第四話 初めての戦闘
この世界では魔獣という生き物が存在している。
魔獣と動物の違いは、簡単だ。
魔核があるかどうかだ。
魔核とは魔力が凝縮されてできる結晶みたいなもので、これは今の所、魔獣から取り出す以外では入手方法がない。
そのため、魔核は市場でそれなりに高値で取引されている。
もちろん大きければ大きいほどその価値は何倍にも膨れ上がる。
ちなみに高値で取引されている理由は希少という以外にもちゃんとある。
魔獣は魔核の影響で巨大化しやすく、非常に好戦的な個体が多いため、魔核を取るのも一筋縄ではいかないそうだ。
中には知能を持つ個体もいるらしく、その中でもこの世界で特に有名なのが、前の世界でも大人気の『竜』。
どうやらこちらでは、伝説ではなく本当に実在しているらしい。
そんなことを知ったら、男としては見たくてたまらないが、遭遇したらあれほど怖いものもなかなかないだろう。
だって、自分の身長の何十倍ものデカさを持つかもしれないんだぜ?
そんなのと出会った瞬間、考えるまでもなく瞬殺⋯⋯だよな。
もし本当に遭遇したときの回避方法を考えていたら、ダインが言うには、ドラゴンはこの世に一匹しかいないため、滅多に見ることはないから心配しなくて大丈夫だということだった。
──一匹しかいないなら、イメトレの必要はないな。それはそれでなんか残念だけど。
とはいえ、それを除いても魔獣は非常に危険な存在らしい。その一番の原因は、奴らが成長するにつれて魔核も大きくなり、個体によっては人間と同じように『魔法』が使えるようになることにあるそうだ。
自分たちは普段何気なく使っているが、敵に使われるとこれほど厄介なものはない。
熟練の冒険者でも、魔獣の魔法一つでパーティーが全滅することも珍しくないそうだ。
それほどまでに魔法というのは脅威なんだ。
例えば、炎系の魔法を使われたら、火傷して死ぬだろ?
雷系の魔法を使われたら、感電して死ぬだろ?
氷系の魔法を使われたら、凍死するだろ?
普段、魔獣たちがされていることが逆転したらこうなると考えたら──な? 恐ろしいだろ?
魔核が大きければそれだけ、死の危険性が高くなり、狩り取れる者も限られてくる。
だから大きい魔核は桁違いに高額で、それを狙って多くの冒険者たちが命を落としてきたんだ。
──とまあ、ここまでで魔獣の怖さは十分わかったと思うが、もちろんすべての魔獣がこんなに強いというわけではない。
さっきも言ったとおり、魔獣は成長するたびに凶暴になり、手強くなっていくが、逆に言えば成長しきっていない状態ならそこらの動物と何ら変わりはない。
そして、大体の魔獣がその未成熟状態だ。
今の俺なら、その比較的弱い方に分類される魔獣相手ならおそらく大丈夫だろうと、ダインは判断したのだろう。
今日、俺は初めて野外での訓練をすることになった。
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ダインが自警団として務めている、我が家から一番近くにある街ノリッジは、周辺が森で囲まれており、その森には数多くの魔獣が生息している。
ただ、深いところまで行かなければ比較的危険度が低いため、今の俺には絶好の訓練場というわけだ。
「お、いたぞ」
ダインがそっと指差した先には、小さな角が生えた兎のような見た目の小型の魔獣が、草をむしゃむしゃと食べている姿があった。
なにあれかわいい──
「あれはホーンラビットだ。危険ではないがすばしっこいから油断していると逃げられるぞ」
ダインはしばらく様子を見て、「よし」とつぶやくと、突然こちらを振り向いて言った。
「せっかくだ、さっそくあれを狩ってみろ」
「えっ!?」
まったく、ダインはいつもこうだ。心の準備すらさせてくれない。
──まあ、予想はしてたけど。
「さて、と──」
あちらの様子を確認すると、ホーンラビットは食べるのに夢中でこちらに気づく素振りすらない。
これなら身体強化して一気に距離を詰めれば、いけるか。
「──よしっ」
俺は静かに地面を蹴って勢いよく飛び出してみせた、が。
「うわ!」
地中から浮き出ている木の根に足を取られ盛大に転んでしまった。
さすがのホーンラビットも一目散にその場からいなくなろうとする。
「くそ、なら魔法で」
すぐに火の玉を生成し、発射しようとした瞬間、
「お前は山火事でも起こすつもりか?」
とコツンと軽いげんこつを食らった。
確かに、逃したくない一心でそこまで頭が回っていなかった。
「実践はぜんぜん違うだろ?」
そう言いながら笑って差し出してくれたダインの手を握り、俺はそのまま立ち上がった。
「訓練場のような平らな地面はここにはない。おそらく実力の半分も出せないだろうな。だからここでは、その場に適した動きをすることが重要なんだ」
ダインの言うとおり、よく周りを見てみると、ぬかるんでいるところやでこぼこな場所ばかり。
これではうまく踏み込むだけでも一苦労だ。
「魔法もその場に適したものってのがあるからな」
ダインは辺りを見渡し、ホーンラビットが三匹ほどで固まって行動しているのを見つけた。
「次は俺がお手本を見せてやるよ」
そう言ってダインは腰から剣を抜き、姿勢を低くして構える。
「ちゃんと見てろよ」
次の瞬間、ダインは茂みから飛び出すと最短距離かつ、一瞬でその三匹のすぐ近くまで接近してみせる。
敵が近づいていることに気づいてすらいないホーンラビットは三匹のうち、ダインの付近にいた二匹があっという間に切り伏せられる。
残りの一匹はようやくそれに気づき、逃げようとした瞬間、ダインは魔法で風の刃を生成し、討伐。
ほんの一瞬で三匹全員を狩ってみせた。
「すげえ──」
あまりの手際の良さに思わず感心してしまった。
時間をかけず、全て一撃で倒している。
「あとこれが、さっき言っていた魔核だ」
仕留めたホーンラビットの死体の中から石粒くらいの魔核を取り出し、こちらにほいと投げる。
色は濁った紫色で、思ったよりきれいな色はしていなかった。
「今のお前なら、このくらいすぐできるようになる。今は数をこなすだけだ」
それから小一時間、ホーンラビットを見つけたら俺は全力で狩りにいった。
最初はほとんど取り逃がしていたが、森の環境にも慣れてくると、それなりには倒すことに成功した。俺は八匹、ダインは気づいたときには計二十匹も狩っていた。
ダイン恐るべし。
「まあ、このくらい取れれば十分だろう」
森に入ってから数時間が軽く経過していたので、そろそろ帰るかと、そうダインが言いかけたとき。
「たすけてっ──!」
森の奥から女性の悲鳴が聞こえた。
「お父さんこれって⋯⋯」
「いくぞ!カイン」
「う、うん」
俺は、血相を変えて悲鳴がしたほうに走り出したダインに続いた。
「なっ⋯⋯!」
すると、そこには2m近くある熊のような見た目をした赤い獣とブルブル震える少女の姿があった。
「あれはレッドベアーだ! 本当はもっと森の奥深くにいるはずの魔獣だぞ!」
ダインと俺はすぐさま臨戦態勢に入った。
今、この瞬間にも少女とレッドベアーの距離は刻一刻と迫っている。
「カイン気をつけろ、あいつは魔法持ちだ」
「それって、例の⋯⋯」
その言葉で一気に緊張感が走った。
さっきも言ったとおり魔獣の中にも魔法を使えるものがいる。
ダイン曰く、そいつらは共通して弱かったことがないらしい。
『グオオオオ!!』
強烈な雄叫びの後、レッドベアーは振り上げた腕に炎を纏わせ、少女に向かって襲いかかった。
「まずいっ!」
ダインは走り出して、とっさに少女を抱きかかえる。なんとかレッドベアーの攻撃を回避するが、少女が先程までいた地面は抉るように削られていた。
ただでさえ強敵なのに、ダインは俺とあの少女を守りながら戦わなくてはいけない。
これは、非常にまずい状況だ。
レッドベアーはすでに次の攻撃に移っている。
どうする!?
このままだとダインが危ない。
過去の俺はいつも、何もしてこなかったせいで大事な場面で何もできなかった。
でも今の俺は努力してきたからこそ、できることがある。
──まだ不完全だけど、やるしかない。あの魔獣の一撃を防ぐためには!
地面に手をつき、その魔法の名前を叫ぶ。
「中級魔法 アースウォール!!」
レッドベアーの足元に魔法陣が展開されると、突如として巨大な土の壁が現れた。
「よしっ、うまくいった!」
レッドベアーは構わず、炎を纏わせた拳をそのまま壁にぶつけた。その強力な一撃により、爆発音とともに大量の土埃が舞い上がり、壁が崩壊する。
──でも、それが狙いだ。
空中に舞った土埃がレッドベアーの視界を塞ぐ。
「よくやった! このまま森から出るぞ」
そのチャンスを無駄にしないため、ダインの掛け声とともに俺たちは直ちにその場から離れた。
///
「助かった──」
あれから走り続け、なんとか三人とも無事に森を抜けることができた。
「怪我はないかい、嬢ちゃん」
ダインは少女をゆっくり地面に下ろすと、少女はダインに向かってこくっと静かにうなずいて返事をした。
一段落ついたところで、俺は改めて少女の容姿を確認してみる。
見たところ、俺と同じくらいの年齢で、落ち着いた茶色の髪にきれいな褐色の肌。
──そして、ぴょこぴょこと動く猫みたいな耳。
この世界に来てから初めて見る種族だが、俺は前世でこの種族を知っていた。
まあ、前に読んだ小説でだけど。
もしかして これは──
「こいつぁ珍しい。これは、獣人だな──」
どうやらこっちの世界でも認識は一緒のようだ。
でもまさか俺とダインが助けた子が獣っ娘だったとは。
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