第九十九話 親友になれた二人
〜少し前〜
燃え盛る炎が如く。
肺が焦げつくように熱い。
でも、その分だけ、身体に力がみなぎってくる。
「⋯⋯ミヤノ、レン。そうか、まさか、また会えるなんて」
「いくぞ、カガミ」
「──うん、そうだよね」
静かに返された言葉。
それが開始の合図だった。
武器を持たないカガミに、カインは真っ向から刀を振り抜きにかかる。
警戒はしていた。だが、無防備で何かで防ぐ気配もない。
強いて言うなら、ただ腕を構えただけ。
それだけで防げるはずがない。そう思っていたのに。
──キンッ。
甲高い音が響いた。
刀身を伝い、振動が手にまで浸透する。
闘気⋯⋯?
いや、ちがう。
刀身を弾いたカガミの腕を凝視すると腕が、黒鉄色に染まっていた。
「⋯⋯言い訳はしないよ」
カガミが拳を握りしめると、指の隙間から焔が立ち、やがて腕全体を呑み込んだ。
その光景が、いつか見た魔獣の姿とリンクする。
「だから、全力で来い。宮野ッ!!」
「──いわれなくても!」
燃え盛る手腕と、朱に燦めく刀身が激突した。
爆ぜる火花。二つは弾かれ合い、互いに半歩だけ後ろへ跳ねる。
先に動いたのはカイン。
踏み込むと同時に、斜め一文字に飛ばされた斬撃がカガミの頬を過ぎ、髪を数本さらう。
カガミは臆することなく炎拳をカインの顔面に飛ばした。
カインは上体を折り、拳は鼻先を風だけ残して通り過ぎる。
超至近戦の攻防。
金属音が間断なく鳴り、線香花火の如く火花が散る。
互角に見えた均衡は、やがて打撃が斬撃の手数を上回り始めることで崩れた。
「クソッ!」
咄嗟に刀の腹を盾に、カガミの一打を受け止める。
押し返す間も無く、衝撃が体幹を跳ね上げ、身体は後方へ弾き飛ばされた。
背中で風を裂きながら視界が流れる。
その流れに逆らうように、カガミの影がぐっと迫ってきた。
「させるか!」
魔法陣が閃き、大地がうねって岩塊が幾重にも壁のように隆起する。
視界が塞がれ、カガミの姿が岩影に消えた。
しかし、カガミの速度は落ちない。拳が岩面を穿ち、亀裂が走る。
次の瞬間、岩壁が破砕し、粉塵が爆ぜた。
「まさか、あのときの経験が生きる日が来るなんてな⋯⋯」
砂塵の中、地を這うようにカインが飛び出した。
カガミは両腕を交差し、迫る切先を受ける。
「くっ⋯⋯!」
「──ッ!」
先刻と異なり、衝撃で黒鉄の腕が弾き上げられる。
その隙を冒険者は逃さない。
カインは既に追撃の体勢に入っていた。
滑り込むように踏み込み、刃先が胸元へ一直線に走る。
「まだだっ!」
カガミの口奥で、光弾が輝く。
気づけば、その光は頂点に達していた。
溢れた輝きが一気に膨張し──直後、カインの視界は白一色に塗り潰された。
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「⋯⋯善人ぶるなよ」
──パンッ。
そう言って、僕はその手を払いのけた。
誰も差し伸べてくれなかった手を。
彼だけが差し伸べてくれた手を。
本当は、心の底から嬉しかった。
まだ自分には味方がいる。そう思えた。
けれど、その安堵と安心は、すぐ欲に転んだ。
どうして、今さら話しかけてきたのか。
どうして、もっと早く助けてくれなかったのか。
あの時だったら、こんな苦しみを味わわずに済んだのに。
一度、そう考えてしまったが最後。
募った苛立ちの矛先が、この差し出された手に向かってしまった。
手背の皮膚がひりつき、自分の愚かさに気づいたときには──すべてが手遅れだった。
扉が乱雑に開けられる音。
もう、彼の姿は無かった。
全身から力が抜けた。
『善人ぶるなよ』
自分が発してしまった言葉が脳内で何度も再生される。
自分が犯してしまった過ちが脳内で何度も再生される。
「どうして、僕、あんなことを⋯⋯」
自分がわからなかった。
この手が、自分の手だと思えなかった。
”謝りたかった”
先輩たちがいなくなっても、孤立したのは当然の報いだと思った。
勇気を振り絞って助けに来てくれた彼に、あんなことをしてしまったのだから。
誰だって、こんな奴とは一緒にいたくない。
僕の人生を壊したのは、先輩たちじゃない。
ほかでもない、この僕だった。
”ずっと謝りたかった”
車が大量に行き交う光景を目前にしても、その思いだけがあった。
思いだけがあって、勇気は無かった。
今さら、どんな顔で会えばいいのか、わからなかった。
軽く、踏み出された一歩。
ヘッドライトの光が視界を覆い尽くす。
痛みは、無かった。
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「⋯⋯っ、?」
どのくらい、気を失っていたのだろう。
視界がぼやけて、焦点が合わない。
身体を動かすと、葉がぱらぱらと地面に落ちた。
少しずつ思考が澄み、樹木に打ちつけられたのだと理解した。
節という節が痛み、心臓が破裂しそうなほど暴れている。
樹幹に背を預けて立ち上がると、ようやく視界が戻った。
「どうやら、意識が戻ったようだね」
「カガミ!? いや、それよりお前、その身体⋯⋯」
「ん? ああ──」
すぐ目の前に、彼がいた。
──胸に、刀が刺さった状態で。
だが、それ以上に異様な光景があった。
平然と立つ彼の手足の先が、小さな塵となって風に溶けていく。
指先が、手のひらが、崩れるように消えていく。
「タイムリミットだよ。煉転の使用者は、命という名の燃料がなくなると灰になる。宮野も知ってるだろう?」
「あ、ああ⋯⋯でも、お前はこの戦闘で一度も使っていなかったはず」
「──いや、使っていたんだ。黒竜を使役するために何週間も前から」
「なっ⋯⋯」
たった数分使っただけで肺が焼けるような激痛が走るあれを、何週間もずっと⋯⋯?
いや、でもそれならおかしい。
煉転を使えば、特有の漏れ出る魔力が見えるはず。
戦闘中、カガミの身体からそういうのは一切──
「最後に、どうしても宮野に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかい」
「⋯⋯っ」
その理由を悟った俺は、顔を上げ、カガミを見据えた。
このとき初めて、俺はカガミのことをちゃんと見たんだと思う。
俺は言葉を飲み込み、無言でうなずいた。
すると、カガミがゆっくりと頭を下げた。
「ごめん」
「⋯⋯え?」
「あのとき、君は僕に手を差し伸ばしてくれたのに、すごくひどいことを言ってしまった。ずっと、謝りたかった」
「⋯⋯」
言葉が出なかった。
まさか、カガミから謝られるなんて。
謝るべきなのは、俺の方なのに。
「──それは違うよ、加賀美」
「⋯⋯え?」
俺は、加賀美よりも深く頭を下げた。
「俺のほうこそ、ごめん。ずっと後悔してたんだ。標的にされるのが怖くて、俺はお前から目を背けてた。あのときも、ただ自分が気持ちよくなるためにやったようなもんだ。お前が言ったことは何も、間違ってなんかない。本当に、ごめん」
「⋯⋯なんだよ」
涙ぐんだ声が聞こえた。
顔をあげると、涙をこぼしながら、それでも加賀美は笑っていた。
「あのとき、勇気出して、おまえに謝ればよかったな」
その瞬間、崩壊の速度が目に見えて増した。
「加賀美、身体が⋯⋯!」
「宮野、おそらく使役から解かれ、腹をすかせた黒竜がこっちに向かって来る。あれはもう死にかけだ。だから──」
下半身はすでに消え、崩落は胸元に達していた。
胸に刺さっていた刀が、乾いた音を立てて地面に転がる。
今にも消えそうだった。
それでも、加賀美は満面の笑みで言った。
「負けるなよ」
「────ああ、任せろ」
すべてが細かな灰にほどけて消えるまで、俺は目を離さなかった。
最後の一片が空に消えるのを見届け、俺は静かに刀を拾い上げた。
すると、後ろから声が聞こえた。
「カイン!」
「カインさん!」
「モモ、それにミリアも!」
息は上がり、服はぼろぼろ。
でも、二人の姿を見て、心の底から安堵した。
──ズキンッ。
「⋯⋯」
いまだ激しく脈打つ胸の中心を押さえながら、俺はゆっくりと二人に背を向け、空を見上げた。
灰色に染まった雲の切れ間。その中で、一際目立つ黒い影。
「二人とも、最後に力を貸してくれる?」
「それって──」
「⋯⋯当たり前じゃないですか」
モモがすぐ俺の横へ並んだ。
それを見て、ミリアも数拍遅れて肩を並べる。
「⋯⋯ありがとう」
本当に、二人に出会えてよかった。
俺は胸から手を離し、奴を見据えた。
「──いこう。ラストバトルだ」




