなかった。⋯⋯となるとだ。こうなると、あのナガマサ専用の部屋に行くしかなくなる。できれば行きたくない。俺は投げやりに木製の講義椅子に腰をかけ、机に頭を突っ伏した。
「はぁ⋯⋯」
これがただの八つ当たりだってことはちゃんとわかっているさ。ナガマサは強かった。問題は油断していた俺にある。いくら相手が酔っ払っているからってああも単純に突っ込むなんてな。
「はああ⋯⋯」
ここ最近ずっとこうだ。何事にもやる気が一切出てこない。今だってベルもモモも成長してるというのに。
落ち込む気分を紛らわすために窓の景色を眺めた。
「──あれって」
偶然だった。闘技場に人影が見えたのだ。体格の違う2つの影。そのうちの一つは、光沢のある髪でウィルとすぐに分かった。
俺は慌てて席から立ち上がると一直線に闘技場に向かった。
////
早朝から僕の授業は始まる。闘技場に行くと、いつも通り眠そうにしているナガマサ先生が待っていた。
「おはようございます、先生」
「今日も来たな」
先生は気だるそうに立ち上がると、「じゃあ、始めるか」とニヤリと笑う。
これが僕の授業開始の合図だ。
先生は最初に必ず、僕に素振りをさせる。何十、何百、最近は何千と。最初のうちは順調でも、当然徐々に腕が上がらなくなり、握力も失われていく。僕が目標回数を見越して、力を緩めると、すぐさま「おい」と指摘が入る。だから、なんとか振り終えたときにはもう、立つことすらままならない状態だ。
でも、先生の授業はここからが本番だ。ボロボロになった状態で、今度は木刀片手に立つ先生に僕は真剣で打ち込むんだ。
「一撃だ。それにすべてを注げ」
「⋯⋯はいっ」
これが先生の口癖。その時に出せる全ての力で挑まないと行けない。フェイントもしない。左右にステップを踏むこともない。ただ一撃をまっすぐ、先生に向けて放つのみ。単純で明快。でも先生が言うにははこれが一番むずかしいらしい。
「『身体強化』は意識して使うものじゃない。魔力に振り回されるな」
「⋯⋯はい」
ぼくは剣術について詳しくない。自分の中を流れる魔力も自在に操れない。僕は初心者中の初心者。正しい振りも、構えもわからないし、この学園で一番劣っていると言っても過言ではない。
「ちがう、力み過ぎだ」
「──はい」
もう立っているだけでもつらい。日々の筋肉痛で腕を動かすのもつらい。でも、何度でも言おう。僕はみんなと比べて劣っている。憧れの人に大きく劣っている。そんな僕が追いつくには、一つしかないだろう。
──ただ、がむしゃらに突き進む。
これが僕にできる最善だ。
肩の力を抜いて、剣を最低限の握力で握る。風が肌を撫でる感触、地面が足を支える感触。全身がいつになく敏感だ。
さあ集中しろ。意識をすべて、先生に。
「⋯⋯っ!」
「これは⋯⋯」
すべてが噛み合っている。動きに無駄がない。それは初めての経験だった。
──ああ、剣ってこんなにも、軽いんだ。
カッ。
先生の持つ木刀が綺麗に割れた。ボタっと木の欠片が地面に落ちる。
「はあっ、はあっ」
「⋯⋯いいじゃねえか」
先生のその言葉を聞いた瞬間、僕は力なく地面に崩れ落ちた。
全身に疲れが押し寄せてきて、未だ呼吸が荒いままだ。
でもすごく、気持ちが良かった。
「先生、僕、できましたかね」
「ああ、いい一撃だった。それに、自分の身体見てみろよ」
「え?」
先生の言われるまま目線を下に移すと。
「⋯⋯」
──うっすら光っていたのだ。身体を包むようにして、なんかほんの少し白く光っていたのだ。
「えええええ!!」
僕は驚きすぎて勢いよく飛び起きた。よくよく確認すると、身体に薄っすらと光の粒子がぽつぽつと現れては消えている。
「先生、僕どうしちゃったんですか!」
「安心しろ、悪いものじゃない」
「じゃあこれは一体⋯⋯」
すると、先生は僕の手を握って立ち上がらせると、興味深そうに粒子に触れた。
「魔力に色があることは知っているな?」
「はい、たしか戦闘スタイルによって色が変わると」
「そうだ。主に、近接戦闘は赤、魔法戦闘は青に近い色になるんだが、中には特殊な色をしているやつもいるんだ」
「もしかして⋯⋯」
「ああ、それがお前だ。お前の魔力色は白。この色はいわゆる⋯⋯」
すると先生はまたニヤリと笑った。
「支援職になれるってことだ」
「支援職⋯⋯」
「ああ、支援職は魔力色が何色にも染まることができる白しかなれない希少職業。しかも、他者を強化できるだけではなく、自分にもかけることができるんだ」
「⋯⋯ということは、僕はさっき無意識に自分にかけたってことですか」
「そういうことだ。誇っていいぞ」
「僕が、支援職に⋯⋯」
今まで無能と言われ、兄に卑下され続けてきた人生で、いきなりそんなことを言われても正直、実感がわかない。本当に僕にそんな才能があるのか、嘘じゃないのか、心の何処かで疑っている自分がいる。
──でも、それでもだ。ようやく、僕にも道が見えた。
支援職なら、僕も胸を張ってあの人の横に立てる。あの人と肩を並べられる。
希望が見えたら、もうグズグズしていられない。
「先生! 授業再開しましょう!」
「ああ、そうだな⋯⋯」
しかし、先生は突然後ろを振り向くと、誰もいないところに向かって少し大きめの声で話し始めた。
「おい、そろそろ出てきたらどうだ」
「⋯⋯やっぱりばれてますよね」
すると、ちょうど先生が向いた方からひょこりと現れたのは。
「カインさん!?」
「見てたよウィル。支援職だっけ? すごいじゃないか」
「⋯⋯えっと、カイン、さん?」
いつもと様子が違う憧れの人だった。




