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第九十五話 伝説を超えて

 閃光が上空で弾けた。


「行こう」

 作戦開始の合図。

 僕とシオンは一気に駆け出した。


「⋯⋯シオン、君にはいつも迷惑をかけるね」

「はあ、今更何を言ってるんだか」


 シオンは呆れたようにため息をついた。

 その横顔を見て、僕は微笑する。

 物心ついたときから、一緒にいた。

 このやり取りも、もう何千と繰り返してきた。


「みんなは、大丈夫かな」

「なに、ルドは仲間のことを信頼してないの?」

「そんなわけないじゃないか」

「なら、自分のことに集中して。私たちは今日、あなたの父を倒しにきたんだから」

「⋯⋯うん、そうだね。シオンの言う通りだ」

 僕は深く息を吸い、震える拳をぎゅっと握りしめた。


 誰一人、敗北は許されない。

 全員が格上を相手に本気で勝ちに来たんだ。


 それは僕も同じ。

 たとえ相手が、生ける伝説と呼ばれる父だとしても。


 僕には兄やミリアのような魔法の才能はない。

 ずっと笑いものにされてきた情けない王子だ。


 ──でも、僕には仲間がいる。

 こんな僕を信じてくれる、大切な仲間たちが。


「ルド」

「うん。どうやら作戦がうまくいったようだね」

 この魔力、この威圧感。

 振り返らなくても分かる。


 僕とシオンが立ち止まると、背後から馴染みの声が聞こえた。


「⋯⋯自ら破滅の道を選ぶとはどういうつもりだ、ルド。まさか私を止めにきた、などと言うまいな」

「そのまさかですよ。父さん、こんなことは間違っている」

「今さら何を言う。人族(やつら)精霊族(わたしたち)がどれほど苦しめられてきたと思っている」


 圧倒的な魔力が、空気ごと押し潰してくる。

 ──まさか、このボクが父に歯向かうときが来るなんてね。


「⋯⋯たしかに、人族(かれら)のしてきたことは許されることじゃない。だけど、こんなことをしても互いに終わりのない復讐の連鎖に陥るだけです」

「つまり、ザクの意志を無駄にしろ、と?」

「違う! そんなつもりはありません!」

 ザク兄さんの一件で父の覚悟は決まってしまった。

 ずっと考えていたのだろう。

 人族を、滅ぼすことを。


 精霊族のために。

 そして、子どもたち(ぼくたち)のために。


 けれど、ボクとミリアは彼らと出会ってしまった。

 もし彼らと出会っていなければ、きっと父さんと同じ気持ちだったと思う。

 良くも悪くも、そこが運命の分かれ道だったんだ。


「父さん、ボクは──」

 もう、見捨てることなんてできない。

 だから今度は、ボクの番だ。

 兄さんがそうしたように、ボクもこの命をかける。


 ボクなりの方法で『二度と精霊族が犠牲にならない』世界を目指すために。


「やっぱり、共存の道を選ぶよ」

「⋯⋯そうか」

 次の瞬間、空中に大量の魔法陣が生まれ、辺り一面がその輝きに包まれた。


 ザク兄さんは、この光景を前にしても、その歩みを決して止めなかった。

 今なら、その凄さがよくわかる。


 恐怖で、足が震えて動かない。


「ザク、ちゃんとしな」

「⋯⋯うん、そうだね」


 ──そうだ、ボクはなにも一人で立ち向かうわけじゃない。

 父さんやザク兄さんとは違う。


「シオン、お前も人族に恨みがあるだろう? なぜそちら側につくのだ」

「ルドがいるからさ。それに、人族だって全員が悪いわけじゃない」


 ⋯⋯ありがとう、シオン。

 自分が弱いからこそ。

 仲間に頼れること、頼れる仲間がいることが、心の底から誇らしいよ。


「わかった。それなら、容赦はしない」

 空中の魔法陣から、色鮮やかな魔法が次々と出現する。

 同時に、ボクも地面に手を触れた。

 空とは対照的に、地上は端から端まで純白の魔法陣が拡大していく。


「本当に共存の道を目指すというのなら⋯⋯この私を、倒してみせろ!!」

「シオン!」


 一瞬の煌めき。

 それが開戦の合図だった。

 熱と冷気が入り混じり、七色の光が交差する。


「ルドの、邪魔はさせない!」

 圧倒的な数の魔法を前に、シオンの弓から放たれた一本の光矢。

 幾重にも枝分かれして、瞬く間に無数の光矢へと姿を変える。


 衝突の瞬間、眩い閃光が星々のように輝いた。


「⋯⋯くっ!!」

 風圧だけで身体ごと吹き飛ばされそうになる。

 でも、この手を止めるわけにはいかない。


 魔法陣の光が増すたび、魔力がみるみる吸い取られていく。


「──っ、まだだ!」

 意識が遠のきそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。


 ⋯⋯ずっと、悔しかった。

 たった一度ですら、魔法でザク兄さんに勝てたことはなく、ミリアにだって、まるで歯が立たなかった。


 そんなボクが、魔法で父さんに勝とうだなんて、馬鹿げた話だと思うだろう?

 ボク自身でさえ、そう思うさ。

 こんな、馬鹿げた話はないって。


 ──それでも。

 わかっていても、諦めきれなかった。

 ”落ちこぼれ”と笑われ続けてきたボクが、伝説とまで呼ばれた父を──超える夢を。


 たった一度でいい。

 たとえ、これでもう二度と"魔法が使えなくなる”としても⋯⋯


 ボクは、今日。

 最初で最後の勝利を、掴んでみせるよ。


「⋯⋯何を企んでいるのかは知らんが、言ったはずだ」

「くそッ」

 見上げれば、空は幾つもの巨大な隕石で埋め尽くされていた。

 ただでさえ、今の状態でお互い手一杯だというのに⋯⋯


 シオンは十分頑張ってくれている。

 自分が被弾しても、ボクだけは巻き込まれないように、最小限の手数で父の魔法を捌き続けている。

 だけど、これはもう、捌くとかそういう次元じゃない。


 轟音が、地上へと迫ってくる。

 魔法陣が完成するのが先か。

 それとも、あれが直撃するのが先か。


「──シオンッ!」

「なんだいッ!」

「ボクのことはいい。頭上の隕石を、少しでも遅らせてくれ!!」

「りょーかいッ!」

 シオンは手を止め、弓を空へと向けた。

 その刹那、無数の光弾がボクを襲った。


 皮膚が焼け焦げ、雷流が全身を駆け抜ける。

 氷の礫が肉を貫き、砂埃を舞い上がらせた。

 視界が覆われても、その追撃は止まらない。


 もはや痛みなど感じなかった。

 全身が麻痺し、力がうまく入らない。

 でも、この魔力だけは、止めるわけにはいかない。


 数秒が永遠にも思えたその瞬間──


「喰らえッ!! 『超級魔法 絶穿』」

 シオンの咆哮とともに放たれた光矢の余波が、周囲の砂埃を一掃する。

 光の軌跡は一直線に空を走り、真上の隕石を貫いた。


 次の瞬間、閃光が弾け、衝撃が大地を襲った。


「⋯⋯ごめんっ、これが限界」

 爆ぜた隕石の粉塵の奥から、すぐさま新たな隕石が現れる。

 稼げた時間は、ほんの数秒だけ。


 けれど──


「⋯⋯いや、十分だよ」

 魔法陣の輝きが、頂点に達した。


 この魔法の仕組みは至ってシンプル。

 でも、ザク兄さんやミリアだけじゃない。

 あの父さんでさえ、絶対に発動できない。


 魔法の才能がない、ボクにしかできない。

 ボクだけの魔法。


 だって、思いつきすらしなかっただろう?

 自分の魔力すべてを使って、”魔力暴走”を引き起こす魔法なんて。


 そして、知らないだろう。

 魔力暴走は、自身だけでなく、他者の魔法にも干渉することを。

 制御を失った魔力が周囲の魔法にまで侵食し、内部から崩壊させる。


 これが、ボクの⋯⋯最後の魔法だ。


『創生魔法 魔法亡き世界へ(ロスト・マギア)


 腕を走る魔力路が悲鳴を上げて暴発する。

 同時に、純白の魔法陣が制御を失い、閃光を撒き散らしながら暴走を始めた。


 その光が、上空を覆う隕石に触れた瞬間──巨石は音もなく砕け、光の粒となって霧散する。

 それに呼応するように、カリオスが展開していた魔法陣も、次々に砕け落ちていった。


「これは⋯⋯」


 そして。

 父の左半身を形作っていた魔力の粒子までもが、空へと消えていく。


 ⋯⋯覚悟はしていた。

 これで、エドワードさんが与えた傷が、致命傷になる。


「──ふっ、強くなったな、ルド」

「⋯⋯ッ」

「私の負けだ」

 そう言って、父は微かに笑った。

 思わず、胸からこみ上げる何かをグッと堪えるために、唇を噛んだ。


「早くミリアの下に行かなくて良いのか?」

 その言葉に、ふっと肩の力が抜ける。

 ほんとうに、最後まで父さんらしい。


「⋯⋯ええ。その心配は無用ですよ」

 自然と、笑みがこぼれる。

 ボクはそっと顔を上げ、父の瞳をまっすぐ見つめた。


「今やあの子は、ザク兄さん以上の魔法使いですから」

「そうか⋯⋯それは安心だ」

 父はゆっくりと天を仰ぎ、静かに目を閉じた。

 そして最後に、小さくこう呟いた。


「たのんだぞ」

「⋯⋯はいっ」

 そのまま、父は息を引き取った。

 立ったまま、その左半身にはぽっかりと穴が空いていた。


 けれど、その表情は──


 ⋯⋯すごく穏やかに見えた。


「終わったの?」

「⋯⋯うん、終わったよ」

 足を引きずりながら、シオンがゆっくりと歩いてくる。


「さて──」

「ルド!!」

 身体から力が抜けて、そのまま地面に倒れ込んだ。

 腕も脚も、思うように動いてくれない。


 視線を落とせば、あちこちボロボロ。

 だけど、不思議と出血は少なかった。


 ⋯⋯傷口が火傷で塞がれている。


 シオンも同じような状態だった。

 これでは、まともに動けるはずがない。


「大丈夫、です。でもこれじゃ、彼らの援護には行けませんね」

「なに、あいつらなら絶対勝ってくれるさ」

「たしかに、そうですね」

 ボクは、残された気力を振り絞って、空へ拳を突き上げる。

 かすかに震える手に、思いのすべてを込めながら。


 ──託しましたよ、皆さん。

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