第九十四話 こうして、二人は巡り合う
ボタンの着地直後、地上から一つの光球が放たれた。
後方、直撃はない。
それに、感じる魔力も少ない。
この程度、本来なら気にする必要はないが⋯⋯
「カリオスさん」
「言われるまでもない」
カリオスの指先に浮かんだ極小の魔法陣から一本の光線が伸びる。
遥か下空、光球に触れると、球体は突如減速し、内部から膨張を始めた。
直後、眩い閃光とともに、視界が白く塗り潰された。
「これは⋯⋯」
光の量に対して、威力は一切ない。
明らかにこれは──
「カガミ、見て」
「⋯⋯そういうことでしたか」
ヒマワリが指さした先。
街の三方、路地の奥から、影が一斉に飛び出していくのが見えた。
「左に二人、右に一人。そして、正面に五人ですか」
「どうする?」
「もとより四方を囲むつもりであったのだから、ちょうどいいではないか」
カリオスは軽く笑い、竜の背縁に足をかけた。
「殲滅力を考えれば、五人の方にこの竜を向かわせるべきだろう。であれば、左に逃げた二名は我が行こう」
「⋯⋯それでしたら、右に逃げた一人にはヒマワリが行ってください」
「わかった」
「ツバキさん、あなたは僕と正面を」
「──ああ」
カリオスとヒマワリが黒竜の背から飛び降りたのを見送り、僕は竜の飛行速度を一段引き上げた。
シモウサの上空を通り越し、すぐに、前方を駆ける五つの人影が視界に入る。
「すまないけど、手荒くいかせてもらうよ」
黒竜の口元から濁った紫炎が漏れ始める。
熱気が空中を漂い、皮膚がピリつく。
第二王子の身長は、たしか中学生くらいだったはず。
なら──背の高い順から殺していけば問題ない。
手を挙げて、黒竜に命令しようとしたそのとき。
「⋯⋯っ、止まった?」
最後列を走っていた影が、ぴたりと足を止めた。
くるりと振り返り、こちらを真っ直ぐに見上げてくる。
「久しぶり。いや──」
フードの隙間から覗いたのは、茶色い髪に、あどけなさの残る少年の顔。
少年は目を細め、大きく息を吸った。
そして。
「【中学ぶりだな、加賀美】」
「⋯⋯は?」
その瞬間、脳が焼き付くような感覚に襲われた。
中学──
この世界には存在しないはずの単語。
それを、彼は迷いなく口にした。
しかも、中学"ぶり"だと?
よりによって、あの最悪の時間を、彼は知っている。
「⋯⋯ああ、どおりで僕の名前を知っていたわけだ」
顔はこの世界の住人そのもの。
だとすれば。
「⋯⋯転生者、ですか」
「カイン、君はやっぱり──」
「なるほど、彼は"カイン"というのですね。気が変わりました」
「ま、待ってくれ!!」
彼女の制止に耳を貸すつもりはなかった。
立ち上がり、一歩、前へ出る。
「作戦変更です。残りの四名はあなたと、この竜に任せます。まあ、せいぜい黒竜の邪魔をしなければ、負けることはないでしょう」
ほんの一瞬、冷静さが戻る。
もしかすると、これは敵の誘導かもしれない、と。
でも、それでもだ。
それでも──
「僕は、あのカインという少年を、確実に殺してきます」
「お願いだ、それだけはっ⋯⋯!」
「あとは頼みました」
そう言い残し、僕はすぐさま飛び降りた。
裏切る可能性の高い彼女を、一人にしてはいけないことはわかっている。
この行動が明確に悪手であることも。
だが、ルドベキアを潰した時点で、目的はすでに達成されている。
この作戦がどうなろうと、正直どうでもいい。
今は、あれの正体の方がはるかに重要だ。
そして、もしもだ。
もしも、あの少年が。
僕を地獄に突き落とした連中のひとりだったとしたら、そのときは──
──僕が、本当の地獄を見せてやる。
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『──善人ぶるなよ』
振り払われた手の感触は、今でも鮮明に覚えている。
あいつが本当に助けを必要としていたとき、俺は見て見ぬふりをした。
声をかけたのは、ただの自己満足だった。
何かしなければ後味が悪い。
そんな自分勝手な理由で。
助けようとする"ふり"をして、"ふり"でおわる。
本気で救うつもりなんて、当時の自分にはなかった。
だって、自分は同じ目に合いたくなかったから。
──こんなの、見透かされて当然だった。
中途半端な善意に、人を救う力なんてない。
むしろ、あのときは逆効果だった。
「後悔してたよ、ずっと⋯⋯」
それでも、どんな因果か。
俺たちは再び巡り会った。
──こうして、敵同士として。
ドン、と地を打つ音。
砂埃が舞い上がる。
眼前に降り立ったのは、日本人の青年。
おそらく、この世界と前の世界では時間の流れが違うのだろう。
あのときの面影が、今尚濃く残っている。
「あなたに──いや、お前に一つだけ、聞きたいことがある」
「⋯⋯ああ」
もしかしたら、また昔のように、なんて思っていた瞬間もあった。
だけど、もうお互い、後戻りできないところまで来てしまった。
俺は、お前を倒さなければならない。
これ以上、大切な人たちを失わないために。
「名前は?」
「カイン」
「違う。僕は、前世の名前を聞いているんだ」
「⋯⋯」
ああ、本当に懐かしいな。
お前は、俺を恨んでいるのだろうか。
いじめられていたお前を見捨てた、この俺を。
──なんて、考えるだけ無駄か。
今更聞いたところで何になる。
「⋯⋯なら、教えてやるよ」
俺は、静かに詠唱を始めた。
『我、異世界より来たれり』
その瞬間、胸の奥で火が灯る。
それは鼓動とともに広がり、体中を熱で満たしていく。
『名を────【宮野 蓮】』
刹那、魔力は紅蓮に染まり、内側から溢れ出た焔が全身を喰らう。
息をするたび、肺の奥が焼け焦げるような激痛が走る。
それでも俺は、奥歯を噛み締めながら、最後の言葉を口にした。
『──煉転』




