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第四十二話 ツバキとアイリ

「そう、だったのか⋯⋯」

 広い広い廊下でザクが明かした事実。

 それは、ザクが戦争起こそうとしたのも、それに至る経緯までも全て人族が原因だったという内容であった。


「これでよくわかっただろう? 君たちがいる限り、僕たち妖精族(エルフ)に平穏な日々はやってこないんだ。それでもし、命を落とすことになったとしても僕は、一向に構わないさ」

「⋯⋯」

 正直、侮っていたのかもしれない。

 俺なんかよりもザクはもっともっと大きなものを背負って戦っていた。

 ザクからすれば俺の戦う理由なんてちっぽけに見えることだろう。


 もし、ここで他にも方法があるはずだなんて、そんな無責任な言葉を言おうものなら、それは今を生きる妖精族(エルフ)に対する侮辱で、これまで無念に死んでいった妖精族(エルフ)たちへの冒涜になる。


 じゃあ、俺はここで何をすべきか。

 そんなの決まっている。


 俺はゆっくり剣先をザクに向ける。

 ⋯⋯それでも俺は、ザクに立ち向かう。


 もちろん、これは人族のためなんかじゃない。

 彼に譲れないものがあるように、俺にも譲れないものがあるんだ。


「⋯⋯まあ、いいさ。だがいいのかい? ミリアの心配をしなくても」

「それはどういう⋯⋯」

「国王がいる部屋の前には大勢の衛兵が待ち構えさせているんだ。ミリアだけで突破できるとは到底思えないけどね」

 やはり、そうだったか。

 何も策がないのにミリアをあんなふうに見逃すはずがない。

 予想はしていた。

 すぐにでも応援に行きたいところだがザクはそんな俺を通す気なんて微塵もないだろうし、ベルとダインに助けを呼ばせる隙も与えるはずがない。


 くそっ、いったいどうする⋯⋯

 頭をフル回転させてもこの状況を変える作戦はすぐには思い付かない。


 このままだとミリアが⋯⋯

 そんな考えが頭をよぎった時だった。


「──安心しな」

 その声がしたほうを向くと、そこには包帯だらけのツバキの姿があった。


「師匠、なんでここに⋯⋯」

「弟子のピンチに駆けつけない師匠はいないだろ?」

 ニコッと笑うツバキを見て、ああやっぱり、この人には敵わないなってつくづく思う。


「ミリアの方は心配するな。王子の護衛はモモに任せて、シオンを行かせたからな」

「⋯⋯完璧です」

 まったく、これでは二人には感謝してもしきれなくなってしまった。

 でもこれでようやく、全力でザクに挑むことができる。


 俺は早速仕掛けようとした。

 が、それは以外にも師匠によって止められた。

「まあ、待つんだ」

「⋯⋯どうしたんですか?」

「少し、彼に伝えたいことがあってね」


 そう言ってツバキはザクを見る。

「さっきの話、少し盗み聞きさせてもらったよ。まさか、君がアイリの大切な人だったとはね⋯⋯」

「え⋯⋯?」

「──お前、それはいったいどういうことだ」

 ドン、と突然辺りの空気が重くなった。

 先程の殺気はどうやらほんの序の口だったようだ。

 だが、それでもツバキは続ける。


「彼女は最後まで君のことを考えていたよ。息絶えるその瞬間まで」

 ツバキが話す度、重圧がどんどん強まっていく。

 なぜ、師匠はわざわざそんなことを言うのか理解できなかった。


「だから⋯⋯」

「師匠⋯⋯!」

 俺は止めようとした。

 だが、ツバキがとった次の行動は俺の予想外なものだった。


「すまなかった」

 ツバキは頭を下げて謝ったのだ。

 それはザクも予想していなかったようで、ふっと辺りの重圧が消え去った。


「彼女を助けてあげられなかった」

「⋯⋯師匠、どういうことなんですか?」

 俺がそう聞くと、師匠は頭をあげて再びザクを見る。


「私は⋯⋯」


 ~~~~~~


 あれはカインと出会う一ヶ月前。

 ふと、バースの領主館の前を通った時のことだった。


「触らないで!!」

 その声が気になって館の中を覗くとそこには一人の鎖に繋がれた少女がいた。


 ⋯⋯奴隷、か。

 すぐにでも助けてあげたかったが、ダインの息子が来る前にここで追われる立場になるわけにはいかなかった。


「誰か!助けて!!」

「誰か⋯⋯!」

 ──私はただそれらを聞かなかったことにしてその場から立ち去るしか無かった。


 次の日、私はあの子のことが気がかりでまた様子を見に行った。

 でも、近くに行ってもあの子の声は聞こえなかった。


「確認するだけ⋯⋯」

 そう言って中の様子を見ると、外にボロボロになったあの子がいた。


「⋯⋯!!」

 気づいたら塀を乗り越えてその子のもとに向かっていた。


「大丈夫か!?」

「あなたは⋯⋯?」

 怯えるようにこちらを見てきた彼女の様子をみて、どんな仕打ちを受けてきたのか用意に想像できた。

 そして、ぐーと彼女のお腹が鳴った。


 そうか、ご飯も食べさせてもらえてないのか。

 慌てて彼女はお腹を押さえるがその音は鳴り止まない。


「大丈夫、君を傷つけはしないよ。何か食べものを持ってこよう」

 きっと最初に彼女のことを無視した償いのつもりなのだろう。

 私は急いで食べ物を準備した。


「さあ、館の者に気づかれる前に食べるんだ」

「あ、ありがとうございます」

 彼女は戸惑いながらも食べ物を一口。

 すると、そこからは一瞬で持ってきた食べ物を平らげてしまった。


 よほどお腹が空いていたようだ。

 彼女の頭を一撫ですると、ポタッと一滴、頬から水滴が落ちるのが見えた。


「これから毎日会いに来るからさ、君の名前を教えてくれないかい?」

「⋯⋯アイリって言います」

「そっか、これからよろしくな、アイリ」

 それを見てしまったらもう見捨てることはできない。

 これが私とアイリの出会いだった。


 次の日もそのまた次の日も、私はアイリに会いに行った。

 最初こそ、警戒されていたもののすぐに私達は打ち解けた。


 そのときに彼女から聞いたんだ。

 君のことをたくさんね。


「ザク様って傍からみたら冷静そうに見えるんですけど、実は⋯⋯」

「私、ザク様に渡したいものがあって、喜んでくれるでしょうか!」

 彼女は君のことを話しているときは常に笑っていた。

 つい、目の前の彼女は奴隷にされて攫われてきたということを忘れてしまうくらい、それはそれは楽しそうにね。


 でも、会うたびに彼女の痣は増えていっていた。

 綺麗だったであろう髪もボサボサになって見ているだけでこっちが辛かった。


 だから私は決心した。


「明日、君をここから連れ出すことにした。君に拒否権はないからね」

 彼女は困惑しているようだった。

 どちらかというと実感が湧いていないようと言ったほうが近いかもしれない。


「近々、仲間の息子がここにやってくるんだ。そしたらその子と一緒に君を、アイルまで責任をもって届けてみせる」

「ほんとう、ですか⋯⋯?」

「ああ、約束する」

 そしたら彼女の目からポロポロと大粒の涙が溢れ始めた。


 きっと彼女はずっと我慢していたのだろう。

 頼れる人もおらず、毎日辛い目にあって⋯⋯

 私はそんな彼女をギュッと抱きしめた。


 そして迎えた朝。

 彼女は塀の前で倒れていた。


「アイリ!!」

 抱き上げると彼女は、君にプレゼントするためにずっと持っていたバッジを握りしめてこう言った。


「ツバキさん⋯⋯私、このバッジを取り上げられそうになって、それで必死に抵抗してたらすこし怪我しちゃいました。でも、バッジは無事です。

 もう少ししたらザク様に会えるんですよね⋯⋯? ザク様、喜んで、くれますかね⋯⋯」

「ああ、そのザクっていうやつは絶対喜ぶさ! だからいくな、アイリ!!」

 こうしている間にも、だんだんとアイリのまぶたは閉じられていく。


「だめだ、アイリ、起きてくれ!!」

「⋯⋯あれ、なんだ、そこにいらしたのですね。ずっと、会いたかったんですよ⋯⋯」

「アイリ!!」

 アイリの霞む視界の先で一人の男がこちらに手を差し伸べていた。

 アイリは最後の力をふり絞り、それを掴もうと手を上げる。

 ──だが、いくら伸ばしてもその手はどこにも届くことなく、やがてそれは静かに落ちていった。


「⋯⋯アイ、リ」

 ツバキの腕の中でアイリは安らかに眠った。

 彼に渡すはずだったバッジと共に。


「⋯⋯ここで少し待っていてくれ」

 私は、優しくアイリを地面にそっと置くと、ゆっくり立ち上がった。


「大丈夫、すぐ戻るからね」


 そして、この日、バースで大きな火災が起こった。

 領主の館が全焼するという大火事だった。

 原因は、ある1人の女性によるものだったという。



 〜〜〜〜


「⋯⋯このあと、アイリのもとへ行くと複数の妖精族(エルフ)が彼女を抱えて連れて行くところを見たっていう感じだ」

 知らなかった。

 まさか、俺と会う前にそんな事があったなんて。


「⋯⋯そう、だったのか。礼を言う。君がいなかったらアイリを見つけることができなかっただろう」

「──だが、僕の考えは変わらない。僕は君たち人族を滅ぼす」

 そう言ってザクは戦闘態勢に入った。


「なに、それで大丈夫さ。カイン、気、抜くなよ」

「──はい」

 おそらくもうザクは手を抜いてこない。

 だからこちらも持てる全てを使って対抗する。


 ここからはお互い本気のぶつかり合い。


「⋯⋯いきましょう」

 油断したら、死ぬだけだ。

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