第四十話 エルフの王子1
これから、ある1人の男の話をしてあげよう。
そいつの名前はザク。
アイルという妖精族が暮らす国の第一王子だそうだ。
みんなは王子と聞いてどう思ったかい?
うまく想像できない人たちのために少し、そいつの王子としての生活を教えてあげよう。
朝、そいつが起きたら部屋にはすでに何人もの使用人が待機している。
何もしなくても服を着替えさせてくれて、気がつけば勝手に準備が整っている。
いくらこいつらをこき使っても何も文句は言ってこないし、いくら理不尽のことをしてもやり返されることは決して無い。
次に外出。
外に出ればどいつもこいつも、ザク様、ザク様とそいつを敬い、道を歩けば、誰もが前を開けてくれる。
人と話せばそいつらは永遠にお世辞とお世辞を繰り返してくれて、そいつの機嫌を損ねないように全力で持ち上げてくれる。
たとえそれが、ただのガキだとしてもだ。
ああ、ちなみにお金はもちろん余るほどあるさ。
普通の人々が一生働いても手に入れることができなくらいのお金がね。
そのおかげで欲しいと思ったものは大抵手に入るし、衣食住はすべて最高級のものが味わえる。
さあ、どうだろうか。
これで少しは王子がどんな生活をしているのかはだいたい想像できたかな。
それじゃあもう一度聞こう。
みんなは王子と聞いてどう思ったかい?
うんうん、そうだよね。
みんなわかってるじゃないか。
そんなの⋯⋯
──『クソくらえ』に決まっているよね。
生まれた時から特別扱いされて、周りから勝手に期待されて。
気づけば自由なんてなくて、自分が孤独であることに気づく。
何が王族だ。
何が王子だ。
本当に大事な時には何も出来ないんだから。
////
僕が生まれたときからずっと、周りにいる人達は全員もれなく笑っていた。
最初はみんな笑っているのが僕はたまらなく嬉しかった。
みんなに愛されている、その頃はそう信じて疑わなかった。
ああ、なんて僕は幸せものなんだろうって。
──でも、それが上辺だけだと気づくのにそう時間はかからなかった。
〜〜〜
「⋯⋯もう少しだったのに!もう少しで殺せたのに!!」
五歳のとき、一人の使用人に僕は殺されかけた。
そいつはよく率先して僕の遊び相手になってくれていた人だった。
あとから聞いた話だと、どうやらそいつには多額の借金があったらしい。
それを嗅ぎつけた誰かがきっとこう持ちかけたのだろう。
『僕を殺せば、大金をやると』
そいつがいつも積極的に一緒にいてくれたのは、全て僕を殺す瞬間を狙うためだった。
全て自分のお金のためだった。
まだ幼い僕にとってその事実は、現実を見せるには十分すぎるものであった。
最初からそいつは僕を金づるにしか見ていなかったのだ。
僕はショックで長い間、部屋に閉じこもってしまった。
そして、ひさしぶりに部屋から出たとき、景色は違っていた。
ああ、なんだ。
みんな、僕なんか見ていないじゃないか。
僕じゃなく、僕の権力を見ているんだ。
僕が王族だから、みんな心配してくれる。
僕が王族だから、みんな僕の前では笑っているんだ。
王族の僕に少しでも、気に入られるために。
そう思い始めてしまってから、僕にはみんなの笑っている顔がただニコニコしているだけの仮面を付けているようにしか見えなくなった。
メイドも執事も僕に関わってくるすべての人がそう見えてしまった。
そしてそれが不気味でしょうがなかった。
こいつも、こいつも⋯⋯こいつもだ。
誰一人として仮面をかぶっていないものはいなかった。
それに僕は絶望した。
それから何年経ってもその仮面が消えることはなかった。
そして、仮面がない者も現れることはなかった。
でも、人は慣れるものだ。
徐々にそれに慣れていき、いつしかそれが当たり前になった。
そんなある日、一人の同じ年ぐらいの少女がメイドとしてやってきた。
顔を見るとその少女にもやはり、仮面がついていた。
なんだ⋯⋯
それを確認した瞬間から彼女に興味は無くなった。
結局、僕は彼女の名前も聞くことなく、一日を終えた。
次の日の朝。
それはいつもとちがう朝だった。
「いい加減起きてください!!いつまで寝てるんですか!」
僕は初めて怒鳴り声とともに起こされた。
初めての経験すぎてつい飛び起きた。
「⋯⋯え」
「もう何時だと思っているのですか!早く支度してください」
どれも初めての経験すぎて頭が追いつかなかった。
それに、支度って⋯⋯
「僕が、やるのかい?」
これまで朝の支度はメイドが勝手にやってくれていた。
物心ついたときからそうしてもらっていたので僕もそれが当然だと思っていた。
なのに、彼女は
「はああ?そんなの当たり前じゃないですか!何でもやってもらえると思ったら大間違いですよ!!」
と、僕の正面に立って堂々と言ってきた。
王子である僕の前であるはずなのにだ。
あっけにとられて時間が止まったように感じた。
どういう、ことなんだ。
みんな僕に気に入られようと必死なのに、この女だけは⋯⋯
──パキリ。
彼女の仮面にヒビが入った。
「仮面が⋯⋯」
「仮面?何を言っているんですか」
それからも彼女は僕に恐れることなく、文句を言ってきた。
「もう何やってるんですか!」
──パキ。
「王族ならもっとちゃんとしてください!」
──パキパキ。
あっという間だった。
彼女の仮面にヒビがどんどん増えていく。
「あなた!ザク様に何を言っているのですか!」
彼女より一回り年をとっているもうひとりのメイドがそれを見て注意しようとするが、
僕は手をその者の前に出して止める。
「⋯⋯いや、これでいいんだ」
いつぶりだろうか、こんなにも満たされた気持ちになるのは。
僕はゆっくり歩きだして、彼女の前で停まる。
「君、名前は?」
「⋯⋯はあ、ようやく聞いてくれましたね」
ヒビだらけの仮面をつけて彼女は言った。
「私の名前はアイリ。アイリ・ロメリアよ」
──パリン。
仮面が砕けて綺麗な顔が現れる。
⋯⋯ああ、なんだ。
仮面なんて、本当は無かったんだ。
何年ぶりに見た人の顔。
それは可憐な少女の顔だった。
「僕の名前はザク。ザク・フォンルード」
そう言って僕はアイリに向けて右手を差し出す。
「これからよろしく頼むよ。アイリ」
その行動にアイリは驚いた表情を見せるがすぐに笑って答えた。
「ええ、任せてください」
アイリはその手を強く握りしめた。




