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第五十一話 試験1

 裸足に拳。

 そこには誰もが想像する空手家のような人がそこにいた。


「わしの名前はライゼン!! 君、名前は!!」

「⋯⋯ベル」

「そうかベルというのか!! 」

 ハッハッハッ!というライゼンの笑い声がここまで鮮明に聞こえてくる。

 うん⋯⋯すごく、元気な人だなという印象だ。

 相手があまり表情を顔に出さないベルだからより強調されている。


「にしても素手、か⋯⋯」

 教師、というからには相当な実力者なのだろう。

 しかし、この世界で生きてきて素手で戦うというのがどれほど難しく、自殺行為なのかはこれでも分かっているつもりだ。

 魔法、剣といったものに対して、拳というのはあまりに脆い。

 一体どんな戦い方をするのだろうか。


「それではさっそく、始めようか!」

「⋯⋯うん」

 ベルの返事を確認したライゼンはすうっと深く息を吸って、その腹部をふくらませる。

 しばしの静寂の後、息を吐き出した瞬間、ライゼンは一変、一切の隙が無くなった。一言も喋らず、ただ、視線をベルに集中させている。見ているこっちが思わず息を飲んだ。


 ベルもその緊迫感を感じ取ったのだろう。毛は瞬く間に逆立ち、爪が地面に突き立てられる。そして、まるで猛獣が獲物を見つけたかのように、ベルは地面すれすれまで姿勢を低くした。


「来なさい」

 ライゼンのその言葉が戦闘の合図だった。ベルは地面を蹴ってライゼンとの距離を一気に詰める。


 速い⋯⋯!


 だがライゼンは何一つ慌てる様子もなく、その速さに追従した。左足を強く踏み込み、ベルに向かって拳を振り下ろす。


「⋯⋯!」

 その一撃はベルの頬を掠めて、威力そのまま地面に直撃した。

 バアン! という地鳴りが会場に鳴り響くが、それで戦闘が途切れることはない。ベルは体勢をすぐさま立て直し、右爪がライゼンの顔面に向かって繰り出される。


 超至近距離からの攻撃、おそらく避けるのは不可能。ライゼンは防ぐしか方法がないはず⋯⋯。


 ──キーン。


「なっ⋯⋯!」

 その俺の予想は的中していた。ライゼンは左腕でその攻撃を受けたのだ。

 ただ、ベルの鋭い爪を受けたにも関わらず、その腕には──傷ひとつ、付いていなかった。

 腕全体に広がる薄い魔力で形成されたような膜。「剣気」に似たそれはいとも簡単にベルの攻撃を防いでみせた。

 刃物のような切れ味を、人の肉などいとも簡単に裂いてしまう攻撃を、だ。


 そうなると、話は変わってくる。

 戦闘において間合いというのは重要だ。

 それによって戦いの勝敗が一転、二転するほどに。


 じゃあ、今のベルとライゼンのように、呼吸の息ですら感じれる超近接戦において、もっとも強いのはなにか。

 斬撃すらふせげるあの拳があるなら、答えは簡単だ。

 シンプルisベスト。


「残念だったな」

 ⋯⋯速さにおいて拳に勝るものはない。


 ニッと笑ったライゼンの左拳が、勢いよくベルに向かって振り下ろされた。



 ///



 それは昔の記憶だった。

 過去の思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。


 自然に囲まれた緑豊かな村で私は育った。


「お父さん!!」

「おお、ベル!!」

 いつもお父さんは私が駆け寄ると両脇に手を入れ、高く持ち上げてくれた。

 そこから見る景色は小さい私にとって新鮮で、心臓がバクバクと高鳴ったのを今でも覚えている。


 そして⋯⋯

「ベルー!」

「あ、お母さん!」

 その様子をいつもやさしく見守ってくれるお母さんのもとへ。


「ほら、あなたの弟よ」

「⋯⋯うんっ!」

 私はまだ幼い小さな手を差し出すと、母に抱き上げられた赤子はより小さな手で握り返してくれた。

 手のひらにも満たないその手は決して私の手を離してくれない。

 ぎゅっと弱く、でも強く。


「わたしがあなたのおねえちゃんだよ」

 そう言うと、赤子はきゃきゃっと笑ってくれた。


 幸せな時間。

 そのときから私の頭の中はその子でいっぱいになった。


 この子は一体どんなふうに育つのかな。

 おねえちゃんになるのだから弟を守れるくらいつよくならなくちゃだめだよね。

 けがとかしてほしくないし、ね。

 あ、いつになったら「おねえちゃん」て呼んでくれるのかな。

 明日にはもう呼んでくれるのかな。

 毎日毎日、弟が寝ている顔を眺めながら、いつ呼んでくれるのか鼻歌を聞かせながらその時を待ち続けた。

 ちょっといたずらしたりして泣かせちゃったこともあったけど。


 でも私は凝りずに待ち続けた。

 待って、待って⋯⋯そしてその時がくることは、永遠になかった。


「逃げて!! ベル!!」

「ベル、逃げろ!!」

「やだ、やだよ、おとうさ⋯⋯」

「いいから逃げろ!!」

「⋯⋯っ!!」

 それが父と母と交わした最後の言葉だった。

 私の幸せな時間は、たった一匹の存在によって家族の命ごといとも簡単に⋯⋯


 ──"破壊"された。


『グオオオオオ!!』

 その咆哮は空を引き裂き、凄絶な轟音が村を震撼させた。炎の渦が空から降り注ぎ、一瞬にして家屋や農地を焼き尽くす。

 その火の手は、まるで地獄の門が開かれたかのような光景だった。

 屋根が崩れ、木々が焼かれ、以前の緑豊かな村は焼け野原と化す。


 村人たちは絶望の叫び声を上げながら、炎の中を逃げ惑った。

 その中にはもちろん、弟の声も。


「オギャアア!! オギャアア!」

 灰となり、崩れ落ちる私達の家の中で大事そうに抱えられながら、その声は瓦礫とともに埋もれていく。


「はあ、はあっ」

 私は煤で真っ黒にそまった素足のまま、全速力で村を背にただ走る。ただただ、無我夢中で何も考えずに。


「はあっ、はあっ!」

 涙が止まらない、でも私は走った。

 体の節々が痛い、でも私は走った。

 私は、走り続けた。

 ここで立ち止まったらきっと私は、もう前に進めないから。


「はあっはあっはあっ!」

 徐々に声が遠ざかっていく。

 もう、みんなの声は聞こえない。


「はあっ、はあっ⋯⋯うわあああああ!!!」

 そして、私は叫んだ。

 無力な自分を、家族の命を奪ったあれを⋯⋯


 心から憎んで。


「あああああ!」


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