間話 ウィル
僕はこう言った。
「これで、わかってくれましたよね、カインさん。僕たちに、勝ち目はないんですよ」と。
だって、普通に考えてそうじゃないか、相手はあの刀神と呼ばれた男。
逆立ちしても勝てるはずがない、当然だ。
これはきっとカインさんもそう思っているはずだと、僕は思っていた。
でも⋯⋯
「ウィル、ありがとな。でも大丈夫、ここで情けを掛けられるくらいなら俺は、不合格でいい」
「⋯⋯っ」
──僕だけだった。
端から諦めていたのは、僕だけだったんだ。
一人⋯⋯なぜ僕だけが、このステージ上でただ呆然としているのだろう。
先程までの試験を見ても教授を前にして逃げ出した者はいたか?
⋯⋯答えは、『一人としていなかった』だ。
接戦を繰り広げる者もいれば、瞬殺された者もいた。
しかし、総じてそういった者たちに逃げ出したものはいない、端から諦めていたものも、いない。
自分は絶対受かってみせると高い志を持って、持てる力を出してみせていた。
それに比べて僕は⋯⋯
──いや、それでもだ。
相手はあの刀神だ。
これまであの教師が合格者を出したことはない。
「そんな実力で、刀を振るってんじゃねえよ⋯⋯」
「ひっ⋯⋯」
ほら、やっぱり僕たちには無理なんだ。
ぶるぶると手足が震えて言うことを聞いてくれない。
こんなの、戦っても無駄に⋯⋯
「うああああ⋯⋯!」
「カイン⋯⋯さん?」
そのときのカインさんは酷く怯えている様子で、苦虫を噛み締めた顔をしていた。
いつものカインさんからは想像できないくらい頼りなくて、そしてすごく、情けなくて⋯⋯
あれ、でもどこかで、同じような表情を見たような⋯⋯
「あっ⋯⋯」
⋯⋯ああ、ほんとはカインさんも僕と同じだったんだ。
兄さんから助けてくれたときも微かにカインさんは震えていた。
きっと、弱い自分を隠しながら、彼は戦っていたんだ、強大な敵を前にしても。
怖い気持ちをぐっと堪えて⋯⋯
彼は⋯⋯言ってしまえばただの一般人だ。
それに比べて僕は、一応この国の第二王子。
情けないのはどっちだ、惨めなのはどっちだ。
怖くてもそれに立ち向かっている彼を、どうして僕が情けないと言えるのか。
一体、いつから僕は⋯⋯こんな弱虫になってしまったんだろうか。
/////
僕はいつも、城内で人通りが少ない場所に呼び出されていた。
「おい、ちょっとは抵抗してみせろよ。これじゃあ、俺がお前をいじめてるみたいじゃないか」
「うっ、うあああ⋯⋯」
「そうそう、そうこなくっちゃ♪」
⋯⋯幼い頃から僕はカルロのおもちゃだった。
殴られ蹴られ、身体はいつも紫に変色した痣だらけ。
口の中は常に切れてたし、骨が折れることもあった。
さすがのカルロもそのときは顔を真っ青にしていたし、父から話があると聞いたときはもうこんな思いをしなくていいんだと内心すごい喜んだ。
でも、実際はそんな期待とは裏腹に父はたった一言。
「あまり、騒動をおこすな」
「え⋯⋯」
たったそれだけ⋯⋯
バタンと無慈悲にも閉められた扉の前で僕はただ呆然と立ち尽くした。
「おい、こっちこいよ弟♪」
「⋯⋯っ」
──期待していた分、裏切られたショックはとてつもなく大きかった。
/////
⋯⋯思い出した、あの日からだ。
勇気を出して反抗しても、苦痛な時間が長くなるだけ、だから僕はカルロが飽きていなくなるのをただじっと我慢した。
勇気を出しても意味がない、そう諦めていた。
⋯⋯いや、もういい加減、認めよう。
そう言い訳をして楽な道を行こうとしていただけだったって。
結局、この試合で僕は何もできなかった。
一歩も動けなかった。
ただ惨めに、膝をついて震えていただけ。
⋯⋯こればかりは、カインさんに失望されてもしかたない。
どれだけ罵倒されても、仕方ない⋯⋯。
「⋯⋯カインさん、つかぬことをお聞きしますが、僕のこと、どう思いましたか?」
「それは、いったいどういう⋯⋯」
「いえ、やっぱりなんでもないです」
また、やってしまった。
カインさんは僕が傷つくようなこと、言わないとわかっていて⋯⋯
──まったく、どれだけ惨めになれば気が済むのだろうか、僕は。
少しでも楽な方へと逃げた結果がこれだ。
僕は、今の情けない僕が大嫌いだ。
きっとカインさんに出会えなかったら、こんなこと思わなかっただろう。
震えながらも戦うカインさんの姿が僕の脳裏に焼き付いてずっと残り続けている。
そして同時に、比べてしまっている、僕と、カインさんを。
⋯⋯逃げ続ける僕と、抗い続けるカインさんを。
さあ、ここが最後のチャンスだ、僕。
君はこれから先も同じ道を進み続けるのか。
諦めるのが早いほど、傷が浅く済むと思って同じ過ちを繰り返し続けるのか。
⋯⋯もう、十二分にわかっただろう?
──その道に、『未来』はないと。
「なあ、Dっていうのは⋯⋯」
つらい道を通らずして得る成果に何の意味がある。
その成果に何の価値がある。
「──カインさんのご想像通りですよ。どうやら僕たちは⋯⋯」
これ以上、憧れの人に甘えるな。
現実を噛み締めて、今日から僕は、第一歩を踏み出すんだ。
『最低クラスに配属のようですね』
大嫌いな自分を変える、第一歩を。




