第十四話 ミリアとグラジオ2
目の前の少女が精霊国の王女だと発覚し、俺は未だその事実に呆然としていた。
「その子が王女様だとして、なんでこんな危険なところに護衛は君一人なんだい?」
状況が飲み込めていない俺とモモに代わってツバキが質問する。
確かに普通王女と言ったら、こんな魔獣がうじゃうじゃいる森の中になんていないはずの存在だ。
いるとしても、もっと厳重な警護がついているはず。
しかし、見たところこのグラジオという人物以外には誰も見当たらない。
しかも、そのグラジオは相当な重症を負っていた。
一番隊隊長といえば、紛れもない実力者のはずなのに。
「他の護衛は、私達をここまで逃がすために⋯⋯」
グラジオはその拳を握りしめた。
「そうまでしないといけない魔獣がここらへんにいるってこと?」
「いえ、魔獣ではありません」
魔獣ではないと言ったら、盗賊だろうか。
ただ、そこらへんにいる盗賊では手も足も出ないと思うが。
「じゃあ一体⋯⋯」
グラジオは一呼吸置くと、自分たちをこの状況まで陥れたその名前を言った。
「『無音』です」
「なっ」
ツバキがその名を聞いた瞬間立ち上がった。
「何か知っているんですか」
「そりゃあ、無音ってのは各国の要人を何百と殺してきた暗殺者の名だ。狙われたら最後、依頼は必ず遂行することで有名なんだ」
師匠の慌て具合からして、非常にまずい連中に狙われているのは間違いない。
「だけど、相当な権力者じゃなきゃ会うことすらできないはずじゃ」
「⋯⋯依頼したのはおそらくミリア様の兄なんです」
「なっ、兄だって⋯⋯」
まさかの返答に言葉が詰まる。
「──後継者争いか」
深刻な顔で呟いたツバキの言葉にグラジオはコクリとうなずく。
「エルフの現国王が近々跡継ぎを決めると噂には聞いていたが、そこまでやる必要があるの?」
「現国王様は一人に権力が集中するのを懸念して、長男と次男、そして長女ミリア様にそれぞれ分けようとしたのです。しかし、それでは困るのが長男のザク」
「ザクは──」
そこでグラジオはより深刻そうな表情になる
「戦争を企てているんです」
「⋯⋯な! そんな事したら、他の種族も黙っていませんよ」
モモがこんな反応するのも当然だ。
──戦争。
それはこの世界で最もタブーな行為だ。
俺ですら、知っていることだ。
家の絵本にも書いてあった。
昔、あらゆる種族の間で戦争が絶えず起きていた。
たくさんの生物、種族が死に、中には滅んだ種族もあったという。
そんな中で、各種族の長が協力して、ひとつの約束事を決めた。
それが『戦争の禁止』だ。
「そうです、先人たちが長い時間をかけて築き上げた不可侵条約。これがあるおかげで今の平和な時代があるのに、また種族同士で争う時代に戻ってしまう。だからなんとしても止めに行かないといけないのです」
真剣な表情を見る限り、嘘ではないのだろう。
「次男は今捕らえられてしまっていて、後はミリア様を始末するだけなのです」
「国王は一体何をしてるの?」
ツバキの言う通りそんな事をしていたら、長男と言ってもただでは済まないはずだが。
「その次男を人質に取られてしまっているのです」
なるほど、殺さず捕らえた理由はそのためだったのか。
「国王様がミリア様を国から脱出させたのは、国王様なりの抵抗だったのです。私たちは、このまま国を見捨てるわけにはいきません。絶対に、ザクを止めなきゃいけないんです」
「どうか、危険を承知で力を貸してくださらないでしょうか」
再度頭を下げるグラジオとミリア。
「君たちを助けてやりたいとは思うんだが⋯⋯」
ただ、それでもツバキが渋るのは仕方ないのことだ。
どう見てもこれは俺たちでは荷が重すぎる。
相手はエルフの王族だけじゃなく、凄腕の暗殺者。
今の実力じゃ、手も足も出ないかもしれない。
ツバキとしてもダインとルミアに俺を任せられている立場として危険を犯すわけにはいかないよな。
「⋯⋯確かに、これは私たちの問題ですからね。すみません無茶を言ってしまって」
「では私達は先に行きます」
そう言って、グラジオとミリアはこの場を立ち去った
「師匠⋯⋯」
「⋯⋯仕方ないんだ」
俺たちは黙ってその後ろ姿を見届けるしかなかった。
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あの三人組の冒険者たちは、ひと目見ただけで相当な実力を持っているとわかった。
小人族の少女は魔力量は魔術師の中でも多く所持しているほうだろう。
少年が師匠と呼んでいた彼女は、おそらく私と同等の実力を兼ね備えている。
そして少年の彼、まだ実力は不完全だが可能性に満ち溢れていた。
もし力になってくれたら心強かったのだが。
「すみませんミリア様」
「いいの、がんばって協力してくれそうな人を探しましょ」
ミリア様はまだ幼いのに、このような状況でも元気づけてくださる。
いつ無音の奴らが襲ってくるかわからず一番不安なはずなのに
なんとしてでもこの方だけは守らなければ。
「ん?」
ガルル、と鳴き声が聞こえたときにはすでに狼型の魔獣に囲まれていた。
いつもならすぐ気づくはずなのに。
やはりまだ完全には回復できてないようだ。
剣を構えるがこちらから攻めてミリア様を無防備の状態にするわけにはいかない。
攻めてくるのを待ち構えていると。
「バインド!」
という声とともに、目の前の魔獣が鎖に押さえつけられた。
「これは⋯⋯」
魔法の発動から間髪入れずに、後方から二人の男女がすぐさま、動けない魔獣を一掃する。
「──グラジオさん、やっぱり俺達もアイルまで同行してもいいですか」
「あなた達は!」
そこには先程の冒険者の姿があった。
「自分たちが力になれるかはわからないですけどね」
彼はそう言ったが、今これほど心強いものはない。
「本当に、ありがとうございます」
こうして精霊国アイルに向かって私達は五人で再出した。
///
彼らを見送ったあと、俺たちは仕方がないと理解していても、どうしても割り切れない気持ちを抱えていた。
「仕方、ないんですよね」
「ああ、今の私達じゃ荷が重い相手だ。もしこれでお前に何かあったらダインたちに顔向けできねえからな」
こういうとき自分の無力さに嫌気が差す。
あの二人がしようとしていることは、誰が見ても彼らだけで無事に成功するとは考えられない。
そんな死地に向かう彼らに対して何の力にもなれないなんて。
「はぁ⋯⋯」
こういうときいつも前世のことを思い出す。
中学二年生の時、俺の友達は部活の先輩にいじめられていた。
毎日学校に来ては休み時間呼び出されたては、物がなくなったり、帰るときは痣だらけになっていたり。
でも、助けてくれる人は誰もいなかった。先生も親も学校も。
⋯⋯そして、俺も。
先生と学校は、今時いじめなんかあったら大問題だ。
一年待てば先輩たちは卒業してこの学校からはいなくなる。
だから見て見ぬ振りをしていた。
親は学校の言うことを信じて、彼の言葉を一切信じなかった。
そして親にとっては毎日物を無くして帰ってくるものだから彼をそのたびに叱った
じゃあ俺はどうしていたのかって?
決まっているだろ。
『他人のふりだ』
別に絶対助けられないというわけではなかった。
ただ、助けたら次は俺がいじめの標的になるのはわかりきっていたことだ。
あの日常を送ることになるって考えたら、必然とそうなった。
だから俺は、ただその光景を黙って見ることしかできなかった。
ある時、いじめをしていた奴らが帰った後、彼に話しかけてみた。
きっと、どこかで彼に対して罪悪感を抱いていたのだろう。
だけど──
「善人ぶるなよ」
そう言われて、俺は何も返す言葉が見つからなかった。
そして、俺はまた、彼と他人になった。
いじめは先輩たちが卒業するまで続いた。
その間、俺は怖くて部活には行けなかった。
怖かったのは先輩達がじゃない。
──彼のことが、だ。
ちなみにそんな彼は最後まで参加してたらしい。
親が休むのを許さなかったそうだ。
でも、ようやく先輩たちがいなくなっていじめも無くなった。
学校にはいつもの平穏が戻った。
まあ、その頃にはもう部活に俺の居場所はなくなっていたけどね。
それから月日が経ち、高校受験も終わって春休みに入ったある日、ニュースが流れた。
一人の高校生が道路に飛び出して自殺したというニュースだ。
そして、テレビに映し出された亡くなった高校生の顔写真には、あの日の彼が写っていた
きっと、彼の精神はとっくに限界を迎えていたのだろう。
それでも、先輩たちがいなくなったら楽しい学校生活が待っていると信じて、耐え抜いてみせた。
しかし、いじめられている間に友達はいなくなり、残ったのは「関わってはいけない奴」というレッテルだけ。
現実はいじめという実害が無くなっただけで、周囲の対応が変わることはなかった。
きっと彼はその時、完全に心が壊れたんだろう。
受験もうまくいかず、そして最後は⋯⋯
そのニュースを見た時から、俺は彼の言葉が頭から離れなくなった。
今だってこう鮮明に思い出せるくらい、ずっと俺の中に残り続けている。
俺はその時、思ったんだ。
あの時、もし助けに入っていたら、彼は自殺しなかったかもしれない。
そして、こんなにも後悔し続けることはなかったはずだって。
未だに後悔してるさ。
──どうして、俺は逃げてしまったんだろうって。
助けたら、俺もいじめられて、その時は辛い思いをしたかもしれない。
でもそれは、終わってしまえばきっと笑い話になって、その判断をした自分を誇らしく思えただろう。
後になって、俺は自分を死ぬほど責めた。
今更そうしたところで、彼が亡くなった事実は変わらないのに。
全部、気づくのが遅かったんだ。
⋯⋯でも、今は違う。今はまだ、『間に合う』。
俺は二度と、後悔したくないんだ。
──ようやく覚悟が決まった。
「師匠」
「ん?」
ツバキは「どうした?」とこちらを向く。
「⋯⋯助けましょう」
ツバキはそう言われるのは想定していたのですぐ反対する。
「気持ちはわかるんだが、何度も言ってるだろう。今の私達じゃ荷が⋯⋯」
「もし今行かなかったら──」
俺はツバキの言葉を遮るように言った。
「俺は一生、後悔します」
「⋯⋯」
ツバキはカインの表情を見て、「はぁ」とため息をこぼす。
頭をゴシゴシかいて、
「ああ、もう!わかった!」
どうやら、俺の覚悟が伝わったみたいだ。
「ただし!」
「アイルまで到着するのに二ヶ月以上はかかる。その間、死ぬ気で強くなってもらうからな!」
その言葉を聞いて俺は元気よく「はい」と返事をする。
「モモもいいね!」
「もちろんです!」
「よし、それじゃあ行こうか!」
ツバキの掛け声とともに彼らに追いつくため俺たちは走り出した。
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