第二話 一歩
転生してからだいぶ時間がたった。
しっかり立てるようになったし、この世界の言語も少しは話せるようになった。
ちなみにこの世界での俺の名前はカイン・レリウットというらしい。
カインが名前で、レリウットがいわば名字だ。
最初は三十年共にした宮野蓮以外で呼ばれることに違和感を覚えていたが、案外なんとかなるものだな。
今ではカインのほうがしっくり来る。
まあ、それはそれで前の両親に申し訳なくなるけれど。
それはさておき、俺は今日までの間、あんな決意表明をしたのだからこの世界で後悔しないためには何をするべきなのかを考えたんだ。
まずこの世界は未確定要素が多い。
もしかしたら、前の世界とは求められてくる能力が違う可能性も存在する。
だからここは無難に、あって絶対に困らない今から鍛えられるもの。
それは、『筋肉』だ!
大学生の時は筋トレを初めて、一週間と立たず飽きてやめてしまったからな。
今度はそうならないように、父の力を借りている。
「お父さん!」
「おお、カイン!また一緒に訓練するか?」
「うん!」
俺の父親であるダイン・レリウットは近くの街の自警団に所属しているらしく、そのため毎日欠かさず訓練をしている。その父親の訓練に参加すれば体を鍛えられるだけでなく、ついでになんと剣術も学べる。
まさに一石二鳥だ。
だがしかし、最初は完璧だと思っていたこの作戦にも、ほんの少しだけ誤算があった。
──俺の父親は手加減が少々下手だったのだ。
「まだまだだな我が息子よ!」
そう言われながら、毎回これでもかというくらいボコボコにされている。
下手って言うより、大人げないに近い。
まだ幼い子どもに対して、少しの手加減すらしない。
こっちは一生懸命振っても、すべて避けられて剣が当たったことすらないんだ。
普通の子どもだったら確実に拗ねてるぞ、父親よ。
──でも、残念だったな。
「こんちくしょうー!」
今の俺に拗ねてる暇なんてないんだ。努力を怠った者がどんな最後を送るのか。トラウマになるぐらい、今でも鮮明に思い出せる。
まあ、そのトラウマのおかげで、俺は今こうして頑張れているんだけどな。
そしてもう一つ、せっかく異世界に来たのだから魔法も学ばなくてはもったいないだろう?
魔法は母親が担当してくれている。
名前はルミア・レリウット。
父さんからはミアって呼ばれている。
ちなみに父とは冒険者時代に一緒のパーティーで活動をしていて、巷で噂されるほどには有名だったそうだ。 最初この話を聞いたときは、この世界に冒険者という職業があることを知って、めちゃくちゃテンションが上がった。
まあ、何十回もその話(惚気話)を聞かされていたら嫌いになりかけたけど。ただ、噂されるぐらいということは腕も確かなのだろう。
そんな人に教わるチャンスを逃すわけにはいかない。
「さあカイン、ここからは魔法のお時間ですよ」
「うん!」
だから俺は、ダインの訓練に参加させてもらうのと同時に、魔法の訓練もお願いして始めてもらった。
おそらく普通の人だったら最高の時間なのだろうな。
だってあの魔法だぞ? ワクワクしないほうがおかしい。
だが、正直今の俺はワクワクより緊張が勝っている。
「じゃあ、前と同じでお水をがんばって出してみよっか。大丈夫、絶対できるようになるから!」
なぜこんなふうに言われているのかというと、実は俺は母親から初めて魔法を学んで以来、一度も実際に魔法を使えたことがないからだ。
そう、一度たりともだ。
母親の言う通り、手のひらに意識を集中させて何度も水が出るイメージをしたんだが、なぜか出なかった。
手のひらに感触のようなものはあるのに。
ルミアは『カインぐらいの年齢だとできない子のほうが多いのよ』と言ってくれるが、俺は中身が大人っていう大きなハンデを貰ってるんだぜ?
それなのにできないんだから流石に凹んださ。
そして今日も変わらず、手のひらから水が出ることはなかった。
もちろん次の日もそのまた次の日もできなかった。
ダインとルミアは全く心配してない風を装っていたが、さすがに俺でも、少し不安そうにしているのはわかる。
まあ、前世の俺だったらここで、『俺には才能がないんだ』とか言って諦めていたことだろう。
でも、さっきも言ったとおり、転生してからの俺はちがう。
逃げないって自分自身と約束したんだ。
だから何度も考えたさ。
なぜ、だめだったのかを。
思いついて試してみては失敗し、書斎の本を読んで調べ、そしてまた試す。その繰り返しの中で、やっと原因がわかった。
俺は勘違いしていた。魔法といえば、そう『魔力』が必要だ。魔力を消費して魔法を具現化させる。なら、その魔力はどこにある。俺はてっきり、空気中にあるのだと考えていた。だってそうだろ? 前世にはどこにも魔力というものがなかったのだから。そのせいで、体内にも無いと勝手に思っていた。でも違うんだ、意識は前世と同じ俺でも、身体は違う。
──この身体には魔力が流れている。
意識するのは体内の感覚。血管のように流れる魔力を感じ取るんだ。そして、それを手のひらに集中させる。
『基礎魔法 ウォーターボール』
詠唱して数秒経っても、やはり何も起きなかった。
「──だめ、か⋯⋯?」
そう思った瞬間だった。
ゴポォ⋯⋯
突然、その願いに呼応するように手のひらに淡い光が現れ始め、小さな魔法陣が出現する。すると、そこから水が徐々に生成されていき、ちょうど拳一個分ぐらいの水の塊が完成した。
──成功だ。
「やったわ!カインすごいじゃない!」
「うん⋯⋯!」
初めてだった。
失敗しても腐らず、ここまで続けたのは。
そして何よりうまくいったのは。
「よっしゃああ!」
もしかしたら年齢相応の喜び方ではなかったのかもしれない。
でもそれほどまでに嬉しく、気持ちのいいものだった。
みんなからしたら本当に小さいことだ。誰にもできる初歩的なことができただけ。
でも、俺にとっては大事な大事な一歩だ。
その日の夜、食卓にはどれも俺の好物ばかりが並べられていた。
「良かったなカイン!父さんはできると思っていたぞ!」
その言葉から察するに、やっぱり不安だったのだろう。
でも、自分の成功をこんなに喜んでもらえて、嫌な気持ちになるはずがない。
それに、ずっと忘れていたな。
愛情を与えられるのが、これほどまでに心地が良いのを。
「それじゃ、いただきます」
俺はもう、この二人を本当の家族のように思っている。
まあ、この世界の俺は二人の子供なんだから当然といえばそうなんだが、これは⋯⋯そう、気持ちの問題だ。
大切に思っているし、感謝もしてるし、尊敬もしてる。
だからちゃんと二人に胸を張れる人になろうって心の底から思うんだ。
前世の俺みたいになったら、情けなさ過ぎて顔向けできないからな。
そのためにも、もっともっと頑張らなくちゃな。
そうして次の日からも、俺は訓練漬けの日々を送った。
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