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第五十三話 試験3

「それは⋯⋯難しいと思います」

「⋯⋯え?」

 それは意外な返事だった。


「いやいや、わからないだろ? だって現にベルは教師一人を倒してるんだし」

「⋯⋯」

 黙って先程からうつむいているウィルに、俺は気づけば苛立っていたのだろう。


「なあ、なんか言ってくれよ。それとも、俺じゃあ教師を倒せないってことなのか」

「え⋯⋯いえいえ、そう言いたいわけでは断じてありません。誤解させてしまったのなら誤ります」

「⋯⋯っ」

 すぐさま頭を下げたウィルを見て俺はようやくその事実に気づいた。

 頭に手を当てて一度軽く息を吐く。


「いや、こちらこそ⋯⋯ごめん」

「誤解がとけたのなら良いんです」


 ──こんなの、いつもの俺らしくない。

 落ち着け、俺。


「⋯⋯それで、なぜウィルはそう思ったんだ? 俺たちじゃあ勝てないって」

 ステージに向かいながらウィルは顎に手を当てほんの数秒考える素振りを見せると、「うん」と小さく呟いて俺の目を見つめた。


「ここグレースでは各分野のエキスパートとも呼ばれる方々を教師に任命されているので、向き不向きはあれど総合力に大きな差はありません。例えばモモさんと戦われたモネさんは植物に関する魔法が、ベルさんと戦われたライゼンさんは拳による近接戦において優れていますが、どちらが強いかと言われても優劣をつけるのは難しいものです」

「──あ、ああ、そうだな。どちらが優れているのかなんて条件によって簡単に変わるものだが、一体それがどうしたんだ?」

「⋯⋯一人だけいるんです。戦闘という条件において、彼の右に出るものはいない、そう断言できてしまう人物が」

「それって⋯⋯」

 すると、その会話を遮るようにしてカッカッと甲高い足音がかすかに聞こえ、俺はすぐさま音の鳴る方を見た。


 ステージの奥、ひょうたんのような入れ物に口をつけながらそいつはやってきた。

 ぐびぐびと喉仏を激しく上下させ、ひょうたんから口を離すと、そのまま勢いよく肺に溜め込んでいた空気を吐き出してみせる。


「ぷはあ⋯⋯あー、めんどくせえな⋯⋯」

 男はぽりぽりと、着流した小袖の隙間に入れた右手を動かすと気だるそうにその言葉を吐き捨てた。

 もう一度、ひょうたんを口元に流すように持ち上げるも、どうやら中身は入ってないようで、

 容器を何回か振るも、出てきたのは水滴一粒のみ。

 男は「チッ」と舌打ちを挟んでそのままステージ上に容器を投げ捨てた。


「もしかして、あの人が⋯⋯?」

「はい⋯⋯」


 あまりにも場違いな人物の登場に俺は思わず思考が停止した。

 何年も切ってないだろう放置されて無造作に伸びた髪は後頭部で適当にまとめられ、口元は無精髭が生え、そのだらしさを増させている。

 年齢は三十代後半⋯⋯だろうか。

 だがそんなことは正直どうでもいい。


 大事なのは⋯⋯


「彼の名はナガマサ。見て分かる通り、おそらくカインさんの師匠、ツバキさんと同じで⋯⋯

 彼も、()()()()()()()()の末裔と言われています」

「⋯⋯やっぱりか」

 正直、一目見た瞬間確信していた。

 明らかに顔つきがこの世界の住人のものではない。


「それで、先程の話なのですが⋯⋯」

「君たち、早くステージに上りなさい」

「す、すみません」

 思わず足を止めてしまっていた俺たちは急いで試験官の指示に従ってステージ上に立った。


「うっ、酒くさ⋯⋯」

「⋯⋯あ?」

 おっと、どうやら聞こえていたらしい。

 ナガマサは俺たちの存在に気づくと、少し赤くなった顔で俺たちをにらみつけた。


「なんだ、文句でも、あんのか?」

 ナガマサは一歩また一歩と距離を詰めようとしてくるが、しかし、その脅しとは裏腹におぼつかない足取りのせいで一向に縮まらない。


 あまりの想定外な状況に思わずぽかんと口が開いた。

 そしてそれと同時に、先程のことも相まって、苛立ちが徐々に溜まっていく。


 ⋯⋯俺は、こんなやつにすら勝てないと思われていたのか?

 一度、そう考えてしまったら最後、その苛立ちは右肩上がりに募り続ける。


 ──舐めないでくれよ、俺だって⋯⋯

 ガリっと歯を噛みしめると、俺は強く地面を蹴って飛び出した。


「カインさん待ってください!!」

 ウィルの静止も聞かず、俺は刀の柄に手をかけ、その勢いのまま刀を抜こうとした刹那。


「負けてたま⋯⋯」

 このとき俺は違和感に気づいた。

 そこにいるはずのナガマサの姿が見当たらないだけでなく、たしかに柄を握っているはずなのに、いくら力を加えても強力に接着されているかのように刀身が鞘から離れようとしないことに。


 おそるおそる刀に視線を移すとそこには柄の先にガッチリと当てられた人の手のひらと標的の姿。


「な、一体どういう⋯⋯」

「いやあ、まさかこんな単純な手に引っかかるとはな⋯⋯」

 ナガマサのヒックという軽いしゃっくりとともに、俺の身体に強い衝撃が走った。


「ガハッ⋯⋯」

 胃の中の空気が一度に出た気がした。

 ナガマサの突き出された右足に沿って、身体はくの字に曲がり、足は宙に浮く。

 しかし、それだけではその衝撃を流すことはできず、そのままナガマサのたった一本の腕で軽々と後方に吹き飛ばされた。


 ダンッ、ダンッと何回かバウンドした後、見事にウィルの元に着地する。


「カインさんっ⋯⋯!」

「ウィル、なにが⋯⋯起こったんだ? 相手はまともに戦える状態じゃなかったはず⋯⋯」

 急いで、駆け寄ってきたウィルの肩につかまってようやく立ち上がるも、俺の脳は何が起こったのか理解できていなかった。


「おいおい、まさかこれで終わりじゃないだろうなー」

 ナガマサの先程と変わらぬ、赤く染まった頬にふらつく足元。

 おっとっとと何もないところで軽く躓いてこけそうになるのを見る限り、酔いが回っているのは間違いないはずだ。

 でも、あの動きは確かに本物だった。

 その事実がさらに俺を混乱させる。


「⋯⋯先程言いそびれてしまったんですが彼は、刀を手にした彼に勝てた者はこれまでおらず、そのあまりの強さからこう呼ばれていたんです」

 すると、ウィルは俺を抱えたまま、ゆっくりと口を開いた。


「『刀神 ナガマサ』と」

「とう⋯⋯しん⋯⋯?」

「はい、彼は確かに酔っ払っていて、もし普通の人だったら、到底まともに戦える状態ではないと思います。ですが彼は異名に神の文字が入れられてしまうほどの存在。つまり、簡単な話なんですよ」


 ウィルはかすかに笑いながら言った。


「僕たちを負かすにはそんな状態で十分ってことです」

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