第五話 獣人のベル
「⋯⋯にしてもどうするかなあ」
俺とダインは悩んでいた。
森の中で助けたこの獣っ娘。
ボロボロの服に汚れも多い。
もう何日もあの森の中を彷徨っていたのだろうか。
「君、お父さんやお母さんは?」
おそらくダインは感づいているが、念の為に少女に聞くと案の定、小さく顔を横にふった。
「そうか⋯⋯」
残酷だがこの世界ではよくあることだ。
魔獣に山賊、その被害にあって村にいた者たちは全滅なんてこともザラにある。
できれば家で保護してあげたいのだが、こればかりは親の承諾なくは不可能だ。
しかもミアのお腹の中には今ダインとの子がいる。
下手にミアに負担はかけたくないダインとしてはなかなか決断が難しいところだろう。
──仕方ない奥の手を使うしかない。
「お父さん⋯⋯」
くらえ、息子のおねだりビーム!
このつぶらな瞳を見ても断れるか父よ。
「⋯⋯まあ、ミアに聞いてからでも遅くないだろう」
よし、どうやら成功したようだ。
こうして俺たちは獣人の子供を連れて帰ることにした。
///
「きゃーかわいいー!!どうしたのこの子?!」
最初は何を言われるかドキドキしていたが、どうやら杞憂だったようだ。
ルミアの想像以上の反応に一瞬呆気に取られるが、すぐさまダインは事情を説明する。
「狩りの途中、森で魔獣に襲われていたところを偶然助けたんだが、どうやら行く当てがないらしく⋯⋯」
「もちろん許可します」
即答だった。
ここまで乗り気な母は初めて見たもしれない。
父も唖然としてしまっている。
まさかこんなにスムーズにいくとは。
「お名前はなんていうの?」
ミアはしゃがんで少女に目線高さをを合わせる。
少女も最初は戸惑っていたが、
「⋯⋯ベル」
とつぶやくように教えてくれた。
「じゃあベルちゃん、早速お風呂に入りましょう!」
今までになく行動が早い。
ベルは抵抗する余地もなく、ルミアに連れて行かれてしまった。
でもなんとかなってよかった。
安心する俺の横で、ダインもどこかホッとした表情を浮かべていた。
///
「じゃ~~ん!」
風呂場からルミアによってきれいにされたベルの姿は、明らかに変わっていた。
ボサボサだった毛並みも艶が出るほどきれいになり、ルミアが何故か持っていた子供用の黄色のワンピースも驚くほどに似合っている。
ベルを見つけたときはわからなかったが、まさかこれほどまでに美少女だったとは。
「ベルちゃん、これからあなたは私達家族の一員よ」
「⋯⋯」
「だから何でも頼って大丈夫だからね」
ルミアがどれだけ言葉をかけても、ベルは無言でうつむいたまま、返事をすることはなかった。
まあ、それもそうだ。助けられたからといっても、いきなり家に連れてこられてすぐに俺たちを信頼しろというのは難しい話だ。
種族も違うし、まだ幼い子供じゃないか。親もいないし、最近はずっと一人だったんだろう。
それがどれほど辛いことなのか、よく分かる。わかるからこそ見捨てることはできない。今は無理でも時間を掛けてゆっくり関係を築いていこう。
あと、こちらにはルミアがいる。
母親っていうのはこういうとき、これほど心強いものは他にない。
きっとベルが俺たちと打ち解けられる日が来るのも、そう遠くはないだろう。
そんな気がする。
ちなみに後でなんで丁度いいワンピースがあるのか聞いたら、ルミアいわく、女の子が生まれてきたときの準備は万全だそうで。
ベルがいなかったら待ちきれなくて俺に着させるつもりだったそう。
ベル、本当にありがとう。
///
ベルがうちに来てから1ヶ月が経過した。
最初は話しかけようとするたびに逃げられていたが、いつの間にか、徐々に後をつけられるようになっていた。
おそらく獣人族と人族では、生活様式も違うところが多いからな。観察しているようなものだろう。
しかし、訓練や魔法の練習中、木陰からこちらを見つめているベルの視線が気になって仕方がない。気が散って集中が途切れるし、何か用があるのかと思って話しかけても、逃げられてしまう。
どうやら、まだ当分は打ち解けられそうにないようだ。
その日も結局、ベルと話すことはできないまま一日が終わってしまった。
でも、こういうのは時間をかけてゆっくりと関係を築くものだ。
焦らず、急がず。
俺はそのまま、ゆっくりと眠りについた。
///
「ううぅ⋯⋯」
深夜声が聞こえて目が覚めた。
これは、ベルの声だ。
何かあったのか⋯⋯?
「ベル!」
最低限の武器を持って急いでベルの部屋のドアを開けると、そこにはいつもとは違う、爪が鋭く尖り、毛並みを逆立たせているベルの姿があった。
「もしかして、半獣化か」
ベルのことをもっと知るため、獣人について調べたことがあった。
獣人はその名の通り、獣の力を持つため、人より何倍も優れた身体能力を持つ。
しかし、精神が不安定になるとその力を抑えきれず、暴れてしまうことがあるらしい。
「おいベル、大丈夫か」
声をかけたが無駄だったようだ。
「ううぅ、あああ!」と、ベルはこちらに気づくやいなや、いきなり襲いかかってきた。
もうすでに暴走してしまっている。
「くそっ」
ベル相手に持ってきた剣は抜けず、防戦一方になる。
さすがに何倍もの身体能力を持つと言われるだけあって、何発かは防ぎきれずに食らってしまった。
こちらの物音に気づいてダインとルミアが階段を駆け上がってくる。
その声に一瞬気を取られたベルの隙を突いて、「今だ!」と叫び、彼女を取り押さえた。
必死に暴れるベルに引っかかれ、多少の流血があったが、手を緩めるわけにはいかなかった。
「大丈夫、大丈夫だ」
そう言い続けるうちに、少しずつベルの抵抗が弱まっていく。
そして、「おとうさん、おかあさん⋯⋯」と涙をポツリと流し、疲れ果てたのかそのまま眠ってしまった。
その後、上がってきたルミアは、我が子の血を見て気絶しそうになりながらも、俺を治癒魔法で全快にすると、ダインとともに今晩はベルのそばにいることにしたそうだ。
「これで、一件らく、ちゃく⋯⋯」
「カインっ!?」
「つかれた⋯⋯」
──少しだけ、無理をしすぎたようだ。襲い来る眠気に耐えられず、俺はそのまま泥のように眠りについた。
///
朝、ベルが俺の部屋にやってきた。
どうやら半獣化状態でも記憶はあるらしい。
今すぐにでも泣きそうな顔で「ごめんなさい」と言うベルの姿を見てどうにか慰めようと思った。
それで、ルミアが最初にベルに言った言葉を思い出した。
「なんでも頼って大丈夫って言っただろう? もし次も怖い夢でも見たら、その時は怖くないように一緒に寝てやるよ」
ベルはまだまだ子供だ。
今だって不安だらけだろう。
それなのに、これをきっかけにここに居づらくなってしまったらあまりにも可哀想だ。
せめて、この家では安心できる場所にしてあげたい。
「うん⋯⋯」
小さくうなずくベルを見て、もしかしてキモかったかなと俺は内心不安になった。
///////
次の日、怪我も治癒魔法で完治したということもあり、訓練にはすぐ復帰できた。
しかし変わったことが一つ。
ベルは俺をつけることをやめた。
その代わり⋯⋯
「近すぎないか?ベル」
くっつくようになった。
腕にしがみついてどこまでもついてくる。
流石にトイレのときは全力で拒んだが、それでも来ようとしてくる程に。
俺は諦めてそれを受け入れることにした。流れるように今日もベルと一緒のベッドに入る。
そして体が子供のおかげで性欲がないことに心から感謝する。
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