第五十五話 試練5
「それでは、いかせて頂きますね」
「ハッ、坊主のくせに。どうでもいいから早くこい」
「──ではっ」
俺は掛け声とともに地面を蹴り上げて一気に駆け出す。
また同じ過ちを繰り返すつもりはない。
全神経を目の前の敵に注ぐ。
勝負において間合いは重要。
刀のリーチを存分に活用して刀先がナガマサの喉仏を掠めるように⋯⋯
切る!!
「⋯⋯おいおい、そんなんでよく刀を使っていられるな」
ひょいと最低限の動きだけで躱すナガマサに同じような攻撃を二撃、三撃と連続で斬りかかる。
だがこれでいい、この俺だけが届くギリギリの距離。
これがあんたに対する俺ができる最善の間合い⋯⋯
「──だから、何度も言わせんなよ」
瞬間、背筋が凍った。
ブルブルと腕が、足が震えだした。
な、なんだ⋯⋯?
「そんな実力で、刀を振るってんじゃねえよ⋯⋯」
視界が一瞬遠のいて、脳がぐらついた。
そして本能が俺にこう告げてくる。
『お前では敵わないと』
こんな体験いままで一度も体験したことがなかった。
ザクと戦ったときも、そのザクを圧倒してみせたカリオスを見たときも。
それから数年、俺だって成長を続けてきたはずだ。
「くそっ⋯⋯」
⋯⋯でも、自分が成長すればするほど身にしみてわかった。
──俺の⋯⋯限界が。
実力がわからないうちは自分も成長すればいつかはあの境地までいけると思っていた。
しかし、現実は違う。
実感するんだ、俺は⋯⋯ああはなれないって。
ベルも、モモもどんどん実力を伸ばしていっている。
俺はそれに血反吐を吐く思いで、なんとか食らいついている⋯⋯つもりだ。
まだだ、まだ、俺は⋯⋯
「うわああああ!」
「カイン⋯⋯さん?」
きっとウィルは豹変した俺を見て戸惑いを隠せなかったのだろう。
直前にあんなカッコつけたこと言っときながら、実際はこんなにカッコ悪いんだから。
俺は言った。
「ここで情けを掛けられるくらいなら、不合格でいい」と。
あれは、決して正々堂々とか、自信があってそんなだいそれたことを言ったんじゃない。
⋯⋯その逆だ。
『怖いんだ』
情けを掛けられ、それなのに落ちた暁には俺は⋯⋯もう、みんなの隣を歩ける気がしない。
まあ、つまり保険ってことだ。
ここで一つ、みんなに大事なことを教えてあげよう。
人間、そう簡単に『性根』は変わらない。
当たり前じゃないか、人格ってのは三十年じっくり時間を懸けて作り上げられたものだ。
若いうちはいくらでも成長が見込めるが、人生の半分は二十歳で終わるってよく言うだろ?
つまり、ほぼ完成形ってこと。
まあ俺の場合はひねくれにひねくれて、醜く、できてしまっているけど。
俺は⋯⋯調子に乗っていたんだ
異世界に来て、今度こそはと息こんで、他の人より精神年齢が高いという幾ばくかのアドバンテージを自分の才能と勘違いして、それに胡座をかいて、素晴らしい充実した人生が送れると勝手に思い込んでいた。
じゃあ例えばの話だ。
もし転生先がダインやルミアのような誰もが夢見る家庭じゃなく、スラム街のような底辺だったら⋯⋯俺は同じように後悔しない人生を送ろうなどと腑抜けたことが言えただろうか。
まあ、言えないだろうな。
環境に恵まれていたからあんなことが言えるのだ。
ダインとの訓練のときによく言われた褒め言葉がある。
飲み込みが早いと、判断力があると。
⋯⋯まだ子供なのにすごいなと。
でも、そんなの当たり前じゃないか、だって俺はこの世界では十歳だとしても中身はもう四十歳だ。
たとえそのうちの三十年は他のやつに比べて薄い人生だったとしても。
⋯⋯ない方が、おかしいだろ。
褒められて勘違いする度に、俺のこのアドバンテージは本当に才能のある者を前にすると、自分をさらに追い詰める凶器と化して襲ってきた。
「ハア、少しは根気のあるやつだと思ったんだがな」
やめてくれ、その目で俺を見ないでくれ。
その、怒る気も起きず、ただ冷めたような目で俺を見るな。
「くそっ、くそ!」
「同じ刀を使っていた者として、これ以上は耐えられないぞ、坊主」
ベルやモモと出会った時、俺は心の何処かで下に見ていたのだろう。
だから、今更越されることをこんなにも恐れている。
きっと、あれをもう一度味わうのが恐いのだろう。
あの、何かと理由をつけて守ってきた何かが壊れるのを。
「くそっ⋯⋯」
「忠告したからな」
するとナガマサは足元に転がっていた物をカインに向かって蹴り上げる。
え、ひょう⋯⋯たん?
眼の前に突如出現した物体に戸惑いながら刀でカキンと防いだ。
「あ⋯⋯」
たったこれだけで戦況は一転した。
ナガマサの接近を許してしまったのだ。
ひょうたんの影から現れたナガマサの右拳がみぞに深く突き刺さる。
「カハッ⋯⋯」
息が⋯⋯
そのまま後退しようとするもそれを許してくれる相手ではない。
今度はナガマサの第二撃、三撃が俺の身体に降り注ぐ。
防ぐ暇もない。ただ強い衝撃が全身に響き渡る。
「拍子抜けだったな」
「⋯⋯っ」
⋯⋯だめだ、このまま終わったら。
ああ、使ってしまおう。
「──我、異世界より来たれり」
「なっ⋯⋯」
心臓がドクンと跳ね上がった。
ゆらゆらと体を包み込むように湯気のようなものも湧き上がり始める。
この数年、ただ冒険していただけじゃない。
師匠には内緒で、こそこそ準備をしていたんだ。
おそらく条件は異世界人に関係がある。
実践で使うのは初めてだけど、もうこの際どうでもいい。
これで⋯⋯
トンッ。
「え⋯⋯」
「どうやら、お前に色々聞きたいことができた」
首元の衝撃が脳に伝わった感触がした。
俺はそのまま膝をつく。
「おい、そこの坊主」
「は、はい」
「合格にしてやるから、必ずこのガキを学園に連れてこい、わかったな」
「⋯⋯わか、りました」
ウィルとナガマサがそんな感じのやり取りをしていたのを薄れゆく意識の中聞いた。
そして、急いでこちらに向かってくるウィルの姿を最後に俺は⋯⋯
意識を失った。




