幕間 モモvsベル
それはミリアがいるアイルの街を出て一日も経たないうちに起きた出来事だった。
「そこ、どいてもらえますか」
「それはできないお願い」
表面上は穏やかそうに見えるがそれに挟まれている俺にはわかる。
これは⋯⋯絶体絶命だ。
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「そういえば、どうして父さんがアイルにいたんですか?」
次の街に向かって歩いている途中、俺はずっと疑問に思っていたことをダインに聞いてみた。
母さんと約束していた手紙のやり取りは俺がしっかり忘れていたから、俺たちがどこに向かっていたのかをダインは知らないはずだ。
なのにあの時ダインは当然のように現れた。
一体どうやってダインは知ったのか。
その答えは簡単だった。
「ん?ああ、そりゃあこれが家に送られて来たからな」
ダインはそう言うと鞄から1枚の手紙を取り出して俺に見せてくれた。
ダインヘと書かれたこの手紙、どこかで見た気が⋯⋯
「⋯⋯あ!」
なにかを思い出した俺は師匠の方を向くと、師匠はなにやら誇らしげにふふんと鼻を伸ばしていた。
ニースに到着した時、あの師匠が手紙なんておかしいと思っていたが、まさか、父さんに向けていたとは。
俺は思わず感心してしまった。
師匠は普段は大雑把でテキトーな性格のように見えるのに、いざ肝心なところでは一転、どこまでも抜かりが無く、これほど一緒にいてくれて心強い人はそういないことだろう。
ほんと、このギャップのせいで、俺はこの人の弟子を当分やめられそうにない。
「よし、それじゃあそろそろ暗くなってきたし、ここらへんで野宿でもするか」
「はいっ!」
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日が落ちると同時に、辺りは暗闇に包まれる。
明かりがないとすぐ隣に誰がいるのかも分からなくなってしまうため、俺たちは迅速に野宿の準備を始めた。
慣れた手つきで枯れ木を集め、それに火をつける。
そして、その火を囲うように座りながら、俺たちはこれまで会えなかった時間を取り戻すようにお互いのことを語り合った。
「お前がいなくなってからベルが口を聞いてくれなくてな、まじで大変だったんだよ⋯⋯」
「はいはい、よくわかったよ父さん」
お酒が入るとダインは涙もろくなるのはいつものことだが、今日は一段と酔っていて、さっきから同じ話を繰り返し俺に聞かせてくる。
あの助けに来てくれた時の頼れる父親の面影はどこに行ってしまったのやら。
もはや別人のようだ。
にしてもダインのメンタルをここまでボロボロにするとはベルは一体どんな拗ね方をしたのか。
想像しただけでも少し笑えてくる。
「⋯⋯でもな、ルイが最近パパって呼んでくれて」
「ルイ⋯⋯はっ!」
俺はその名前を聞いてバッとダインの顔を見つめた。
⋯⋯そうだ、すっかり忘れていた。
「と、父さん、ルイはちゃんと俺のこと、おぼえてくれてた?」
俺がおそるおそる聞くと、するとダインはさっきまでの落ち込みはどこにいったのかと思うほど、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「あー、そうだなー」
と、ダインはわざとらしい演技を入れながら俺の肩に手をぽんと置いて、満面の笑みでこう言った。
「どんまい」
その言葉を聞いて俺は膝から崩れ落ちた。
「そん、な⋯⋯」
それは俺の密かに計画していた、妹にお兄ちゃんと呼んでもらう大作戦の終了を告げる報せだった。
でも、そりゃあそうだよな。
だって会っていない時間のほうが長いんだもの。
薄々はわかっていたさ。
家を出る時少しは覚悟してた。
でも、いざ直面するとそんな覚悟、まったく意味がなかった。
誰もが夢見るお兄ちゃん生活。
そのチャンスが目の前にあったのに。
あー、我が妹は絶対美人に育つよな。
これは断言しても良い。
だってあのダインとルミアの子供だぞ?
かわいいに決まっている。
できれば、性格はダインではなくルミアよりになってくれればお兄ちゃん嬉しいです。
いや待てよ、ダインよりの性格だとしてそれはそれで⋯⋯ありだな。
むふふ、と俺はくだらない想像をふくらませるがどっちにしろどうせ結果は変わらない。
もし再会しても、美人な妹に俺はこう言われるんだろう⋯⋯
「あんた、誰?」って
「⋯⋯」
あーどうしよう、想像しただけで心が痛い。
立ち直れる気がしないよみんな。
こうして、俺とダインの立場は入れ替わり、ダインの分まで俺が泣くことになった。
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よお、みんな元気かい?
俺は、元気だぜ。
あれから一時間くらいダインに妹とはなにかを聞かせてやったぜ。
それで十分語り尽くしたので、ここからはお待ちかねの就寝タイムだ。
見張りはツバキがやってくれているぜ。
ん?なんだって。
どうしてそんなにテンションが高いのかだって?
ははは、そんなの決まっているじゃないか。
「そこは私の場所ですよ、ベルさん」
「ううん、これであってる。カインの隣は私のもの」
こうでもしないとやっていけないからだぜみんな。
「随分、カインさんと仲が良いみたいですね」
「まあ、カインは特別、だから」
「へえ、そうなんですね」
おっと、空気がまた一段と重くなったぜ。
頼むからこのまま寝かせてくれないか子猫ちゃんたち。
これ以上重くなったらお兄さん、死んじゃうぜ。
「カイン⋯⋯」
「あ、ちょっと!」
むにゅとした感触が腕に伝わった。
おっとっと、これはこれは。
ベルさんや、俺の腕に胸を当てるのはやめようか。
ここ1年で成長しすぎじゃあ、ないですかい?
前話で「俺たちは前を向いてる」ってカッコつけて言ったけど、今は俺のあそこが上を向いちゃっているよ、みんな。
「もう、いい加減にしてください!」
モモはそう言うと、ベルとは逆の腕にしがみついてきた。
胸が当たって、そして、俺のあそこはより上を向く。
なんて最低な文章。
あー、泣きたい。
「カインは渡さない」
「それはこっちのセリフですよ!」
「くっ、二人共これ以上は⋯⋯!」
なんとか静止させないとまずいと思った俺だったが、ここであることを思いつく。
⋯⋯いや待てよ。
ここまできたなら思う存分堪能するしかないんじゃないか。
だって俺が始めたことじゃないし?
俺はいわば被害者だもんな。
「⋯⋯」
俺は黙ってゆっくりと手を広げた。
さあ、どんとこい⋯⋯
///////
チュン、チュン。
朝、小鳥のさえずりが聞こえるとともに、俺は朝日を浴びていた。
ひんやりとした心地よい風が赤く腫れ上がった場所に当たって、それがすごい癒やされる。
このボコボコにされ、変形してしまった顔面に。
一体どうしてこうなったか。
最初は良かったんだ。
二人に挟まれて柔らかい感触を味わえて、それはそれはすごかった。
でも忘れていた。
二人は⋯⋯寝相がすごい悪いってことを。
一度暴れ始めたら、もう止まらない。
逃げようとしてもふたりのものすごい力でガッチリホールドされて、ただのサンドバックにされたよ!!
殴られて、蹴られて⋯⋯
うう⋯⋯
ちょっと期待した俺が馬鹿だった。
その張本人たちは昨日のやり取りが嘘だったように今は抱き合って仲良さそうに寝ている。
すやすやっていう効果音が聞こえちゃうくらいにね。
「⋯⋯まあでも」
今回は、二人のあまりに幸せそうな寝顔を見れたので、許してやるとしますか。
俺は再度、二人の寝顔を見てふっと笑う。
「お疲れ様、二人とも」
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「それじゃあ、ベルも無事届けたことだし、ここでお別れだな」
ダインは手荷物を肩にかけると、いつもと変わらない様子で俺の頭に手をのせた。
ぽんとやさしく、軽く撫でるように。
カサカサと髪がこすれるのを感じながら、俺はそのたった数秒の時間をしっかりと噛み締める。
父の手の大きさ、父の少し臭い匂い、父の聞くと安心する声。
その一つ一つをしっかりと脳に刻んで決して忘れないように。
「うん。そうだね、父さん⋯⋯」
約一年ぶり。
久しぶりの再会だというのに、別れの時間はすぐやってくる。
まだまだ話したいことがたくさん残っている。
まだまだ側にいたいってつい思ってしまう。
でも、そんな思いをぐっとこらえて、喉から飛び出そうなのをギュッと押さえて、俺はダインの目を見つめる。
「次会うときは、覚悟しててよね」
「⋯⋯はっ、のぞむところだ」
ダインは俺のその強がりを見て、ふっと小さく微笑んだ。
///
こうして、俺たちの長いようで短かった戦いに幕が閉じられた。
出会いと別れがあって、楽しかったことも辛かったことも旅を通して色んなことを経験した。
泣いて、笑って、そんな日々の連続が俺をさらに成長させてくれた。
でもこれが終わりじゃない。
昨日の自分よりも今日の自分が少しでも誇れるようにこれからも俺は前を向いて進んでいく。
だって俺の第二の人生は、まだまだ始まったばかりだから。
──そして年月が流れた。




